第80話 余興に危険な香りはつきものです
扉をくぐった俺達は、案内されるままにサンブリア宮殿の中に足を踏み入れた。
通路には、絵画や陶芸品などが、整然と飾られている。
少なくない量の品々。
それが嫌味に見えないのは、装飾している人物のセンスが良いからなのだろう。
廊下には、美しいメイド服の女性が規律よく並んでいる。
何故か、首の周りにはスカーフの様な物が巻かれている。
彼女達は、一点を見つめ微動だにしない。
それはまるで人の形をした造形物のようだ。
広い宮殿だからなのだろう、並んでいるメイドの人数はかなり多い。
しかも、全員がテレビに出ている芸能人など、軽く凌駕する容姿をしている。
雇っているメイドにまで、芸術性を追求する徹底度。
俺は、サンブリア公爵のフィリーナという人物が怖くなった。
廊下を彩る無機物と有機物の芸術を眺めながら歩いていると、先頭を歩く軍服のイケメンが立ち止まる。
そこには、他の部屋と変わらない扉。
しかし、部屋の中からは沢山の人がいる気配がする。
軍服のイケメンは扉を軽く叩く。
無反応な部屋の扉に手をかけて開き、扉の脇へ移動して室内へ誘導するような仕草。
俺達が部屋に入ると、妙齢の美女が近づいているきた。
「いらっしゃい、シュタイン王国からの特使の方ね。あたくしはフィリーナ・ディ・サンブリア。この国の代表をしてるわ」
金髪でスタイルの良い、細身の身体を妖艶に揺らす。
スタイリッシュなメガネの奥からは、凍てつくような視線。
しかし、フィリーナ公爵はすぐに春のような笑顔になり、俺達を奥に案内してくれた。
さっきの表情は見間違いだったのだろうか?
違和感を感じる温度差があった。
ヒートショック案件だ。
部屋の奥は遊技場になっていた。
所謂、大人のという形容詞が付く、賭博場だ。
部屋を見渡すと、遊戯をする為のテーブルが並べられ、廊下と同じような装飾品が飾られている。
音の調べも楽しめるように、漆黒のピアノも置かれている。
ポーカーやブラックジャックで遊び、周りの芸術品で目を癒やし、音楽で心を癒やす。
まさに大人の遊び場だ。
「遠路シュタイン王国から、ここまで来たということは大切な話があると思うわ。でも話というのは、気心が知れないと本音で語れないと思うのね。まずはカードでお話しましょう」
フィリーナ公爵はそう言うと、お姉ちゃんとティアとエリーをテーブルに案内した。
俺やジュリアス、リアナ、そしてヴィド三人衆は別のテーブルに案内される。
俺は少しの違和感を覚えたが、問題が起こっているわけでもないのでスルーする。
「これは公爵殿下より、ささやかな気持ちです」
そう言われて俺達の前に五枚のチップが配られた。
美しいレリーフが模られた黄金のチップ。
その一つ持ち上げてみると、それなりに重量があった。
「これは純金で造られていますよね?」
俺はそのチップを部屋の照明にかざしながら、ディーラーに尋ねる。
「その通りです。チップ一枚が金の価格と全く同じ価値で造られています。一枚十万マルクなんですよ
」
ディーラーは、カードをシャッフルしながら、笑顔で答えた。
俺も感嘆しながら、それでもディーラーとカードの動きには細心の注意を向ける。
隣で、五十万だとっ!? とか、換金して結婚資金に! とか聞こえるがスルー。
お姉ちゃん達のテーブルに視線を向けると、同じ様にディーラーがシャッフルを始めている。
フィリーナ公爵とお姉ちゃん達は、にこやかに話をしており、公爵の提案は功を奏しているようだ。
ただ俺の目が、こういう場にはそぐわない行為を捉えており、手放しには喜べない。
俺は隣のジュリアスに小声で話しかける。
「ジュリアス、俺が合図をしたら撤退するぞ。横にそうリレーしてほしい」
「あ、ああ分かった。一体どうしたんだヤクモ?」
「いいから、タイミングを間違うと取り返しがつかない」
俺の真剣な表情に納得してくれたのか、ジュリアスは頷くとリアナに伝えた。
そして、リアナからモーガン、クリストフ、ルクールと流れていく。
何故かルクールは立ち上がると、俺の横に来た。
「……俺もアイス食べたい」
伝達ゲームあるある。どうしてこうなった?
俺は、ルクールに何でもないと伝え、席に戻らせる。
ディーラーは怪しむような顔をしていたが、俺がルクールへ何も伝えない事を確認すると、無表情に戻った。
全員がチップを一枚置く。
そのままカードが配られ、ゲームがスタートした。
俺は配られたカードをめくり、内容を確認する。
手札はなんてことはない、五のワンペアだ。
ディーラーは、ルクールからどうするのかを確認していく。
ルクールは、いきなりレイズ(上乗せ)を選択。しかも手札の交換はなし。
ルクール以外の全員が、驚いた表情をしている。
しかも、そんなチョイスをしたルクールも、難しい表情をしていて意味が分からない。
結局、俺だけがコール(同意)をして、三枚ドロー(交換)する。
手に入れた三枚は八のワンペアになっていた。
これでツーペア。かなり運が良いと言えるだろう。
他のメンバーとディーラーは、ルクールの不気味な賭け方にドロップ(棄権)してしまった。
俺とルクールの一騎打ち。
「オープンして下さい」
ディーラーの声と共に、俺とルクールはカードを場に広げた。
俺を含めた全員が、ルクールのカード見た瞬間、太陽に吠えるように叫んだ。
「な、なんじゃこりゃあーっ!?」
そこにいたのは、ブタさん。
全く役が出来ていない状態だった。
役無しで全員を落としたルクールは、本当の意味でポーカーの天才なのかもしれない。




