第75話 ヴィド教会国家からの出立と毒
朝食を終えた俺達は、超高級料理店を出てセントラルテンプルの入口に向かっていた。
シュタットの街を出て、八日が経過している。
風の乙女亭で出されていた料理の質が、高かった事を認識できる期間でもあった。
ほどなくして、セントラルテンプルに到着すると、既に全員が集まっていた。
俺はみんなに近づき声をかける。
「みんな、お待たせ! まだ時間になってないのに全員がいるのにはビックリしたよ」
「ヤクモ……。離着陸場への馬車は手配しているよな……?」
モーガンの震える様な声は怒りか、もしくは呆れからか。
「えっ!? あれって自動で手配されるわけじゃないの!?」
俺は、猫だましをくらったような表情になっていることだろう。
「されるわけねぇー。まあ、そんな事だろうと俺達で手配したからよ」
呆れた声のモーガンは、両手を広げてヤレヤレだぜ、を地でやっていた。
俺の後ろから、冬に降り注ぐ陽光のような声色で言葉を頂く。
「ヤクモらしいですね」
「完璧人間なんていません。足りない部分は補えば良いのです」
「弟君、いつでもフォローするからね」
振り返ると、女神の様な慈愛の微笑みをしている三人の姿。
この世知辛い世間で、俺の味方は君たちだけだよっ!
俺は援護射撃に感動して、再度モーガンに向き直った。
そこには、俺がジュリアスに向けるような眼差しの仲間達。
俺には、その視線の意味が全く理解できなかった。
正午を知らせる鐘が鳴り響く。
俺達は到着した幌馬車に乗り込んでいた。
御者は全員が乗り込んだのを確認して、手綱を操り幌馬車を出発させる。
車輪が地面の上で回っている振動を伝えながら、幌馬車は進みだした。
幌馬車に乗って一時間近く経過しただろうか。
遠くにヴァリスの街を囲む、白い城壁が見える。
ティアは街に入る前、この国は私利私欲が蔓延っていると嘆いていた。
しかし、未だに俺にはその言葉の意味が理解できない。
聖女であるティアには、俺とは違う風景が見えているのだろうか?
そんな事を考えていると、幌馬車が停止した。
俺達はお互いに視線を交わらせる。
チェスター連邦では、停車と同時に賊に襲われたからだ。
恐る恐る幌を開けて、表の状態を確認する。
馬の前方には、見知った帆船、グングニルの姿があった。
どうやら離着陸場に到着したようだ。
「おっ! 今回は遅れずに到着したようだな!」
俺の姿が見えたのだろう、キャリー船長の大きい声が響いた。
その声が聞こえたようで、全員が幌馬車から降りてくる。
そのまま、グングニルに搭乗していった。
俺は全員が乗り込んだのを確認して、タラップから船に乗り込もうとする。
その時、キャリー船長とすれ違った。
おもむろに手を伸ばして、キャリー船長の耳を掴む。
「痛っ!」
それに反応して、痛がるキャリー船長。
猫耳は今回、本物だったようだ。
俺は首を傾げながら船内に入っていった。
「お前は一体何なんだよっ!」
キャリー船長の雄叫びが後ろから聞こえてきたが、猫耳の事が気になって右から左へ受け流した。
☆
セントラルテンプルの執務室から幌馬車を見送る視線があった。
その視線の主は、聖職者が羽織る衣服を纏った、恰幅の良い男だった。
このヴィド教会国家で教皇の次席を担う、枢機卿である人物。
鋭い猛禽類を思わせるような視線。そしてそれが獲物を狙う視線でもある。
「うまくいかないものね」
クスクスと静かに笑いながら、落ちついた女性の声。
その声は執務室の中央付近、枢機卿の背後から聞こえてくる。
枢機卿はその声を聞いて、苛立った表情をみせた。
容姿全体が、それによって更に歪んでみえる。
「うるさいっ! お前の方こそ色々と上手くいっていないだろう、アンネローゼっ!」
振り返った枢機卿が感情的に女性へ怒鳴った。
アンネローゼと呼ばれた女性は冷笑したように見えた。
その瞬間、枢機卿は壁に打ち付けられる。
枢機卿から呻き声がもれる。
「勘違いしないでね、貴方の命の灯火なんて瞬きしている間に消すことができるのよ」
アンネローゼは軽く口元に指を添えて、微笑んでいる。
枢機卿は、この女性が言っている事に偽りがないことを再認識する。
「あ、アンネローゼ様、私は次にどうすれば……」
枢機卿はアンネローゼに次に行う指示を仰ぐ。
ーー枢機卿は思い出していた。
アンネローゼからの指示に従いだしたのは四年前になる。
教皇職をチラつかされて、言われるままに行動した。
このセントラルテンプルに、ある女神の神殿から秩序の宝珠を盗み出したのだ。
しかし、その事がアンネローゼから脅迫を受ける種になる。
アンネローゼに言われて起こした行動が、アンネローゼに脅迫される原因なったのだ。
その三年後、教皇の三女であるアリアのサンブリア公国に向かうスケジュールを、アンネローゼに漏らした。
結果、アリアは賊の襲撃を受けて、現在行方不明となっている。
最近では、教皇の長女、アリシアがサンブリア公国で留学している事を伝えた。
その直後に、アリシアは行方不明になった。
私の行動で、教皇は現在、寝たきりの植物状態まで悪化している。
そして昨日、聞くところによると、長男であるロビンの男性機能がなくなったという話がある。
このまま行けば、教皇職が私のものになるのも時間の問題だ。
「そうね……。クーデターを起こしましょうか」
この言葉で枢機卿は現実に引き戻される。
アンネローゼは相変わらずの表情で答えていた。それが大したことでもないかの様に。
枢機卿は困惑した表情をする。
何もしなくても教皇職は手に入るはずだ、どうしてリスクを冒す必要がある、という顔だ。
「やるなら、徹底的にしないと……ね? タイミングは貴方に任せるわ。よろしくね」
アンネローゼはそれだけ言うと、闇が侵食するように消えていった。
枢機卿は小さく溜息を吐いて、立ち上がる。
そして、豪奢な衣についた汚れを払う。
しかし、その汚れがおちる事はなかった。




