第62話 戦争への階段
ヴィド教会国家に向かうグングニルは相変わらず快適だった。
チェスの街で宿泊した宿屋ほどではないにしても、最高級スイートルームと比較できるのは凄い事だ。
そして、ヴィド教会国家への三日間の道中、みんなにカードゲームを教えていた。
この世界のカードはというと、主に賭け事のみでしか使用しない。
ポーカーやブラックジャックの類いだけなのだ。
ギャンブル系カードゲームは正直、掛け金が発生しないと面白さが足りなかったりする。
そこで高度なカードゲーム、ババ抜きを教えたのだ。
九人で行うババ抜きはヤバい。
同じ種類のカードが分散されて全く揃わない。
そして、俺以外の全員が、今まで知らないゲームに対する本気具合がハンパない。
扇状に広げたカードを一枚取るたびにリアクションが起きる。
ジョーカーを引いた時のリアクションが大袈裟すぎるんですが……。
「えぇーっ!? モーガンが持っていたのっ!?」
「ジュリアス……、後で分かっているわよね?」
「ヤクモ、先程の目線はフェイクだったのですかっ!?」
「……カード美味い?」
絶対、ここにいるみんなはポーカーとかできない人種に違いない。
こうしてババ抜きはルクールの敗北で幕を閉じた。
ワンゲームに一時間くらいかかった為、休憩に入る。
俺達がチェスター連邦を出立して、もう二日が経っていた。
グングニルの甲板にでると、月が高くに登っている。
明日の朝には、ヴィド教会国家に到着する予定だ。
出発前の予報通り、天候にも恵まれ、夜空に輝く星が美しかった。
俺は両腕を上げ伸びをする。
高級な椅子に座りながら遊ぶババ抜きは、体には優しいが、神経を使うのでやはり疲れてしまう。
その時、甲板に上がってくる人影があった。
「弟君、一人でどうしたの?」
お姉ちゃんだ。
風になびくシルバーのロングヘアが月明かりで輝いている。
服装は薄手の生地できたワンピースだ。
気候は寒くはないが、空を飛んでいるため夜風が直接、体に当たる。
「さっきのゲームで少し疲れてね。お姉ちゃんもその格好だと風邪を引くよ」
「弟君は優しいね。だからみんなが勘違いするんだよ?」
勘違いって何のことだろう?
俺が不思議そうな顔をしてていると、お姉ちゃんは少し頬を膨らませる。
「はぁ、弟君は本当に鈍感なんだから……」
そう言って、俺から視線を外し遠くを見た。
お姉ちゃんの横顔はやはり人間離れしている。
神々しいというか、むしろ女神……。
そんな横顔に見惚れていると、突然、お姉ちゃんが驚いた表情をした。
俺はお姉ちゃんから視線を外して同じ方向を見る。
それは、ニ日前にチェスター連邦へ着陸する直前に見た赤い光。
一瞬、赤く光って、すぐに収束していく。
それが数回続いた後、また夜空の星がその輝きを主張しだす。
「あの光は一体……」
お姉ちゃんの表情は真剣だった。
「二日前に同じ光を見たよ。同じ北の方角だった」
「弟君、私の故郷、シルフの村があったのはあの辺りなんだよ」
お姉ちゃんは懐かしそうな声で言った。
そして俺の方を向く。
「今でもあの時の、村が無くなったときの事は鮮明に思い出すわ。そしてありふれた日常が一瞬で崩れ去るの……」
美しい顔が憂いの表情で歪む。
潤む瞳は今にも涙が溢れそう。
普段見ないお姉ちゃんの姿に俺の胸はトィンクしてしまう。
「お姉ちゃん、大丈夫だから……」
俺は、そう言ってお姉ちゃんを抱き寄せてしまった。
あ、しまった! これセクハラや……、お巡りさんのお世話になるやつや!
しかし、俺の予想に反して、お姉ちゃんは俺の胸に顔を埋める。
「ばか……」
もう何度聞いたか分からない、ばか……。
その言葉にはいつも罵倒の色はなかった。
しかし、恋愛偏差値が皆無の俺には、今の言葉の色は分からない。
お姉ちゃんを胸に抱きながら、頭上を見上げる。
そこには輝く夜空が広がっていた。
☆
ほぼ同じ時刻。
シュタイン王国の王城に、ほうほうのていで到着した兵士がいた。
不眠不休で王城までたどり着いたのがうかがえる有様。
顔は疲弊でやつれ、目の下には隈ができている。
乗ってきた馬は、城門に到着するや倒れてしまった。
跳ね橋が降りてくる。
城内から何人かの兵士たちが駆け寄って来ていた。
その兵士達の到着を待たずに声が響く。
「シュタイン王にご報告致します! シュタインズ・フォートが帝国の襲撃により交戦中!」
駆け寄ってくる全兵士が聞こえる大きな声だった。
「敵兵力はおよそ三百! しかし連続した爆炎の魔法にて自軍の被害は甚大! 早急に援軍を……」
それだけ言って、砦から来た兵士は気を失う。
それを聞いた城の兵士は、騎士団長にありのままを報告した。
そして緊急会議が行われることになった。
砦からの兵士が到着して一時間が経過した。
倒れた兵士は既に治癒師により、応急処置が施されている。
命には別状は無いようで、しばらく休むと回復するだろうという事だった。
会議室にはシュタイン王国騎士団長が全員集まっており、シュタイン王と宰相のコルトーもいる。
最初に宰相のコルトーが口火をきる。
「報告は聞いた。シュタインズ・フォートが、ティオール帝国により籠城中。そして既に被害が大きいということじゃ。敵兵力は少ないが、連続した爆炎魔法にて攻撃を受けておる」
コルトーはシュタイン王の方を向いた。
「シュタイン王、連続した爆炎魔法といえば複数の魔術師も考えられますが……、恐らくは帝国将校である爆炎のアシュケルがいるものだと思われます」
その言葉に騎士団長全員から、騒然とした声があがる。
爆炎のアシュケルと言えば、十年前、あのシルフの村を滅ぼした張本人。
風の巫女と名高かった、精霊術師であるアンネローゼを屠った魔術師だ。
生半可な戦力では援軍を送っても、返り討ちにあってしまう。
シュタイン王は顎に手を当て少し考える仕草をする。
よく通るバスで指示を出した。
「シュタインズ・フォートが陥落していたとして、どんな戦力でも多すぎる事はないはずだ。今から冒険者ギルドに依頼をかけ、冒険者を確保せよ。そして援軍には第一騎士団と冒険者の混合で向かわせよ。出立は明日の正午、これをすぎる事はまかりならん」
「はっ! 承知致しました!」
シュタイン王の指示のもと、会議室内が慌ただしく動き出す。
そして翌日、城門前の広場に集まった騎士団と冒険者の混合軍、約千二百。
その中には、勇者ルシフェルや仲良しパーティーの姿もある。
そして第一騎士団長であるピリスが全員を鼓舞する。
「今から向かう戦場は、シュタイン王国の存亡に関わる場所です! ティオール帝国にシュタインズ・フォートを奪われるということは、シュタイン王国の門を奪われるという事! 門をなくした国が残った例は古今東西ありません! 私達が過ごす日常の安寧の為、全力をもって勝利しましょう!」
そして巻き起こる歓声。
今のピリスの姿は、見る人が見れば、英雄ジャンヌ・ダルクを彷彿としたかもしれない。
こうして、シュタイン王国混合軍は戦地であるシュタインズ・フォートに向かった。




