第69話 仮面の女の子
俺達が店に入ると視線が集中した。
当然だろう、この国一番のイケメンが登場したのだから。
「あの女神の様に美しい女性達は一体……」
「昔のアーシェラ様によく似ていらっしゃる!」
「私もあんな姿に生まれてればな〜」
そこかしこで起こる落下音や衝突音。
俺は不審に思い振り返った。
そこにあったのは、天変地異が店内で発生したかのような大惨事の光景。
全ての視線が三人の女性に集中している情景。
そして俺達はただの背景になっていた。
そんな折、俺達に駆け寄ってくる人物がいた。
「これはこれは、ロビン様。ご来店ありがとうございます」
俺に深々とお辞儀をする人物、この店のオーナーだ。
「オーナー、これは一体どういう事だ?」
「も、申し訳ございません。教育を再徹底いたします」
「ふん、高い金を支払うんだから、対応くらいしっかりしろ」
「はっ! 以後気をつけます」
「いつもの席に案内してくれ」
「畏まりました。こちらに」
そう言ったオーナーは一番奥にある、いつもの席に俺達を誘導した。
俺はオーナーに耳打ちする。
「部屋は手配しているな?」
「抜かりはございません」
俺はオーナーからの言葉を聞き、ニチャリと笑みが漏れる。
それを見た双子も同じ反応だ。
おっと、この欲望まみれの笑みを察知されると不味い。
俺は後方からついてくる美少女三人を確認した。
彼女達は、相変わらず柔らかい笑みを浮かべたままだ。
俺達はオーナーに案内されるまま、いつもの席に座った。
彼女達がその後に座った。
俺の見間違いだろうか、彼女たちの眉間が一瞬、怒気を帯びた気がした。
そうしていると、テーブルに食事が運ばれてきたので、俺はそちらに気を向けた。
「さあ、食べようか。貴女方は苦手な物はないかい?」
俺は紳士だ。まずは女性の苦手な物を排除する。
しかし、前に座る彼女達の表情は笑顔のまま変わる事はない。
なるほど、俺達の対応やエスコートに感動して、声も出ないか。
今日の俺の気合は、普段とは全く違った。
場合によっては、このまま愛人にでもしてしまいたい衝動に駆られている。
まあ、今は食事をしながら彼女達を落として、お持ち帰りするのが最優先ミッションだ。
彼女達の苦手な物はなさそうなので、俺はそのまま食事に手を付けた。
その瞬間だった。
「ふ、ふふ、少し失礼しますね」
プラチナブロンドの美少女がそう言って立ち上がった。
目元は相変わらず笑っているが、眉が小刻みに動いている。
「私も少し失礼しますね」
今度はシルバーストレートの美少女が立ち上がる。
プラチナブロンドの美少女と全く同じ動きで。
「お兄様、わたくしも少し失礼します」
最後にアルティアが立ち上がった。
「ちょ、ちょっとアルティア、一体どうした?」
既に歩きかけていたアルティアは、振り返りもせず静かに答えた。
「一回、死んできてください……」
俺は、誰が誰に向かって言った言葉なのかを理解するのに、数分かかってしまった。
アルティアはエントランスまで移動している。
「待ってくれ、アルティア!」
アルティアはそのまま出ていってしまった。
俺の叫びに全く反応を示さずに……。
振り返ると、双子はこの状況に困った様な顔をしていた。
店内は一時の混乱が落ち着きつつあり、今の状況はこの場にいる全員が見ている。
これでは俺の威光が地に落ちてしまう。
俺は三人の美少女達を必死に追いかけた。
☆
わたくし達は、店から出てセントラルテンプルに、向かっていました。
どうしてこんな状況になったのかを考えると、とても腹立たしくなります。
メンバーの全員と歩いていたとき、前方にあの気持ち悪い男が見えました。
その時、ティアが気持ち悪い男とその仲間が、どういう立場なのかを教えてくれたのです。
パウロ教皇の部屋に入ってきた、この男は第一王子なのだと。
そして、後ろの二人は、枢機卿の息子達なのだと。
つまり、この気持ちの悪い男達は将来、この国を担う人物という事でした。
そんな方から食事に誘われては、無碍に断る事もできず了承することにしました。
その時、ヤクモは黙っていましたが、色々と考えていたのでしょう。
ですが、第一王子は許容できない条件をつけてきました。
わたくし達三人だけを指名した事です。
そうなると、他のメンバーは一緒に来ることはできません。
この段階で断ろうともしましたが、一度受けてしまった事もあるので、しぶしぶ保留にします。
わたくしは、今にも感情が爆発しそうでしたので、笑顔のマスクを貼り付けました。
アンナやティアも、同じ表情になっていましたので、気持ちは一緒だったのでしょう。
わたくし達が、第一王子について歩いていこうとする時、ヤクモの姿が目に入りました。
わたくしは、ヤクモならば理解してくださるはずと、自分の心を納得させます。
第一王子は店に向かうまで間、武勇伝を語って下さいました。
例えば、どれくらいの女性達と付き合ってきたかなど……。
ええ、そうですね、凄く女性と仲が良いのですね。
わたくしは、今日、初めて貴方とお会いしたのですが、どの様に反応すればよいのでしょう?
この第一王子への対応の仕方が分からずに、笑っている事しかできませんでした。
アンナは精霊を使おうとしていました。
アンナ、この距離でしたら、わたくしのハイキックの方が早いですよ。
わたくしは、ティアの笑顔だけが変わらなかったのが、一番怖かったですけどね。
店に到着すると、いつもの大惨事が起こります。
それに対して、第一王子はオーナーらしき人に、凄い剣幕で何かを言っていました。
この第一王子は、自身がどういう立場なのかを、分かっているのでしょうか?
次期教皇が、店でオーナーに直接怒るという行為。
それが及ぼす影響。
わたくしの笑顔の仮面が、限界を迎えそうです。
相変わらずティアに変化が無い事が怖いですけどね。
オーナーが第一王子を席へ案内しました。
その時のクズメンの表情は、王城で何度も見た利得権益が絡んだ人と同じでした。
すぐに良からぬことを考えていると分かります。
ヤクモは、未だそんな表情をしたことがありません。
こんなつまらない内容なら、ヤクモと一緒に部屋に居たかった……。
あんっ! 少し仮面が緩んでしまいました! ヤクモのばかっ!
この時、ティアの表情がピクリと動きました。
わたくしの心情に気がつくなんて、やはりティアは永遠の恋敵なのでしょう。
当然、アンナもですよ。
わたくしが至高の妄想をしている間に、第一王子達は既に席に座っていました。
絶対にヤクモはレディファーストですけどね!
促されるまま、わたくし達も座ります。
あぁ、もうわたくし、限界なんですけどっ!
わたくしの笑顔の仮面が、こんなにも早く破壊されるなんて……。
修練をし直さなくてはいけませんね。
第一王子は何かを言ったようですが、既にわたくしの耳には届くことはありません。
そして、ついに決定的な事が起こりました。
何も言わずに食事に手を付けたのです!
食事の前には必ず「いただきます」と言わなければなりません。
食事を作ってくださった方への感謝の気持ちを表す言葉。
これはヤクモと今まで一緒にいた、わたくし達のルールです。
わたくしは仮面の限界を感じて、事なきように席を立ちました。
アンナも同じ気持ちだったようで、わたくしに追従します。
店を出たときに後ろから「一回、死んできてください……」と聞こえてきました。
わたくしは振り返りアンナを見ました。
「私も最後はこの人はダメだなって思ったよ」
「クスクス、わたくし達は良い恋敵同士ですね」
「えへへ、そうだね!」
わたくし達はようやく仮面を外して笑えたのでした。




