第72話 ヴィド教会国家からの出立 ①
窓から射し込む明かりが、今のおよその時刻を知らせる。
穏やかに感じる光は、心のわだかまりの度合いを色濃く反映していた。
俺は、ベッドの上で伸びをして、そのまま起き上がり、窓にかかるカーテンを引いた。
カーテンによって遮られていた光は、燦々と部屋の中を照らす。
俺は、今の部屋に起こった変化が、昨夜、起こった心境の変化に酷似している気がした。
もう一度、大きく窓の外に向かって伸びをした俺は、シャワーを浴びるため更衣室にむかう。
心地良いシャワーの温度と刺激は、眠りから覚めて間がない思考を、動かさせる準備としては最適だ。
シャワーを浴びながら、昨日の事と今日の予定を考えることにする。
俺はお姉ちゃん、ティア、エリーの事を意識している。
三人が居なかった時の感情の乱れ。三人が帰ってきた時の安心と安堵。
三人の存在は、感情を構成するパズルの、重要なピースになっていることは疑いようがない。
この感情が何なのかという疑問は解決していないが……。
そして、今日、ヴィド教会国家を出立する。
シャワーが済ませたらみんなに時間を伝えよう。
チェスター連邦では、偶然、全員の入口に集まるタイミングが合った為、事なきを得た。
今回は同じ轍を踏むわけにはいかない。
シャワーの後、全員の部屋をまわり、出立の時間を伝えよう。
俺は、目覚まし代わりのシャワーを終え、着替えを済ませる。
そして、部屋の隅に立て掛けていた相棒を持って、部屋から出ていく。
俺は、最初に訪れたのは、ジュリアスとリアナが泊まっている部屋だ。
ドアに向かい、軽めのノックを2回打つ。しかし中からの反応はなかった。
もう一度、同じくらいの強さで2回。やはり反応は返ってこない。
俺は、これ以上、ノックするべきかなのか?
そんな事を本気で考えてしまった。
もしも、朝からジュリアスが暴れ○坊将軍になっていたら……。
いや、しかし重要な事は伝えないといけない。
俺は、意を決して再度、ドアを強めにノックする。
それでもノックの後には静寂しか残らなかった。
「どうした、ヤクモ。そこは俺達の部屋だぞ?」
俺が途方に暮れていた時、後ろから見知った声がかかる。
声の主は、ペアルックの服装で腕を組みながら歩いてくる、ジュリアスとリアナだ。
よかった、暴れている訳ではなかったんだ。
「おはよう! 今日の出発時間を伝えに来たら、返事がなかったから困っていたんだ」
俺の声は安堵の色を含んでいる事だろう。
「ああ、おはよう。そういう事か。俺達は食事をしてきたところだ。それにしてもタイミングがよかったな!」
「本当ねー、ジュリアスの言う通りだわ。もう少し早かったらあたし達、居留守を使っていたかも……」
「ま、待て、リアナ。居留守なんてーーあっ!」
ジュリアスが何かに気が付いた時、俺もそれに気が付いた。
ここは新婚さんいらっしゃ〜いな部屋。
その二人が居留守を決め込んで勤しむことといえば、オンリーワン。
俺の眉間のシワは、日本海溝より深くなった。
そして、この場にいれば誰もが思うであろう言葉を呟いた。
「リア充爆発しろ……」
「はあ? ヤクモ、聞こえねえよ。もう一回言ってくれ」
ジュリアスは、間を置かず聞き返す。
俺は、やはりリア充は難聴なんだ、と思いながら明るい表情をつくる。
「あぁ、何でもないよ。少しダークな部分がでただけだ。それより出発時間だけど、正午にここのエントランスで大丈夫か?」
「なんだよダークって。時間は、それだけ余裕があれば大丈夫だろ。リアナもいけるよな?」
ジュリアスは、隣に立つリアナに向いて、優しい声音で確認する。
俺は、妻を気遣うジュリアスの姿を見て、この夫婦に感心した。
「あたしは大丈夫よ、ジュリアス。あと二回はイケそうね」
照れ合いながら、視線と指を絡め合うジュリアスとリアナ。
その言葉を聞いた俺は、眉間にマリアナ海溝より深い皺をよせ、さっき感心した事を後悔する。
「それじゃあ、また後で」
俺は抑揚のない声で言いながら、次の部屋に向かった。
「おう、また後でな!」
対して返ってきたのはジュリアスの溌剌とした声。
俺は、その声に対して振り返ると何だか負けた気がして、歩きながら手を振り返した。
俺が次に向かったのは、ヴィドの三人が泊まっている部屋だった。
ヴィド教会国家は三人の故郷なので、セントラルテンプルに泊まらなくても良いはずなのだが、色々と理由があるのだろう。
部屋の前に到着した俺は、先程と同じように軽めのノックを二回した。
すぐに部屋の中からモーガンの声が聞こえてきた。
「誰だ?」
まだ早い時間なので、少し不機嫌そうなモーガン。
「おはよう、モーガン。今日の集合時間を伝えに来たんだ」
「おお、ヤクモか。おはようさん。どうした、というか、入ってくれ」
そう言われた俺はドアノブに手をかけ、部屋の中に入る。
おうっ! と手を上げて俺に挨拶をしてくるモーガン、ルクール、クリストフ。
俺も負けじと、片手を上げて返事をする。
「どうした、ヤクモ。こんな早い時間に」
「今日の集合時間の事なんだけど、正午にここのエントランスに集まってほしい」
それを聞いたモーガンはルクールとクリストフに視線を回した。
それを見て頷く二人。どうやら問題なさそうな雰囲気だ。
「大丈夫だ、ヤクモ。その時間にエントランスへ行こう」
「ありがとう、それじゃあ頼んだ」
それを聞いた俺は、踵を返して部屋から出る。
☆
モーガンはヤクモが出ていった扉を見ながら呟いた。
「なんだかんだで、リーダーみたいな事やってるじゃねえか」
その表情は嬉しそうに破顔していたのだった。




