表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/151

第74話 ヴィド教会国家からの出立 ③

 俺達が、セントラルテンプルを出て、十五分くらい歩くとその場所はあった。


 ここに来るまでの間、整然とした通りには、不可思議な警告が立てられていた。


『余所見厳禁』『路上で見惚れてはいけません』『注意一瞬、事故一生』


 造形も雑で、書かれている文字も雑なそれは、何かの理由で緊急に作成された物のようだった。


 地面に目を落とすと、大きな血溜まりだった形跡が、いたるところに見受けられる。


 もしかしたら、この場所で大きな事件か事故が、あったのかもしれない。


 俺は前を歩く、三人を見ていた。


 ティアを先頭に、少し後ろをお姉ちゃんとエリーが続いている。


 三人とも、とても楽しそうな微笑みを零しながら話している。


 そんな三人を見ながら、俺もつられて嬉しくなった。


 しかし、周りからの不穏な視線を感じとった俺は振り返る。


 そこには遠巻きに三人を眺める人々がいた。


 その表情には、怖いものをみる感情が見て取れた。


 少し離れた建物の影からは、ブラウンの頭が二つ見えた。


 俺は、前を歩く三人が昨日、何かを起こしたと考えた。


 そしておもむろに、持っていたヴァイオリンを構え、奏でる。


 俺の急な演奏に、立ち止まり振り返る三人。


 演奏が始まり、弦と弦とが重なり、音が紡がれ、空気を伝い広がってゆく。


 俺が選んだ曲はG線上のアリア。


 重い音が空気によって拡散され、それが雪のように人々に舞い落ちる。


 心を沈静化させる効果がある曲。三分ほどの短い演奏。


 俺が選んだ範囲はパーティー以外の聞こえる場所。


 演奏が終わる頃には、遠巻きに見ていた人達の表情には恐怖が消えていた。


 俺は演奏が終わったので、ヴァイオリンを持ち直して、歩きだした。


「みんな、お待たせ! 足を止めてしまってごめん」


 俺は軽く謝罪をする。


「えぇ……と、ヤクモ? もしかして?」


「昨日、この周辺で何かがあって、通行人が怖がっているみたいだったから。不当に怖がり過ぎるのも、良くないからね」


「ヤクモ……、ありがとう……」


 三人も周りの視線に、そして感情に気がついていたのだろう。


「何を言ってるんだよ、お姉ちゃんとティアとエリーが、畏怖の目で見られるのは有り得ないし、許せないだけだよ」


 俺は、さも当然の様に答えた。


 その返事に嬉しそうな顔を向ける三人。


「ヤクモ、その建物がそうです」


 ティアが指差した建物。


 外観はヴァリスの外壁と同じ白を基調とした設計だ。


 素材は鏡面になっていることから、大理石を使っていると思われる。


 大きなガラスを配し、中に光を取り入れるデザインになっている。


 見るだけで圧倒される、見るだけで値段が分かる、所謂、入ったら出られなくなる建物だ。


 そんな建物へ、気負いもなく入っていく三人。


 俺は小動物の様な動作で入口をくぐるのだった。



 俺達の姿を見た、店内に災害が巻き起こる。


 例によって、天災級の美貌を持った三人がいるからだ。


 水を運ぶウェイターが、エリーに視線が釘付けになり、俺にぶつかった。


 グラスが倒れ、水に濡れる。


 それを見た、オーナーが慌てて謝罪に現れた。


「申し訳ございません、お客様。至急、代わりのお召し物をご用意致しますので……」


 オーナーは必要以上の対応をしていた。


 もしかすると以前何か大きいトラブルがあったのかもしれない。


「気にしないで下さい、別に乾けば問題ないですから」 


 俺としては、水が掛かったとしても拭けば済むことなので、怒る事などない。


「そ、そういう訳には……」


「それよりも空いている席はありますか?」


「は、はい、こちらに……」


 オーナーの額には汗が滝のように流れている。


「良い席ですね、ありがとうございます。お姉ちゃん、ティア、エリー。どうぞ」


 俺は奥の席から、お姉ちゃん、ティア、エリーという順番で案内した。


 席に座りながら、エリーが不思議そうに俺に聞いてきた。


「ヤクモはいつも、アンナから呼ぶでしょう? 序列ではわたくしではないのですか?」


 俺も席に座り、エリーの質問に答えた。


「俺が最初にお姉ちゃんから言うのは、最初に出会ったからだよ。俺の中での序列は、お姉ちゃんが一番だから」


 その瞬間、お姉ちゃんがテーブルに突っ伏した。なぜか耳が赤い。


「でも、みんな、同じくらい好きなんだけどね」


 それを聞いたお姉ちゃんは、なんだとっ!? という表情で顔を上げた。


 入れ替わりでティアとエリーが突っ伏す。こちらも耳が赤い。


 そうしていると、テーブルに食事が運ばれてきた。


 オーナーが俺に耳打ちをしてきた。


 それに対して、俺は横に首を振った。


「それだったらオーナー……」


 それを聞いたオーナーは目を大きく開いて驚いているが、その後、うなずいてくれた。


 俺の提案を了承してくれようだ。


 オーナーは客に向かって、これから聞き慣れない言葉が聞こえるが、了承してほしいと伝えた。


「ヤクモ、オーナーから何を言われたの?」


 やはり、みんな気になるのだろう、詳細を聞いてくる。


「オーナーはね、今日の食事代をサービスするって言うから、断ったんだ。代わりにねーー」


 俺はそう言って、並べられた食事に顔を向けた。


 それを見た三人は全て分かったという表情をしてくれる。


 本当に、この女性達は最高だ。


 そして、手を合わせて……。


「いただきます!」


 超高級料理店で聞くことがない掛け声。


 聞いた話では、この後、この店では食事前に、いただきます! というのがルールになったとか。


        ☆ 


 少し離れた場所で、隠れながら様子を見ていたブラウンの双子は、顔を合わせながら唸っていた。


「お姉さまについていた、あの男……。一体どういう関係なんだ?」


「それより、あの曲はなんだったんだ? 範囲精神鎮静なんて聞いたことがない!」


「そう言えば、ロビンの事、聞いたか? あいつのアレ、再起不能らしい」


「教皇家が途絶えるかもしれないな。そうなると枢機卿の息子である俺達にチャンスが……」


 双子は話しに夢中で、近くを警備の兵士が通った時、気がついていなかった。


 警備の兵士は、この後、ありのままの内容をアーシェラに報告した。


 この双子が国家転覆罪で投獄されたのはしばらくしてからの事だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んで頂いて本当にありがとうございます!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ