第86話 賭け事は身を滅ぼす
「それでは、俺も開けます」
俺はそう言って、目の前のカードを一枚ずつ開けていく。
一枚目はスペードのキング。
二枚目はスペードの十。
三枚目はスペードのジャック。
四枚目はスペードのA。
最後の一枚は女神の微笑みだった。
ロイヤルストレートフラッシュ。
俺の役を見た瞬間、フィリーナ公爵は、体の力が抜けたように椅子に座り込んだ。
「あ、あたくしがま、まけ、た?」
茫然自失とはこういう状態の事を言うのだろう。
しかし、俺には、フィリーナ公爵がどんな状態であっても、関係がない。
俺は、フィリーナ公爵の前に立ち、彼女を見下しながら言う。
「フィリーナ公爵、まずは貴女の奴隷を全員解放してもらいます。早急に鍵を出してください」
声音は冷酷に聞こえるように、できるだけ低く調整する。
「ぜ、ぜんいん? あたくし、はそんな、やくそくはーー」
俺はフィリーナ公爵の言葉を遮る。
「俺は自分の命を賭けて、貴女は奴隷を賭けると契約しましたよね? それとも国家元首が、契約を反故にするのですか? 片田舎の国は本当に世間を知らないのですね」
俺の言葉に、フィリーナ公爵の顔は真っ赤になっていった。
この人は本当に国のトップなのだろうか? コントロールがしやすくて驚く。
「このっ、くろかみっ! なんと、いう、ぶじょく! くっ! これがかいじょの、かぎよ、もっていきなさい!」
フィリーナ公爵は、鈍色の板をテーブルの上に投げた。
俺はそれを掴み上げ、三人に走り寄って、その奴隷の首輪にかざす。
首輪は金属の外れる音がして、それぞれの足元に落下。
お姉ちゃんの、ティアの、そして、エリーの瞳に光が戻ってくる。
「弟君、ありがとう。絶対に助けてくれると信じてた……」
「ヤクモ、ごめんなさい。勝手な事をしてしまって……」
「これで命を救って頂いたのは二度目ですね。ヤクモ……」
三人は周り目もはばからず俺に抱きついてくる。
ジュリアスが半眼で近づいて来たので、解除キーを投げる。
それを受け取ったジュリアスは早速、奴隷達の首にそれを宛てがっていった。
この部屋にメイドとして働かされていた、見目麗しい女性たちが集まってくる。
メイドが首に巻いていたスカーフは、奴隷の首輪を隠すためのカモフラージュだったようだ。
宮殿には、約六十人の奴隷がメイドとして働かされていたようだ。
帰る、帰らないの判断を全ての女性達に確認すると、半数が残る事を希望したのは驚いた。
理由を聞くと、顔を赤くして恥ずかしそうにしていた。
俺には分からないが、『女主人とメイド達の華麗な私生活(仮)』という本が出版されるかもしれない。
帰りたいという希望を持つ三十人の奴隷が部屋に集まった。
廊下に並んでいたときの無機的なものはなく、感情を持った表情。
俺は、お姉ちゃんから外した奴隷の首輪を手に持って、フィリーナ公爵に近づいた。
フィリーナ公爵の俺を見る目は険しいの一言だ。
「さて、フィリーナ公爵。契約の一つは履行されたけど、もう一つがまだなんだよね」
俺は、手に持っている奴隷の首輪を、指で回しながら尋ねる。
フィリーナ公爵は怪訝な表情だ。何を言っているのか分からないと。
俺は両手を広げ、ヤレヤレだぜ、という仕草で答えた。
「俺が貴女に奴隷になれと言った、そして貴女は承諾した。それをもう忘れたのですが? これだから片田舎の国家元首というーー」
「黒髪っ! お前はっ! このあたくしにっ! 誰に向かって何を言っているのか分かっているのっ!?」
俺の言葉は、フィリーナ公爵のヒステリックな叫び声とも言える返答に、遮られる。
しかし、俺はそんな事は気にもならない。
俺の大切な人達に手を出したのだ。
それなりの報復は覚悟してもらう。
「俺は人として、約束を履行してもらいたいだけです。それともサンブリア公爵殿下は、人として最低限のマナーも守れない木偶の棒だったのでしょうか?」
俺は淡々とフィリーナ公爵に問い詰める。
「く、く、黒髪っ! い、今ならこの無礼は不問にしてあげるわっ! でもっ、これ以上の無礼は、その身を滅ぼすと思いなさいっ!」
フィリーナ公爵は噛みながら論点をずらしてきた。
しかし、そんな脅しに乗るくらいなら、最初から不遜な物言いはしていない。
「貴女は、本当に国家元首なのですか? 俺の質問に答えて下さい。契約を守るのか、反故にするのか」
俺は再度、同じ質問を言い方を変えて行う。
その時、テーブルが跳ねた。フィリーナ公爵が拳を振り下ろしたのだ。
そして、フィリーナ公爵は壁に掛けてあった、呼び鈴を鳴らす。
響きわたる鐘の美しく音。
「お、お前は絶対に許さないわっ! 捕えて、八つ裂きにしてくれるわっ!」
フィリーナ公爵が吠えた直後、荒々しく扉が開いた。
勢いよく部屋に転がり込んでくる兵士達。瞬時に俺達は兵士達に囲まれてしまう。
そんな時、俺の隣に近づく影。儚い金髪ロン毛のテオ君だ。
「さっきの話は覚えているよね。それが今だよ」
そう言えば、さっきテオ君が耳打ちしてきた事を思い出した。
再度、周りを見ると、それしか打開策は無い様にも思えた。
俺はため息を軽く吐いて、テオ君に、悪いね、と小さく言う。
テオ君は悪い奴ではないので、巻き込むのは心がひける。
場合によっては、この部屋にあるピアノで全体デバフもありとも思ったが、それは下策だ。
俺は、風のナイフを手に取り、テオ君の喉元に添える。
その姿を見た、フィリーナ公爵が、鼓膜が破れるような悲鳴を上げる。
「きああああああぁぁぁぁぁ! あたくしのテオに何をするのおおおおおぉぉぉ!」
うるさいオバサンだ。いや見た目は若いのだが。
「俺達に手を出さなければ何もしない。そもそも契約を反故にして、俺達を捕らえようとしているお前には、何も言う資格はないと思うけどな」
俺は元凶がフィリーナ公爵であることを伝えた。
フィリーナ公爵は膝を床について項垂れる。
「わ、わかった、わ。あ、あたく、しはどうすれば……」
一気に年をとった雰囲気をまとい出すフィリーナ公爵。
「まずは兵を引け。そして、俺達を無事に飛空艇の離着陸場に送れ。そうすればテオ君には何もしない」
「わかったわ……」
俺はフィリーナ公爵の返事を聞き返す。それで良いのか? という気持ちを込めて。
フィリーナ公爵は苦渋の表情を浮かべた。
「わ、わかりました……」
「やればできるじゃないですか。国家元首殿は何できない方だと思っていましたよ」
それを聞いたフィリーナ公爵の表情は強ばる。
そして兵士に何かを言うと、全ての兵士は部屋からでていったのだった。
☆
ヤクモから少し離れた場所で様子を見ていたアンナ、ティア、エリー。
「弟君、何だか別人みたいなんですけど。すごく男の子っぽくて……」
「確かにヤクモらしくないですよね。あんな態度で好きだよなんて言われたら、わたくし落ちてしまいます」
「あんなに攻めるヤクモも良いですね、わたくしも攻められたいです。えへへー」
ジュリアスが、少しヒートアップ気味な三人の会話を聞いて、口を挟む。
「それだけ公爵に怒っているんだよ。お前達を取られた事に対して、な」
ヤクモもそうだが、この姫様達も少しズレているとジュリアスは思っているようだ。
ジュリアスはため息をついて、ヤクモが次にする行動に意識を向けたのだった。




