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第64話 久しぶりのピアノ演奏 

 アーシェラさんがいなくなって、三十分くらいが経過した時。


 部屋の扉がユックリと開いた。


 部屋に入ってきたのはアーシェラさん、ではなく派手な容姿の男だった。


 服装も派手なら、顔面偏差値も派手。


 なんというか、派手になるべくしてなった、と言ったところだろうか。


 まぁ、言ってしまえば、超絶なイケメンなんですが……。


 そんなイケメンが発した言葉に驚かされる。


「アルティアが、妹が戻ってきたと聞いたのだが、どこにいる?」


 ふむ、ティアが妹ね……。


 確かに似ている様な気がする。


 パウロ教皇は表情や姿がよく分からないが、この金髪や柔和な顔はアーシェラさんにソックリだ。


 いや! 考えるべきはそこじゃなかった。 


 ティアのお兄さんという事は教皇家だ。


 場合によっては次期教皇という方にあたる。


 しかし、このお兄さん、様子がおかしい。


 ティアが目の前にいるのに、どこにいる? なんて聞いている。


 しかも本人に聞いてるやん。それ絶対にティアは傷ついてるで?


「お兄様は相変わらずですね」


 クスクスと手を口に当て、ティアが言った。


 俺の考えは杞憂だったようで、ティアは全く気にしている様子はなかった。


「えっ!? 貴女がアルティア? いやいや、アルティアはもっとブサーー」


 兄妹でも越えてはイケナイ一線を越えようとする、冒険家のロビンお兄様。


 やはり、危険を冒すのは、そこに山があるからだろうか?


「あら? お兄様、わたくしがもっと、どうしたのですか?」


 ぐぐぐ、とロビンお兄様を睨みつけるティア。


 めっちゃ睨んでる。背が低いから余り迫力はないが。


 しかしロビンお兄様は、妹に詰め寄られて困っている。


「ブサ……、そう! ティアはブイサインをしていた方が可愛いと思う」


 はい、五点。


 もっと、ここにいる全員が納得できる理由を言ってほしかった。


「あら、ロビンまで来ていたのですか? あまり騒がしくするのはいけませんよ」


 兄と妹の壮絶な戦いが始まろうとしていた時、扉の方から声がした。


 声の主はアーシェラさんだ。


 アーシェラさんは、そのまま扉を開けて室内に入って来る。


 そしてお手伝いなのだろうか、五人のマッチョな男がアーシェラさんの後ろからついてくる。


 いや、マッチョマン達はついてきたのではなく、ピアノを運んで来てくれたのだ。


 しかし、運ばれてきたのは、俺がよく知っているピアノではなかった。


 オクターブが少ない、五十八鍵のピアノ。


 エラールのピアノと呼ばれたものに酷似している。


「オレは邪魔のようだから出ていくよ。アルティア、またな」


 ピアノが運び込まれる光景を見ていたロビンさんは、部屋から出ていこうとする。


 その時、ロビンさんは俺達を初めて見渡した。


 視線が俺、ティア、モーガン、ルクール、クリストフ、エリー、お姉ちゃん、エリー、お姉ちゃん。


 エリー、お姉ちゃんを二度見していた。


 そして、幽霊のような足取りでフラフラ〜とエリーとお姉ちゃんの前に立つ。


 あの動き……、多分、今のロビンさんの目はハートマークになっている。


「惚れた! オレの妻になってくれっ! 」


 いきなり暴走するロビンさん。


 しかし、この暴走具合でロビンさんがティアの兄である事を確信した。


 そして、この時、俺は心の中で違和感を感じた。


 なんだろう、このチクリとした感覚は? 今まで感じたことがない。


 俺が不思議な感覚に陥っていた時、アーシェラさんが両手をパンパンと叩いた。


 その音に反応するピアノを運んできたマッチョマンの五人。


 アーシェラさんがロビンさんを指差し、弾く仕草をする。


 刹那、マッチョマンに取り囲まれるロビンさん。


 そして抱え上げられてエッホエッホと部屋から連れ出された。


「は、母上ーっ! オレの嫁が目の前にいるというのにーっ!」


 ロビンさんの叫びは瞬く間に聞こえなくなっていった。 



 マッチョマン達によって、ピアノはパウロ教皇のベッドから少し離れた場所に設置されていた。


 俺は、一ヶ月ほど触ることができなかったピアノの鍵盤をなぞる。


 指で鍵盤を押してみる。


 普段、聞いていた音とは少し違うが、やはりピアノの音だ。


 俺が感動で打ち震えていると、ティアが隣に来て言った。


「ヤクモ、一度試しに弾いてみてはいかがですか?」


「ティア、弾いても良いの?」


 俺が疑問符で返すと、ティアはニッコリと笑って、ええ、是非! と答えた。


 俺は、用意してくれていた椅子に座り、鍵盤に触れる。


 一ヶ月間、全く練習できなかったので、ウォームアップは大切だ。


 難しい曲は弾けないだろうし、鍵盤の数も少ない。


 そして、パウロ教皇は心の病を患っていると聞く。


 それならば、美しい調べを奏でる事で、心を落ち着けてもらおう。


 俺は曲を決めて演奏を開始した。


 ベートーヴェン ピアノソナタ十四番 『月光』 第一楽章。


 三連符を継続していくことで、揺れるような効果を上げる。


 メロディーはこの三連符を上手く弾けないとボヤケてしまう。


 湖の上に浮かぶ舟を照らす月光であるとか、葬送の曲であるという評価はその曲調に由来している。


 気持ちを高揚させることなく続く、美しい曲調は女神の調べとも言えるだろう。


 約六分の演奏を終えた俺は、音が消え入るのを待って、指を鍵盤から離した。


 一ヶ月のブランクを余り感じない。


 これならそれなりに難しい曲でも弾けそうだ。


 そして、弾き終わって痛感する。


 やっぱりピアノは良い! 得意な楽器ということもあるが、音域が広いため表現の幅が段違いだ。


 俺は、久しぶりに弾いたピアノの感触に満足して周りを見た。


「ヤクモ、今夜、ふたりきりで舟に乗りませんか? そうわたくしとふたりきりで……」


 暴走しているティアがいる。


「今、わたくしの周りを月明かりが照らしています。あぁ、美しい」


 夢見る少女のエリーだ。


「弟君、何だか昔の事を思い出すの……」


 お姉ちゃんは何故か悲しそうな表情をして……。


「あ、ああ、あ、ちつ、じょの、あり、あ……」


 意味不明。


 ん? 何だか最後の声は聞いたことがない。


「あなたっ!? 目が覚めたのですかっ!? わたくしの事が分かりますかっ?」


 アーシェラさんが声を聞いた瞬間、パウロ教皇の側に駆け寄る。


 ティアは今にも泣きそうな表情で微笑んでいる。


 そうか、あの声はティアのお父さんの声だったのか。


 俺はティアを見た。


 ティアも俺を見て、パウロ教皇に近づく。


 そして、パウロ教皇の耳元に顔を寄せて囁いた。


「お父様、アルティアです。妹のアリアは今、シュタイン王国で楽しく暮らしています」


 その言葉を聞いた、パウロ教皇とアーシェラさんは驚きで目を見開いた。


「そして、今から聖女のわたくしが、お父様の心の枷を解き放ちます」


 そう言った、ティアの表情は決意に満ちていた。


 ティアが俺に視線を送ってくる。


 俺は魔力範囲イメージをティアに固定する。


 そして、ピアノに向かい意識を集中させて和音を奏でた。


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