第84話 契約の最終確認
俺とフィリーナ公爵が着いたテーブルには、部屋にいた全員が集まってきていた。
フィリーナ公爵がディーラー席に座り、俺がその対面にいる。
ディーラーは、フィリーナ公爵の隣に立っていた。
苛立った表情のフィリーナ公爵は、俺に向かって話しだす。
「……勝負のルールを説明させてもらうわ。ゲームはポーカーで、ドローは一度のみ、カードはこちらで用意した物を使用する。ここまではいいわね?」
「オーケー、だけど俺にも一度だけデッキを持たせてもらっていいかな?」
デッキを手に持つ事は重要なので、許可をとっておきたい。
「……デッキを持つというのは、どういう意味なのか教えて」
俺が、意味のわからない事を言っている、と思っているようだ。
発せられる声からも更に苛立っている感情が見えている。
「その言葉の通りです。シャッフルはせずに、デッキを手で持つという事です」
その言葉を聞いて、フィリーナ公爵はディーラーを見る。
ディーラーは頷くように顎を引いた。問題ない、という事なのだろう。
フィリーナ公爵はそれを見て、少し溜飲が下がったのか、落ち着いた声になり話を続ける。
「デッキを手に持つのは許可しましょう。そしてベットするものは、あたくしは奴隷で貴方はその命。それで異存はないわね?」
「はい」
俺は短く答える。
その時、俺の後ろから動揺した声が聞こえた。
「ヤクモ! 命を賭けるってどういう事だっ!?」
ギャラリー達の視線が、声のした方に集まる。
俺は声の主が誰だか分かっているので、ゆっくりと顔を向けた。
「どういう事って、そういう事だよ。ジュリアス」
「意味が分かんねえよ。負けたら死んでしまうんだぞ、お前?」
「別にいいよ。お姉ちゃん、ティア、エリーが居なくなった生活に未練はないから」
俺の言葉を聞いたジュリアスが、嬉しそうな表情になる。
「ヤクモ、お前、ようやく彼女達のーー」
その時、耳をつんざくテーブルを叩く音がした。
「貴方達、あたくしを、いつまで待たせるつもりなのかしら?」
そう言ったフィリーナ公爵は眉間に皺を寄せ、俺達を睨んでいた。
「公爵殿下、あまり怒るとその美しいお顔に皺ができまーー」
俺がお節介を焼こうとすると、電光石火で再びテーブルが跳ねた。
「貴方は、あたくしを年増だというのっ!?」
フィリーナ公爵は、怒り頂点なり! という画を描いている。
人間は本当の事を言われると腹が立つものだ。
「母上、そんなに怒られては、負けてしまいますよ? この男はそれを狙っているのです」
どこからともなく、ヌルっと会話に入ってくる人物がいた。
思わず声のした方を見てしまう。フィリーナ公爵も同じ動きだ。
そこに居たのは、金髪ロン毛の不健康そうな優男。顔色は真っ白に近い。
そんな不健康優男が、こんな不健全な場所にどんな用事があるというのか。
しかし、フィリーナ公爵は違った。
「あたくしのテオ。貴方は起きてきてはいけないでしょう? お部屋に戻りなさい」
俺達に放つ棘がある話し方ではなく、子猫をあやすようなそれは、別人だと勘違いしてしまいそうだ。
「母上、今日は体調が良いのです。廊下を歩いていたら、母上の声が聞こえたのでお邪魔しました」
「あたくしが、そんな大きな声を出すわけがないでしょう? テオの空耳よ?」
嘘つきオバサン、見参!
「そうでしたか母上。僕もこの楽しそうなゲームを見ていきましょう」
テオ君はテーブルの端に移動する。ゆっくりとした動作は優美ですらある。
「アリシアッ! テオに椅子を用意しなさい! 早くするのよっ!」
フィリーナ公爵は、大声で慌ててメイドに指示を出している。
三秒で覆った言葉。
「……はい、マスター」
反応したのは、ティアにそっくりな金髪ゆるふわのメイドだった。
言葉や表情に、感情を見つけることができない。
ん? アリシア? 最近、聞いた事があるような気がする。
そんな時、ヴィド三人衆の姿が目にはいった。
ヴィド三人衆は、さっきのメイドに釘付けになっている。
俺は、フィリーナ公爵とテオ君が話をしていたので、立ち上がりヴィド三人衆に近づいた。
「気になっているアイドルを、街中で見かけたような顔をしているけど、どうした?」
「ヤクモか、アイドルがよく分からんが、あの方はヴィド教会国家の第一王女、アリシア様だっ!」
答えたモーガンの表情には、険しさがうかんでいる。
「ナ、ナンダッテー」
俺は目一杯の感情表現で答える。
「お前、今、全く感情がこもっていなかったな……。チッ! こんな場所で匿われていたら、分かるはずがねぇ! 行方不明な訳だ……。やっつけちまうか?」
「……掻っ攫う」
「ワタシの火球で牽制しましょうかあ、ルクール、その隙きを狙うのですよお」
音楽家に対して感情がこもっていないとは、失礼なやつだ。
そして、ヴィド三人衆は、相変わらずの脳筋仕様だった。
「まあ、俺に任せてよ。絶対に全員を取り戻すから」
俺は、右手を水平にして親指を立てた。
「あ、あぁ、そうだな。期待せずに見ておく」
モーガンはそう言いつつ、目は輝いている。
男のツンデレとか誰得なんだ?
俺は首をかしげながらテーブルに着いた。
「貴方、あたくしを待たせるなんて、どういう了見なの?」
フィリーナ公爵とテオ君のお話は、既に終わっていたようだ。
「仲間と話ができるのも、これが最後になるかもしれないので……」
「あら、そういうことね。貴方が勝てる要素なんて、この部屋の塵ほどもないでしょうからね」
「そういう事です。お待たせして申し訳ございませんでした。そこで再確認ですが……」
俺は、テーブルに置いていた風のナイフを、突き立てた。
そして、声音と視線を強める。少しフィリーナ公爵が怯んだ気がした。
「賭けるものは、俺が自分の命を貴女が奴隷で間違いないですね?」
「え、えぇ、それで間違いないわ」
「分かりました、それでは始めましょうか? ディーラー、カードの用意を」
俺はディーラーに指示をする。
ディーラーは慌てて箱からカードを取り出した。
「貴方は変わっていますね。腰が低いと思うと今の様に上からになる。こんなに翻弄される母上は初めて見ます」
隣からヌルっと声が聞こえたので見ると、テオ君が座っていた。
近くで見ると、さっき感じた金髪ロン毛不健康優男という評価は、間違っていることに気がつく。
儚い金髪ロン毛不健康優男だった。
触れると壊れてしまいそうな。まるで、九Hのガラスフィルムで厚さがうすうす仕様みたいだ。
「この後、もっと面白いものが見れると思うよ」
それを聞いたテオ君は静かに笑う。上品な笑い方だ。
そして、誰にも聞こえないような声で言った。
「僕を……」
それを聞いた俺は驚く。
そうしていると、ディーラーがカードをシャッフルし始めた。
テオ君からの提言は罠なのだろうか?
俺はディーラーの手元を見逃すことの無いように、テオ君の真意を計ろうとしていた。




