第59話 美味しい紅茶は運動の後で。
夜が明け、日が昇る頃。
宿屋の最上階である超高級スイートルームの一室での出来事。
「はぁはぁ……、お、おとうとく、ん、私もうダメ……」
ほてった体を動かしながら力尽きそうな声を上げるお姉ちゃん。
「お姉ちゃん、一緒にいこうって言ったのに、それはないよ!」
俺はゆっくりとした動作で、お姉ちゃんに踏ん張ってもらおうと声を張る。
「くっ、ヤクモはゆっくり動けばいいかのかもしれませんが、わたくしたちは……」
かなりの運動量だ。
エリーも辛そうな表情をしている。
「はぁはぁ、あぁん、わたくしはもう限界です!」
ティアは治癒師らしく1番早くダウンしてしまう。
こちらも少し恥ずかしそうな表情だ。
頑張りすぎたのか、肩で息をしている。
「みんな、美味しい紅茶が入ったよ!」
みんなが急いで準備したかいがあり、約束の時間には遅れなさそうだ。
俺はみんなが動いている間に、乾いた喉を潤してもらおうと紅茶を淹れていた。
本日、9時にエドワード大統領がロビーまで迎えに来てくれる。
それまでに全員がロビーに揃っていないと、国際問題に発展するかもしれない。
折角、昨日の良い成果が翌日で破綻してしまうとか笑えない。
俺は昨晩の事を思い出していた。
4人で同じ部屋に泊まったのはやはり不味かったのだ。
明日も早いからもう寝ようという話になり明かりを消した。
最初は、3人は大人しくしていた。
この時、3人はまだ広いベッドで並んで横になっていた。
そして、俺はソファーで休んでいた。
しばらくすると、もぞもぞと人が動く気配がしだす。
俺も横になって間がなかったので、寝てはいなかった。
動き出した人影は俺が寝ているソファーまで来た。
そして、こともあろうに俺の隣で添い寝をしだした!
この狭いソファーでなんで並んで寝やなあかんねん!
俺はすぐ横にあった、その人影の顔を両手で挟んだ。
「にゃ、にゃくもっ!? いにゃい、いにゃいれにゅっ!?」
隣にいた人影はエリーだった。
その騒ぎで他の2人も起きてくる。
「エ、エリー? 抜け駆けなんてエリーらしくないじゃない!?」
お姉ちゃんは怒り気味だ。
しかし、抜け駆けとか意味が分からない。
「まさか、わたくしと同じ考えの方がいたなんて、やはりエリーはわたくしと同じ王族なのですね」
ティアは感心している。
王族は狭いソファーがお好きなようだ。
「ふふ、ヤクモの腕に体を挟まれました」
エリーは何かを間違っている。
俺は手でほっぺをぎゅーしただけだ。
腕で体を挟むって抱きついたみたいじゃないか。
「みんな! 明日も早いんだから夜更しすると起きれなくなるよ」
「はーい!」
エリーはベッドに戻って、再度みんなで就寝モードに入る。
しかし、またしばらくすると、ゴソゴソと動く人影。
そして、また俺の隣で添い寝をしようとしている。
狭いっちゅうねん!
俺は脇腹あたりに爪を立てた。
「はひゃにゃにゃにゃくも、だめだめ、しょこはだめにゃのー!」
今度はティアだった。
そして、また2人が起きてくる。
「王族は欲望に忠実すぎてだめね」
お姉ちゃんの言葉が怖い。
「アンナ、わたくしは大人しくしていましたよ?」
エリーはさっきの事を忘れているようだ。
「ひゅぃ〜、ヤクモは容赦なしですね」
ティアは既に王族の威厳がなくなっていた。
「もう一回言うね、明日起きれなくなるよ?」
「はーい!」
「俺は脱衣所で寝るね」
こんな状態では眠りにつける気がしない。
かなり床は硬いが脱衣所の方がマシだ。
「はー……えーっ!? なんですってー!?」
俺は立ち上がって脱衣所に入り鍵を閉める。
「どうして私だけ弟君成分を堪能できないのよー!」
そんな声が聞こえてきたが、気にしたらダメだ。
俺は明日に備えて眠ることにする。
床にバスタオルを何枚も敷くと、そんなに寝心地は悪くないような気がしてきた。
しかし、最高級の宿屋、しかも最高級の部屋で脱衣所の床とは……。
しかし、色々とあったからすぐに睡魔が襲ってきた。
隣の部屋ではにゃあにゃあとじゃれ合う声が聞こえてきた気がした。
「イタタ、やっぱり床は硬い!」
大理石の床が硬くて目が覚める。
しかし、きちんと眠れていたようで頭に中はスッキリとしていた。
体を起こし、鍵を開けて部屋に戻る。
部屋を見渡すと、3人はじゃれ合いに疲れたらしく色々な場所で寝息をたてていた。
こんな姿を見ていると、高貴な身分の2人や高嶺の花のお姉ちゃんも普通の人なんだと安心する。
俺は非力なのでベッドには運べないが、上からシーツをかけることはできる。
3人がいつ起きてきても大丈夫なように、朝食の準備をしておこう。
俺は部屋を出て、ロビーに向かった。
俺はカウンターから熱湯とカップを4つ借りてきた。
そして、部屋のテーブルにそれを置いてみんなを起こそうとする。
カウンターで時間を確認すると、もう8時だった。
あと1時間しかない。
まずはお姉ちゃんから起こそう。
お姉ちゃんは元々俺が寝ていたソファーで、寝息をすぅすぅとたてながら眠っている。
両腕に枕を抱きながら横を向いている。
俺はお姉ちゃんを起こそうと肩に手をかける。
「うふふ〜、おとうとくんのえっちぃ〜」
俺はその言葉にびくぅっ! となる。
お姉ちゃんにはまだ触れていないはずだ。
ドキドキしながらお姉ちゃんを見ると、まだ寝息が聞こえてくる。
どうやら寝言だったようだ。
俺は再度、お姉ちゃんを起こすため、肩に手を置いた。
「お姉ちゃん、そろそろ起きないといけない時間だよ」
そう言いながら肩を揺さぶる。
「う〜ん、おとうとくぅん〜まって〜」
夢の俺はお姉ちゃんから逃げているのだろうか?
「お姉ちゃんっ! 起きる時間だよっ!」
「おとうとくぅ〜ん、にがさないの〜」
ダメだ、完全に夢の国の住人になっている。
しかし、普段のお姉ちゃんからは考えられない光景だ。
パリッとした秘書の様な仕草を見慣れているから、今の某タレたパンダのお姉ちゃんは新鮮に見える。
俺がほっこりとしながらお姉ちゃんを見ていると、危機は突然やってくる。
「つ〜かま〜えた、もうにがさな〜い」
俺はお姉ちゃんに抱きつかれていた。
「うわっ!?」
俺は、そのまま態勢を崩してしまい倒れる。
お姉ちゃんもそのまま倒れ込んでくる。
「ひゃうっ!? う〜ん、なにがあったのーー」
下敷きになっている俺の上に抱きついているお姉ちゃん。
ソファーから落ちた拍子に、夢から現実に引き戻されたことにご不満な様子。
そして言葉を続けようとした時、俺と目が合う。
「これは夢の続きなのかな? 弟君を捕まえている……」
「お姉ちゃん、間違いなくこれは夢じゃなく現実だと思うよ」
薄いネグリジェを通してお姉ちゃんの体温を感じる。
この夢のような状況が夢であるわけがない。
お姉ちゃんは床に手をついて上体を上げた。
これは、あれだ床ドンという名前のマウントポジションだ。
「ふふ、弟君は私にこの後どうされちゃうのかな〜?」
主導権を握っている女性が俺に聞いてくる。
どんな答えを求めているんだ?
「お姉ちゃん、今何時なのか知ってる?」
「弟君、大丈夫だよ。時間はたくさんあるから」
うん、噛み合ってない。
「今は8時、エドワード大統領が来るのが9時。あと1時間しかないんだよ」
「エドワード大統領がどこに来るの? 会談は昨日終わったのに」
「今日、俺達が出立するから見送りに来るって……」
「……弟君、その話はいつ私達に教えてくれたのかな?」
「……えっ!?」
「私達、聞いていないよね?」
俺は急に冷や汗が吹き出てくる。
そう言えば、あの時俺しかいなかった。
「は、はは、忘れたっていいじゃないか、だって人間だもの。みつを」
「みつをって何!? それと良い事と悪い事は物事によるよ! ティア、エリー起きてっ!」
お姉ちゃんはマウントポジションを解除して立ち上がる。
そして大きい声でエリーとティアを呼ぶ。
「うぅん、アンナどうしました? もう少しでヤクモを捕まえられそうでしたのに」
「ふあぁ、もう少しでわたくしはヤクモと結ばれ……。いえ何でもありません」
2人は眠そうにもぞもぞと動き出した。
エリーはヤクモンGOをしていたらしい。
ティアは頬を赤らめて俯いてしまったので分からないが、多分指定が入るやつや。
「聞いて二人とも! 弟君が、弟君が……」
お姉ちゃんの声は高揚している。
俺が時間を伝えなかった事がかなり頭にきているのかもしれない。
「ヤクモがどうしたのですか?」
エリーとティアもお姉ちゃんの雰囲気にのまれ、声のトーンを落とした。
「さっきまで私と抱き合ってたの!」
きゃっ! 恥ずかしいっ! という声を上げ嬉しそうにソファーに座るお姉ちゃん。
それに対して起きたての2人はジト目だ。
「アンナ、貴女はわたくし達に恨まれるために起こしたということでしょうか?」
「不思議な事をなさるのですねアンナ。ふふふ、どうしてくれましょう?」
訝しい言葉でお姉ちゃんに迫る2人。
「てへっ、間違っちゃった」
ペロリと舌をだして、お茶目な態度のお姉ちゃん。
それ、火に油を注ぐヤツやん。
「アンナ、許しませんっ!」
「ちょーーーーっと、まってーーーーーーっ!」
俺は埒があかないので仲裁に入る。
「ヤクモ、どいてっ! そいつを殺せないっ!」
「まぁ、ちょっと落ち着こう!」
既にこのやり取りで10分経過していた。
「お姉ちゃんにも言ったけど、エドワード大統領があと50分でここに来ます! 時間は大丈夫ですかっ!?」
俺の言葉に顔を見合わす2人。
「また、またあ、ヤクモはご冗談がお好きですね」
「そんな話きいていないですよ?」
「うん、今言ったところだから」
「えぇ〜っ!? アンナは知っていたのですかっ!?」
「私もさっき聞いたばかりなの」
「貴女はそれを言わずに、どうして別の事を言ってしまったのですかっ!?」
「えへへ〜、大切な事は先に言うべきだよね?」
「確かにその通りですね!」
えっ!? まさかの同調!?
「結構、時間は余裕なの? 俺は準備なんてないから大丈夫だけど……」
「ふふ、ヤクモ、大丈夫なはずはないでしょう?」
「えぇ、今から間に合う気がしないですね」
そして、3人の美少女達は声を合わせた。
「一緒にロビーへ行きたいから、少し待っていてーっ!」
そして3人は未だ見たことがないスピードで動き出す。
俺はソファーに座り、用意していたカップに紅茶を淹れる。
俺が紅茶を飲み終えたとき、3人は疲れ切っていた。
「みんな、美味しい紅茶が……」
俺は3人に紅茶を差し出したのだった。




