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第85話 対フィリーナ公爵

 ディーラーが、華麗な手捌きでカードをシャッフルし始めた。


 その淀みのない流麗な技は、このディーラーの技量を裏付けしている。


 俺は、瞬きも忘れてその技に見入っていた。


 なんて事はなく、一瞬の挙動も見逃すことのができないので、瞬きができなかった。


 しばらく動作を見て、俺は一つの結論にたどり着いた。


 すなわち、異世界マジックは遅れている! と。


 一目見て、フォールスシャッフル(カードを切っているように見せかける)が分かるのは頂けない。


 ディーラーは懇切丁寧に時間をかけて、どうや工藤! 仕事してるやろ! と言っているが、ある意味仕事が出来ていない。


 インスタントなラーメンができるくらいの、たっぷりと時間をかけて仕上げたデッキ(カードの山)をディーラーから渡される。


 俺は大切な宝物を扱うように、そのデッキを受け取った。


 ギャラリーの視線が、俺に集中するのが分かる。


 席に着いた俺は、デッキをビルドグリップ(上から掴む持ち方)に持ち変えて、風のナイフに近づける。


 風のナイフから微量の風が流れている。


 それがカードの隙間に入り込み、カードの滑りが良くなるのが分かる。


 充分に空気を含むデッキ。


 俺は、小指をデッキのボトム(一番底)へ当てる。


 そのまま、角度を少し変えながら、底のカードをパーム(手のひらに隠す)した。


 ギャラリーには俺がデッキを持ち変えて、そのままナイフに近づけただけのように見えただろう。


 その姿は、カードのUFOキャッチャーや、である。


「貴方、何を遊んでいるの!? これは真剣な勝負なのよ!」


 フィリーナ公爵からお叱りを頂戴する。


 しかし、真剣な勝負という言葉に、変な笑いが出そうになった。


 俺は、デッキを左手に持ち変えた。その時、パームしていたカードをトップ(一番上)に置く。


 俺の一連の動作で、底にあったカードが一番上に動いたことになる。


 俺は、ディーラーにデッキを返す。ディーラーはそれをそのまま受け取った。


「さあ、始めなさい。ふふ、うふふ、貴方のその間抜けな顔が、二度と見られなくなるのは残念ね」


「そういう言葉は勝ってから、どうぞ」


 フィリーナ公爵は、さっきまでの苛立った表情は影を潜めて、代わりに余裕がでていた。


 俺は、そんなフィリーナ公爵がウザいので適当に流す。


「いつまで、そんな余裕の態度を続けることができるのか楽しみね! 早くカードを配って頂戴!」


 ディーラーはその言を受けてカードを配りだした。



 俺はフォールスシャッフルが行われていた事で、既にデッキは仕組まれていると考えていた。


 そして、仕組まれている以上、最初にカードを配るのはフィリーナ公爵側になるとも考えていた。


 その方が管理するのが楽になるはずだから。


 案の定、一枚目はフィリーナ公爵に、そして二枚目は俺に配られる。


 ディーラーの動きを見ているが、一番下のカードを配るような仕草もない。


 ディーラーによって、それぞれに五枚のカードが配られた。


 フィリーナ公爵は、配られた五枚のカードを、スライドさせながら大切な宝物のように確認している。


 俺のカードは、テーブルの上に配られたままの状態。


 隣から声がする。


「君はカードを確認しないのかい? それとも諦めているのかい?」


 テオ君が不思議そうな表情だ。何故カードを確認しないのかが気になるのだろう。


「俺には女神達がついているからね、彼女達が俺を勝たせてくれるんだ」


 俺は視線を女神達に向けた。


 普段の表情豊かな面影は、微塵も感じる事ができない。


「君は本当に面白い事をいうね。神なんて奪うだけの存在なのに……」


 テオ君は不穏な言葉呟いた。


「俺の女神達は、俺に与え続けてくれる存在なんだけどね」


「ふうん、君、爆発したらいいと思うよ」


 テオ君は見かけによらず、テロリストだった。


        ☆


ーーフィリーナ視点


 あたくしは、目の前に配られたカードを確認する。


 徐々にスライドさせることで、緊迫感が生まれ、ゲームに緊張感を与えるの。


 一気に確認をしてしまうのは、色々と美しくない。


 全てのカードを見る。


 配られたカードは、スペード、ハート、クラブの八。そしてスペードの五とスペードのニ。


 スリーカードという内容。


 これまでは、ロイヤルストレートフラッシュが必ず配られていたのに、ディラーが配役を変えたのかしら。


 あたくしはディーラーに視線を向ける。


 ディーラーはあたくしの視線に気がついたようで、頷きを返したわ。


 前を見ると、黒髪のいけ好かない男は配られたカードをそのままに、あたくしのテオドールと話をしている。


 勝負を捨てたのでしたら、今すぐ四肢を違う馬車に括り付けて、引きちぎりたい衝動に駆られる。


 思わず、あたくしは聞いてしまったわ。


「ふふ、うふふ、もう勝負は捨てたのかしら? テオはそんな場所ではなく、あたくしの隣に来なさい」


「公爵殿下、俺は勝負を捨てたなんて言ってませんが? 俺はこのまま変えませんから、ゲームは勝手に進めてください」


「母上、僕は自分の意志でここにいますので、お気になさらずに」


 あたくしは、聞かなければ良かったと後悔する。


 なんて不遜、なんて傲慢、なんて不躾、なんて……。


「ドローよっ!」


 あたくしは苛立ちのあまり、声が大きくなってしまった。


 ディーラーは驚いた顔をしている。そんなに声が大きかったかしら?


 無言でカードを二枚配るディーラー。配る手が少し震えている様に見える。


 貴方に怒っているわけではないのだけれど。


 配られたカードをゆっくりと確認した。


 カードはダイヤの八とハートのA。


 あたくしはこの時、ようやくディーラーの真意に気がついたわ。


 最初から大きい役だと相手に気づかれる恐れがあるから、一度カードを交換する手順を入れた訳ね。


 中々の策士だわ。


 あたくしはディーラーに褒めるような視線を送る。


 ディーラーは萎縮している様にみえたわ。どうしたのかしら?


 まぁ、いいわ。これで役者は揃ったわけね。


 あたくしは目の前の黒髪の忌々しい男の向かって言ってやったわ。


「貴方、謝るのなら今のうちよ、と言っても許してあげないけど。ふふ、うふふ」


「じゃあ、言わないでくださいよ。公爵殿下」


 あたくしは、自分の顔が引き攣るのを初めて経験したわ。


 許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない、許せない。


 絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、絶対に、殺してあげる。


 あたくしの勝利は確定している。もうカードを置くだけ。


「あ、公爵殿下、ついでに俺が勝ったら、貴女も奴隷になってください」


 なんなの!? ここに来て追加の提案!? 良いわ、乗ってあげるわよ!


「うるさいわね! わかったわよ!」


 あたくしは生まれて初めて、こんなに大きな声を出したわ。


 一体、この黒髪は何なのよ! あたくしはこの国のトップなのよ!


「ディーラー、進めて頂戴!」


 ディーラーは恭しく頭を下げた。謝っているようにも見える仕草。


「それでは、オープンしてください」


 そう言われて、あたくしは場にカードを置いたわ。


 燦然と輝く同じ数字の四枚のカード、とハートのA。


 ギャラリーから息が漏れる。


「なるほどね、これは確かに勝負をしてしまう役ですね」


 消滅してほしい黒髪が話す。本当にこの男の言葉には激情が起こる。


 あたくしの感情を乱す原因は、この後いなくなる。


 そう思えば溜飲も少しは下がるわ。


「それでは、俺も開けます」


 黒髪はそう言って、全く手を付けていないカードを一枚ずつ返す。


 全てのカードを見たとき、あたくしは目の前が真っ白になった。


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