第61話 チェスター連邦の毒
賊は俺達を乗せた幌馬車を囲むような陣形だ。
幌車の後方が出入り口になっており、そこに人員を厚く配置している。
真っ先に幌車から飛び出したのは、なんとエリーだった。
ちょっ! 王女様! VIPなのに、どうして先陣をきるんですかっ!?
しかし、目の前で起こった光景に息を呑む。
幌車から飛び出したエリーは一瞬で賊の前衛に到達していた。
このスピードに既視感を覚える。
この生まれて初めて殴られたギルドマスターの踏み込みと同格……、いやそれ以上の速さだった。
その速度に賊達の間で動揺が走ったのが俺でも分かった。
賊が起こした動揺は、一瞬の隙になって現れる。
その隙をエリーは逃すことはしなかった。
いつの間にか鞘から抜かれた細剣が、右手に握られている。
そして、前傾姿勢を維持したままトップスピードで賊の間を駆け抜けた。
その時、右腕がブレたように感じたが視認できない。
駆け抜けたエリーが細剣を鞘に戻す。
王女様っ! 賊は全くの無傷でございますよっ!?
「あ、ありえない……、これがシュタインの剣姫の実力か……?」
モーガンが目を見開きながら呟いている。
何だよシュタインの元気って。
確かに賊の真ん中に飛び込んで、走り抜けた事は元気な証かもしれない。
しかし、今はそんな事を言っている場合ではないだろう。
そう思っていた俺は目に映った光景を疑った。
「あ、ありえへん……。元気すぎやな、エリー。南斗水鳥○でもここまで切れへんで?」
エリーの駆け抜けた後、両脇にいた十人の賊の体がズレて落ちる。
俺はそれだけ言うのが精一杯だった。
人間スプラッタを見て、気分が悪くなりうずくまる。
「ぎゃあああぁぁぁぁぁっ!」
俺がうずくまるのと同じタイミングで、幌馬車の前方で複数の絶叫が同時に上がっていた。
気分が悪いのをなんとか抑えて、その方向を見てみる。
幌馬車の前方を守っていた十人の賊が、傷だらけになって倒れている。
ピクリとも動かないところを見ると、既に息絶えているようだ。
遠目にも裂傷と分かる傷口。
馬車の側面で幌馬車前方を、腕を組んで見据えるお姉ちゃん。
行き着く答えは一つしかなかった。
そして血を見て更に気分が悪くなる俺。
今度は幌馬車後方で爆発音がする。
クリストフの範囲火球魔法だろうとあたりをつける。
戦闘が始まってまだ五分も経っていない。
最初囲まれていた俺達は、逆に賊を囲んでいる。
「ヤクモ、大丈夫ですか?」
そう言って、俺の隣でしゃがみ込み様子を聞いてくれるティア。
「大丈夫、やっぱり人死を見るのは慣れないね」
「そうですね、いつかこういう事がない世になれば良いのですが……」
そして、状態回復魔法を唱えてくれる。
少しだけ気分が軽くなったような気がした。
「ありがとう、ティア。気分が良くなった」
「どういたしまして。ですが、この方達はほぼ戦闘経験がないようですね」
ティアは不思議そうに言う。
確かにエリーが初動で十人を斬り伏せて、戦意が落ちたとしても一方的すぎる結果だ。
そんな連中が賊などやってこれたのだろうか?
戦闘はすぐに終わり、御者をしていた男が取り押さえられていた。
手足をくくりつけられており、動けなさそうだ。
ジュリアスとモーガンが尋問している。
何かわかれば良いんだけどな。
死者は一か所に集められて、クリストフが火球の魔法で火葬を行っていた。
全員が戦闘の後処理に動く中、俺に近づいてくる人影があった。
「ヤクモ、わたくしは……」
特攻隊長のエリーだ。
一瞬で十人を戦闘不能にしたにも関わらず、細剣や着ている服は綺麗な状態だ。
どんな技を駆使すればこんな事が可能になるのだろう?
そんな彼女が弱々しい口調で近づいてくるのだ。
「エリー、一体、どうしたの?」
俺は何かあったのだろうか、と気になり聞いた。
エリーはそのまま、ふわりと俺に抱きついてきた。
不意をつかれて驚く、ティアと俺。
弱々しい仕草でエリーは続けて言った。
「あんなに沢山の男性がわたくしを取り囲んで……。わたくしは本当に怖かったのですよ……」
ティアと俺はあんぐりと開いた口が塞がらなかった。
特攻隊長は何を言っているのだろうか? 嬉々として飛び出して一瞬で始末していたのに。
「風よ……」
どこからか聞こえてきたその言葉。
その言葉で正気に戻ったティアがエリーの肩をガッ! していた。
えっ!? どうしてわたくしが!? という顔のエリー。
「さぁ、エリー? イケナイ貴女はどんどん、しまっちゃいましょうね〜」
ニコニコしながらエリーを幌馬車の中に引きずっていくティア。
一緒に幌馬車に入っていくお姉ちゃん。
十分くらいして三人が中から出てきたときは、三人ともニコニコしていた。
一体中では何が起こっていたんや?
御者の尋問が終わって確認してみたが、結局、黒幕はわからなかった。
昨日、ここから少し離れた村に男がやってきて、シュタイン王国の要人暗殺を依頼された。
最初は断っていたが、最近の不景気と報酬が高額であることで受けたということだ。
既に受け取っている前金だけでも、残してきた家族は暮らしていけるらしい。
内容は御者を装って要人を移動、その道中で暗殺を実行というものだ。
標的の要人は大人ではないから、依頼の難易度は簡単だと聞かされていたという。
知っている事を話し終えた御者は慟哭しだした。
こんな事なら依頼を受けるべきではなかったと。
砂漠は乾燥しているはずなのに、少し湿った風が吹いた気がした。
戦闘後の整理を済ませ、御者を開放した。
御者はお詫びにはならないが、この仕事は完遂させてほしいと懇願してきた。
状況から考えると、この御者はこれ以上何かを企てているとは考え難いので、送ってもらう。
離着陸場に無事に到着した俺達をキャリー船長が待っていた。
「おせえぞ、あちきは気長に待ってたりはしないぜ」
「待っていたくせに……」
俺は呟く様に言った。
「またキミか! あちきの耳は一級品なんだぜ?」
そう言って、ねこみみを指差した。
しかし、それは着脱式ねこみみだと知っている俺はニヤリとして返す。
「そんなねこみみ、偽物じゃないですかっ!」
「キミは分かってないねえ。これを見てみろ」
キャリー船長がそう言うと、ねこみみが勝手にピコピコと動く。
それを見た俺の目が飛び出した。
「まあ、これは置いておこう。さあ皆さん、搭乗してくれ」
その言葉に従って、全員がグングニルに乗り込んでいく。
俺は納得できないまま、最後にグングニルに乗り込んだ。
「それじゃ、ヴィド教会国家にむかうぜっ!」
船長が宣言すると、グングニルは東に向けて動き出したのだった。
☆
ヤクモ達が襲撃にあった場所から少し離れた岩陰に一つの人影があった。
普通の人では襲撃場所を見ることもできない距離だが。
「戦力としてはシュタインの姫君と銀髪の精霊術師のみといったところか……」
人影は先程の戦闘結果を思い出しながら分析している様なそふりだ。
「大統領との会談を見た限りでは黒髪がリーダーだと思ったが……」
しかし、黒髪は戦闘中、ずっと気分が悪そうにしていたと人影は考える。
あれはどう見ても戦力に数えることは出来ないとも。
「そうなると、女性陣の無力化が効果的というわけだな」
人影は結論を出してクツクツと笑う。
「奴らはチェスターに来た、となるとヴィド、サンブリアというルートだろう。うむ、間に合うな」
岩陰から姿を現す、全身が体毛で覆われた狼男。
チェスター連邦の代表の一人。
「サンブリアのドールコレクターに教えておくか……。ヴェルム様が復活する為の生贄になるが良い」
狼男は下品な笑いをしながら、その場所から離れていくのだった。




