第60話 チェスター連邦からの出立
俺達がロビーに着いたとき、メンバーは誰一人いなかった。
お姉ちゃん、ティア、エリーは俺を半眼で見ている。
「弟君、エドワード大統領が見送りに来てくださるのを言い忘れていたのは、私達だけじゃなかったの?」
「お姉ちゃん、俺、完全に忘れていたよ……」
その時、ロビーに聞いたことがある声。
「アルティア、おはよう! みんな揃ってどうしたんだ?」
モーガンだった。
ルクールとクリストフも一緒だ。
結局、こいつら宿屋に戻っていなかったのか? しかもヤケに血色が良い。
昨晩、全員が暴れん坊将軍になったに違いない。
しかし、こちらの女性陣からの視線は絶対零度の冷たさだ。
「モーガン、もうすぐエドワード大統領がお見送りに来られるのです」
その言葉を聞いたヴィド三人衆は頭にハテナマークが浮かんでいるリアクションをする。
「初耳なんだが?」
「……俺、昨日のウサミミが良かった」
「ルクール、ワタシと趣味があいますねえ」
昨日はウサミミさんだったらしい。
俺にもウサミミ、プリーズ!
おっと、女性陣の極寒のドライアイズが俺を見た。
ACミランのGK並みの反応で困ってしまう。
「おっ! もう揃っているんだな!」
突然、俺達の背後から声がかかった。
振り返るとヤツがいる。
普通にジュリアスだった。
「みんな早いねー、ジュリアスが昨日激しくーー」
「リアナッ! 本当にシャワーの勢いが激しかったよなっ!」
リアナの言葉に、あわてながら被せ気味に意味不明の事をジュリアスは言った。
ナニが激しかったのだろう? 俺には分からないや。
「ご、ゴホン! ところでどうしてこんなに早く集まっているんだ?」
「ジュリアス、もうすぐエドワード大統領が見送りに来てくださるの」
「えぇっ!? 聞いてないぞ、ヤクモ」
「今、言った!」
その瞬間、俺はジュリアスにどつかれる。
「お前はバカか!? 普通、全員に落とし込むだろっ? まぁヤクモらしいか……」
「ジュリアス、お前、それどういうっ!?」
「どうせ、気を使って言えなかったんだろ? このムッツリめ!」
「今回は完全に忘れてた……、ごめん。てかムッツリ関係ないしっ!」
「ヤクモ、ムッツリってどういう意味なのですか?」
「エリー、本当はエッチぃ大好きなのにっていう奴の事だ!」
その言葉にハッとするお姉ちゃん、ティア、エリー。
「やはり、ヤクモもそういうことが好きだったのですね」
「よかった、昨日の件でわたくし、少し自信を無くしていましたから……」
「弟君は奥ゆかしいね」
ちょ、ちょっと待って。
みんなで俺をそんな生暖かく見ないでほしい。
誰か助けてプリーズ!
そんな四面楚歌、孤立無援な状況から助け舟が入る。
「救世主様達はいつも楽しそうですね」
声がした方に全員の視線が向く。
声の主はエドワード大統領だった。
エドワード大統領は挨拶を終えると、昨晩からのチェスの街に起こった変化を教えてくれた。
ここ3ヶ月の間、住民の不調で厳戒令をしかれたように閑散としていたチェスの街。
それが解除されたように、活気を取り戻したと言うことだった。
住民が毒を患う前の状況には程遠いが、それでも大きく改善したと言える。
この後は、議会から行政として出来るだけのフォローをして、経済活性化を目指すらしい。
そして、この件での感謝にはチェスター連邦として、必ず応えると言ってくれた。
俺達としては、チェスター連邦と連携強化を図るのが目的だったので、それ以上は求めていない。
特にティアは治癒師の本分である、人助けができた事を喜んでいた。
まさにwin−winな状態だ。
そういう事もあり、俺は気持ちだけ頂きます、というとエドワード大統領は困った顔をしていた。
そして、何か困った事があったらいつでも頼ってくれ、と言ってくれた。
言葉と共に差し出される右手。
俺とエドワード大統領は強く握手をする、男臭い笑顔で。
話が終わり、エドワード大統領が直々に表へ案内してくれる。
そこには、既に離着陸場へ向かう為の幌馬車が止まっていた。
やはりトップに立つ人間は気配り、心配りができるのだ。
誰かさんみたいに、伝達漏れをしているようではいけないと言う事だ。
全員が幌馬車に乗り込んだのを確認して、最後に俺も幌馬車に乗り込む。
全員が揃っていることを確認して御者に伝えた。
頷くと御者は馬を鞭で打った。
動き出す幌馬車。その時、後方から大きな声が起こる。
幌を開けて後ろを見ると、大通りを埋め尽くす程の人達がいた。
幌馬車に乗り込むときには全然気がつかなかったのに……。
風に乗って、救世主様やら感謝の言葉やらが聞こえてくる。
仲間に視線を戻すと、全員が嬉しそうな笑顔だ。
俺は、この時、俺達がした仕事の大きさを初めて実感した。
コンクールピアニストとして沢山の聴衆に音楽を伝えたい。
音楽家として曲を弾き、仲間と共に沢山の人々を救った。
手段は同じで、経過が変わるが、最終的な着地点は変わらない。
俺の音楽が、聴衆に感動を感謝を届けることができるのである。
俺は、このテラマーテルでも自分の夢が実現できると確信できた。
今までなし崩し的な部分はあったが、これからは違う。
そう思うと嬉しさで笑顔になる。
後方ではエドワード大統領が胸元に手を添え、深くお辞儀をしていた。
チェスの街を出てから三十分くらい経った時、幌馬車は急に停止した。
俺はどうしたのか? と御者に尋ねる。
しかし御者からは返事が返ってこない。
幌を開けて周りを見ると、その理由が分かった。
俺達の乗っていた幌馬車は三十人の賊に囲まれていたからだ。
その中に御者をしていた男の姿がある。
この襲撃は、仕組まれたものであるという事。
俺は仲間に目配せをすると、簡単な装備でそれぞれが幌馬車から飛び出した。
同じタイミングで賊も動き出す。
突然の襲撃戦は幕をあけた。




