第71話 ドールコレクター
俺は、パウロ教皇夫妻が部屋を出ていってから、部屋のベッドに寝転がっていた。
無駄に質が高いベッドだ。
本当のトゥルースリー○ーがここにはある。
しかし、さっきからの頭の中はゴミ箱をひっくり返した様にまとまらない。
眠りつくなんてできる状態ではなかった。
三人があのイケメン達についていった時の事を思い返す。
俺が見た限りでは、あの胡散臭い笑顔はフェイクだ。
俺といる時でもあんな笑い方はしない。
ということは、理由があってイケメン達についていったと言う事か。
あの金髪派手派手イケメンはヴィド教会国家の王子。
誘いを断ることで、後々に起こり得るリスクが生まれるというところだろうか?
ふむ、なんとなく気持ちが落ち着いてきた。
いや、待て、俺。
エリーの判断は理解できたが、さっきの俺の感情はどういう事だ?
俺は、三人が別の男に付いて行った事で不安に駆られた。
俺が知っている女性に対して、他の男が行ったアクションが気になる感情。
その感情には覚えがあった。
幼稚園の時に、ぱんだ組で一緒だったあの子に、抱いていたのと同じ感情だ。
うわ! 俺ってやっぱり、おかしいのかも。
普通、幼稚園までさかのぼらないと思う。
これは、いつも傍にピアノがいたことによる弊害に違いない。
俺の恋人はピアノです! (キリッ)
ないわー、こんなんドン引きやん。
コンコン。
俺がベッドで唸っている時、ドアをノックする音。
パウロ教皇夫妻が忘れ物をしたのだろうか?
しかし、俺は今、忙しい。
入ってます! と言って追い返そうか?
いや、待て、俺。
それは国家元首に対して失礼極まりない。
コンコン。
更に追撃のノック。
中々、パウロ教皇夫妻はせっかちさんのようだ。
こうなっては待たせる訳にはいかない。
さっきの連携協定を取り消されたら大変だ。
俺は神速のダッシュを使うことなく、扉に掛かっていた鍵を開けた。
勝手にオープンセサミ。
入ってきた人影は、見慣れたプラチナブロンドの髪。
その美しい髪がなびくと同時に、俺は両腕につつまれていた。
「あぁ、ヤクモ、会いたかった!」
何年も離れていた恋人のようなセリフ。
俺もその言葉がしっくりと心におさまる。
「そうだね、エリー……」
俺はエリーを両腕でつつみ返した。
俺に抱かれ、驚いた表情のエリー。
混じり合う熱い視線。
俺は無言でエリーを抱く腕に力を込める。
更に密着する身体。
「や、く、も……?」
少し恥ずかしそうに顔を赤くするエリー。
「風よ……」
少し離れた場所で聞こえる声。
ん? 風よって言わなかった?
そう思った時には既に遅かった。
「うおいっ!?」
体全体を襲う風の波。
俺はエリーを抱き寄せた。
風の波動を受けた体は宙に浮き、ひねりながら後方に吹き飛んだ。
そして、ベッドに不時着。
WITH エリー。
「や、ヤクモは結構大胆だったのでしゅね。わ、わたくしは経験豊富なので、いつでも大丈夫でしゅ」
いつでも大丈夫と言いながら、どもって噛んでる経験豊富な人。
「俺はエリーとしばらく、こうしていたい」
「は、はい……えへへ」
エリーが嬉しそうな声で、更に密着してくる。
「エリー! 弟君から離れなさい!」
「急にヤクモの部屋に向かったと思ったら、これが狙いだったのですか!?」
「えへへ〜、ヤクモ成分がわたくしには必要だったのです〜」
お姉ちゃんとティアが、部屋に入ってくるなり叫んだ。
エリーは何だか普段と違う口調になっている。
お姉ちゃんとティアはエリーを引っ張り、俺と離そうとしている。
俺は引っ張られたり、揺さぶられたりしながら、この状態を見ていた。
普段と変わらない幸せな光景がここにはある。
だが、俺が変わらないと、この光景はいつ変わってもおかしくはないだろう。
俺は絶対に譲れない存在が身近にある事に初めて気が付いた。
☆
その頃、サンブリア公国の首都サンドリア。
首都の中心部に建てられた宮殿の一室。
飾られた絵画や美術品は一目見ただけで、特級の品質であることがわかる。
その部屋にあるテーブルの上には、淹れたばかりの紅茶。
それを持ち上げて静かに喉を潤しながら、通信用の羊皮紙を読む女性がいた。
サンブリア公国の代表、フィリーナ・ディ・サンブリア公爵。
その容姿は、一人息子が成人した年齢とは思えないほど若々しく美しい。
フィリーナは、読んでいた羊皮紙をテーブルに置くと、口角を歪めた。
「もう少ししたら、あたくしの国に美しい人形が届くそうよ」
部屋にはフィリーナ以外にも、もう一人、人がいるようだ。
「ふ、ふふ、うふふ、あたくしのコレクションがまた一つ増えると思うと……」
どうやら、人形が届く事がとても嬉しい様子だ。
「心配しなくても大丈夫よ、アナタを捨てることはないから。安心なさい」
そう言うと、フィリーナは持っていた扇子で口元を隠した。
「ねえ、アリシア。アリシア・マーテル……」
「はい……、マスター……」
アリシアと呼ばれた女性には表情がなかった。
刻印が刻まれているチョーカーが首には巻かれている。
奴隷の首輪。
巻かれた対象は、奴隷として意識や記憶が封印され、使用者の意のままに操られる。
ドールコレクターは次の獲物を待っている。
食虫植物のように……。




