第73話 ヴィド教会国家からの出立 ②
俺は最後の部屋にたどり着いていた。
その扉をノックする手に緊張が走る。
なぜなら、その部屋に巣食う人物達は、ある意味ラスボスと言っても過言ではないから。
そして、ついに俺は拳を振り下ろす。
軽く響く二つの音。
「はあーい、どちらさまですか?」
明るい女性の声が返ってくる。間違いない、お姉ちゃんの声だ。
「おはよう、お姉ちゃん。俺だよ、俺!」
俺は緊張のあまり、聞いたことがあるようなセリフを言ってしまう。
その表情には、やってしまった! という後悔の念が刻まれていることだろう。
そんな胡散臭い返事に対して、部屋からは無言の返事が返ってきている。
沈黙は時間の経過を遅らせる。
俺の体感で十分、実時間三十秒が経過した時、突然激しくドアが開いた。
いきなりの出来事で、硬直する俺。
そんな彫像の様な俺が、部屋の中に吸い込まれていく。
☆
「弟君、朝一番で私に会いに来てくれのかな?」
開口一番、私は満面の笑みで、地面にキスをしている弟君と目線を合わせながら聞いていた。
少し地面に嫉妬していたなんて言えないけど。
弟君は私の風に背中を強く押され、絶賛気絶中です。
目が渦巻の様に、グルグルとなっている。
う〜ん、少しシルフに強くお願いしすぎたのかもしれないわ。
そんなうつ伏せの弟君に視線の位置を合わせて、じっくりと観察する。
この辺りでは珍しい、黒い髪が、窓からの光を受けて美しく輝いている。
私が知る男性の髪というのは、もっとガサツなイメージがあった。
でも、弟君の髪は風が流れるだけでも、梳くように揺れる。
女性でも中々、これだけ気を使って手入れはできない。
「どうしたのですアンナ、どなたか来客されているのですか?」
私が玄関から戻らないから、エリーが気になったみたい。
「え、えーと、なんでもないよ。エリー」
弟君の独占を、あっさりと手放すなんて私にはできない。
「あやしいですね、アンナ。なんだかどもっていますよ?」
エリーはそう言いながら、こちらに向かってきた。
もうっ! どうしてこんな時だけ冴えているのよ!? エリー!
私と弟君の逢瀬を目の当たりにして、口元を押さえて驚く仕草をするエリー。
「アンナ! ヤクモが来ているのでしたら、どうして教えて下さらないのですか!?」
そんなの教えるわけないでしょ、二人きりになるチャンスなんてほとんどないんだから。
「急な事だったので、言うのを忘れてたいたのよ。きっとそう」
「アンナ、きっとそうっておかしいです。わたくしにもヤクモ成分を堪能させてください」
エリーはそう言ったかと思うと、私の横に来て、同じようにうつ伏せになりながら弟君を見つめだす。
「アンナ、エリー、玄関からどうして戻ってこないのですか?」
そう言って、また増える恋敵。
私とエリーがヤクモを見つめているのを、ティアに見られてしまう。
「ヤクモがいるっ!? どうして二人ともわたくしに教えてくれないのっ!?」
私とエリーと同じように、弟君の目線に合わせて、うつ伏せに寝そべるティア。
玄関先で寝そべりながら、嬉しそうに弟君の髪などに触れる私達。
他の人が見たらおかしいと思うでしょう。
でも、弟君は中々隙きを見せないので、こういうチャンスは逃せない。
体感で三十秒、実時間で十分が過ぎた頃、弟君のまつ毛が震えた。
あら、もう起きてしまうのね。
弟君……。
☆
「う、うん……。ん? はっ!? ここはっ!?」
俺は、一体、何が起こったのか分からなかった。
部屋のドアをノックした後、何かに背中を押されて、地面に激突した。
覚えているのはそこまでだ。
そして、俺は周りを見た。
俺を囲む、非常に美しい女性が三人。
うつ伏せの格好から、非常に美しい谷間が……。
「ワガショウガイニイッペンノクイナシッ!」
俺はそう叫んで、右手を伸ばして、再び意識の深淵に旅立った。
☆
「目が覚めた瞬間、目の前に三人がだっちゅーのしているなんて誰が想像できる?」
これが、再び目が覚めた俺の最初の言葉だ。
三人のじっとりとした視線が痛い。
既に、三人は服を着替えており、椅子に腰掛けている。
俺は三人に反応がない為、渋々と言葉を続ける。
「それに美しいことには、目を奪われてしまうよ。神が創り出した芸術なんだから……」
俺が、その言葉を発した途端、ピクリと反応を示す三人。
「うんうん、弟君はやっぱりよくわかっているね!」
「えへへ〜、ヤクモがわたくしの事を女神だなんて〜」
「ヤクモ、もう一度見ますか?」
三者三様の反応を示す。その内の一名は服を脱ごうとしているが……。
「ティア、脱ぐのは待とうかっ! ステイだっ! 俺が、この部屋に来たのは、今日の集合時間を知らせる為なんだ!」
俺は、アルティアに向かって、制止のポーズを取りながら叫んだ。
「弟君。今、この部屋に来たのは、集合時間を知らせる為って言ったよね?」
お姉ちゃんは柳眉をよせながら、俺に確認してくる。
「え? お姉ちゃん、言った通りだけど……あ、いやーー」
俺はお姉ちゃんの雰囲気に違和感を感じ取り、前言を撤回した。
「は、はは、嫌だなあ、お姉ちゃん! 時間のお知らせはついでで、本当はみんなで朝食に行こうと……」
その言葉を聞いて、満足そうに頷くお姉ちゃん。
エリーとティアの瞳は期待で輝く。
「そこでなんだけど、俺はヴァリスのことは詳しくないので、ティアにオススメを聞きたいな、なんてね!」
俺が指名すると、ティアは他の二人を見て頷いた。
それに合わせて、お姉ちゃんとエリーも頷き返す。
「ヤクモ、わたくしがとても良い場所を知っています。早速いきましょうか」
ティアが椅子から立ち上がり、先導するように立ち上がり、部屋から出て行く。
お姉ちゃんとエリーもそれに続くように歩きだした。
三人の歩き方は、とても優雅で気品がある。
最後に続いた男は、先の三人を引き立てるだけだった。




