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第58話 イッツ、エンターテインメント

 俺達が宿屋に戻ってきたのは深夜に近い時間だった。


 しかしチェスの街は変わらず賑やかなままだ。


 今日は夜が明けたとしても、お祭り騒ぎは収まらないだろう。

 

 宿屋のエントランスロビーも同様で夜の遅い時間にも関わらず人の往来は多い。


 俺はカウンターに戻ってきた旨を伝える。


 その間、3人はソファーで座りながら話をしている。


「料理おいしかったね」


「王城のシェフに来ていただきたいくらいでした」


「わたくしも初めて食べる料理でした。この街に来た時にはまた行きたい、お店ですね」


 そんな3人はやはり周囲の注目を集めていた。


 しかも宿屋を出ていく時にはいなかったはずの超絶美少女が増えている。


 そして、その金髪ゆるふわはこの街の救世主と言われる人物だ。


「きゅ、救世主様っ!?」 


 誰かが気付いた後、それが伝染するのは早かった。


 インフルエンザでは勝負にもならない速さだ。


 すぐにロビーは騒然となって、その場にいる全員が平伏する。


 ティアは慌てて立ち上がった。


「みなさま、お顔を上げてください! わたくしは偶然、この街の毒を直せる魔法が使えただけなのです。特別な事はしていませんし、救世主と言われるほどの力もありませんから」


 ティアがそう言うと全員が顔を上げた。


「なんと控えめなお方なんだ!」


「治療をされた魔法の効果があんなに凄いものだったのに!?」


「流石は救世主様、いや女神様か!?」


 口々にティアを褒め称える。


 ちょうどその時、俺はロビーでの手続きが完了したので、振り向いて声をかけた。


「お姉ちゃん、ティア、エリー、準備ができたから部屋に戻ろうか」


「はーい、弟君。早く一緒の部屋にいきたいね」


「ふふ、4人で同じお部屋なんて楽しみですね」


「ヤクモと一緒に眠れるのですね」


 3人がそれぞれのコメントを言う。


 この往来の場でそんなコメント言ったらどうなるかわかりますよね!?


 俺はロビーにいた全員から敵意の乗った視線を頂戴する。


「お、同じ部屋だけど俺は1人でソファーに寝るから!」


 俺は誰にするわけでもない言い訳をして、階段に向かって歩く。


 その後から3人が追いかけてきて、俺に腕を組んでくる。


 あっさりと左右の腕を組まれ、後ろから首に腕を巻きつけられた。


「ちっ! 爆発しろっ! 黒髪っ!」


 俺が普段、ジュリアスに言っている言葉がロビーから聞こえてきた。


 この後、どうしようかと悩む俺はリア充なわけがない。



 部屋にもどり、ソファーに座る。


 3人は思い思いの場所にいる。


「みんな、色々とあったから疲れてるでしょ? シャワーどうぞ」


 俺がそう言うと、3人は何も話さず視線を交わしている。


 普段見ないような険しい表情の3人。


 貴女方の様な人達でもそんな顔をされることがあるのですね!?


 均衡を破ったのはお姉ちゃんだった。


「そうね、私から入らせてもらうわ」


 エリーとティアは目を合わせて何かを考えているようだ。


 それを見たお姉ちゃんの口角が少し上がったように見えた。


「アンナ、わたくしが最初に入りたいです」


 エリーが待ったをかける。


 お姉ちゃんの美しい眉がピクリと動いた。


「エリー、何故?」


「今日は色々と走りましたからね。走るのは普段、訓練の時くらいですから」


「そう」


 なんだ、この空気は? 


 砂漠の街だけど、外はこんなに寒くはなかった。


「どういう決め方をしましょうか?」


「私が先に言ったんだから、私でいいでしょ?」


「良いものがあるよ!」


 俺は凍えるような寒さの中に割り込んだ。


「良いもの? それはなにかな弟君?」


 ニッコリと答えてくれるお姉ちゃん。


 あれ? 普段通りだ。


 俺は街に行ったときに買った物を取り出した。


「それは街で購入していた物ですね?」


「そうなんだ」


 俺は封をあけて取り出した。


 それはプレイングカード、いわゆるトランプだ。


「それはカードですね。ヤクモはそれで何をしようと言うのですか?」


 俺は何も言わず、ジョーカーを2枚抜いてからカードをシャッフルする。


「ピアノを弾くために指の筋肉を鍛えないといけないんだけど、その時にクローズアップ・マジックに出会ったんだ。筋トレついでに色んなテクニックを練習したよ」


 カードとの馴れ初めを話し終えて、シャッフルを止める。


「か、カッコいい……」


 3人はシャッフルに見惚れてくれていた。


 俺はカードの(デッキ)を手のひらに乗せて差し出した。


「さて、1番上のカードは7以上でしょうか? それとも7未満でしょうか?」


 お姉ちゃんとエリーはカードを睨みながら考えている。


 絶対そんなんで分からないと思う。


「アンナ、貴女が選んで下さい。シャワーへ先に入ると言ったのは貴女でしたからね」


 エリーは選択権をお姉ちゃんに譲った。


 お姉ちゃんはエリーをキッと見たあと、手のひらにあるトランプのデッキを見つめる。


 心なしかデッキの1番上のカードが動いているように見える。


 いやおかしい、カードが浮いているだとっ!?


「アンナ! シルフを使うのはいけません!」


「な、何を言っているのよ? そんなわけないじゃないエリー?」


 お姉ちゃんはどもりながら答えた、不自然な疑問系で。


 カードの動きもそれに合わせて止まる。


 そういう事か。


 お姉ちゃんがこの勝負にかける気合の入り方がハンパない。


「…………上にするわ」


 かなり悩んでいたが、お姉ちゃんは決めたようだ。


「それだったら、ティア、1番上のカードをめくってくれる?」


「わかりました」


 ティアは俺の手のひらにあるデッキの1番上のカードをめくる。


 それをティアは大切そうに胸元へ持っていった。


「それでは見せますよ」


 深呼吸するティア。


 息を飲むお姉ちゃんとエリー。


 雰囲気に流されそうになるが、どうしてこんな真剣になっているのか分からない俺。


「いきますっ!」


 めくられるカード。


 そこに書かれていた数字はスペードのAだった。



 ガクリと膝をつくお姉ちゃん。


 大きく両手を合わせ天に祈るエリー。


 2人とも頑張りましたねと称えるティア。


 置いてけぼりの俺。


「それではわたくしから入ってまいります」


 エリーは優雅な仕草でシャワー室に向かった。


「私は悔しいよ! 弟君!」


 対してお姉ちゃんは憤慨している。


「まあまあ、お姉ちゃん。少し落ち着いてコレを見てみてよ!」


 俺はさっき使用したカードをお姉ちゃんに見せる。


「弟君、これがどうしたの?」


 お姉ちゃんは不思議そうに手のひらに乗っているカードを見つめる。


 ティアも何をなさっているのです? と言いながら俺の前に座る。


 俺はダブルリフト(2枚返し)を使って、カードをひっくり返す。


 裏返ったカードはハートの8。


 それを2人にしっかりと見せる。


「このカードを覚えておいてね」


 しっかりと頷く2人。


 再びダブルリフトを使ってカードを裏返す。


 1番上のカードを取り、デッキの中ほどに差し込む。


 そして机の上にカードを静かに置いた。


 俺は一仕事を終えたので、デッキの隣くらいにあったコップの水を飲む。


 お姉ちゃんの顔が嬉しそうだ。


 俺はトラップに引っかかってしまったらしい。


「ティア、そのカードに向かって何かを言ってくれるかな?」


 お姉ちゃんとの間接キスは考えないようにして、ティアに話を振った。


 ティアは少し考えるそぶりを見せたが、すぐに頷いた。


「ヤクモケッコンシマショウ!」


「ぶふぉ!」


 いきなりの不意打ちに俺は口に含んだ水を吹き出してしまう。


 そして勢いよく対面の二人にかかってしまった!


「あぁっ! ごめん! すぐにタオルを取ってくるから!」


「いいのよ弟君。私は今、エリーとの勝負に負けて本当に良かったと思えたから……」


「わたくしの言葉をそんなに喜んでくださるなんて……」


 一体、どうなっているんだ!? 普通は嫌がらないか?


 俺はタオルを持ってくるべく洗面室のドアを開ける。


「ひゃん!?」


 目に飛び込んできたのは、全ての服を脱いでシャワー室に入ろうとするエリーの後ろ姿。


 プラチナブロンドの髪をアップに纏め、ボディタオルを体に巻き付けていた。


 俺が乱入したことで驚いて、ペタンとお尻を床ついて女の子座りになっている。


 俺を見る目は恥ずかしそうだ。


「はわわっ、エ、エリー!? ごめん、わざとじゃないんだっ!」


 俺は回れ右をして扉を閉める。


 はぁ、と溜め息をついて顔を上げた。


 目の前には冷ややかにこちらを見る、水も滴る美少女が2人。


 俺は世界で初めての4回転アクセルスピン土下座を敢行した。



 俺の大技が決まり、渋々許してくれる2人。


 美少女2人にかかった水は全て綺麗に拭き取った。


 そしてクローズアップ・マジックを再開する。


「俺がさっき差し込んだハートの8は今どこにあると思う?」


 2人は何を言っているの? という表情で答える。


「弟君は中間くらいに差し込んでいたから、それくらいじゃない?」


「わたくしもそれくらいの場所だと思います」


 やばい! こんな素直な2人がいるなんて! 


 俺は心から震える。


「さっき、ティアに言ってもらったのはテレポーテーションの言葉だったんだ」


 俺の言葉に2人は驚く。


「わたくしは願望を言っただけなんですが……」


 ティアさん、こっちが恥ずかしくなる言葉を言わないでほしい。


 俺が恥ずかしそうな顔をした瞬間、お姉ちゃんにキッと睨らまれた。


 怖かったので視線をそらす為、机にあるデッキを持ち上げる。


 2人の視線はデッキに向いた。


「よく見ていてね。ティアの魔法の呪文でハートの8は……」


 ヤクモケッコンシマショウが魔法の呪文になってしまう。


 なんとも言えない気分になりつつも続ける。


「瞬間移動してしまったのですっ!」


 俺はデッキのトップ(一枚目)をめくった。


 それは、デッキの真ん中付近に差し込んだはずのハートの8だった。


 2人は一瞬、目を見開いた。


「ええええぇぇぇぇ!? 一体どうなっているのっ!?」


 その反応に俺は大満足だった。


 本当はテレポートではなく、アンビシャス・カードなんだけどね。


 

 その後、シャワーから出てきたエリーに、世界で2度目の4回転アクセルスピン土下座をした。


 エリーはくすくすと笑いながら、今度一緒に入りましょう、と言ってきた。


 王女様はご乱心でございます。


 お姉ちゃんはエリーに、ティアは凄い魔法使いだ、と語っていた。


 エリーは全く分かっていなさそうだった。


 ヴィドの聖女は実は凄い魔法使いだったとかゴシップ紙でも書かないようなネタだ。


 エリーに続いて、お姉ちゃん、そしてティア、最後に俺の順でシャワーをする。


 皆様はお約束の様に、シャワーから出てきたあとはネグリジェをお召しになっている。


 そんなに俺を睡眠不足にしたいのでしょうか?


 俺が最後にシャワーを浴びて出てくると、3人は何やらベッドの上で話し合っていた。


 誰がどの場所で寝るのかを決めていたようだが、まだ結論が出ていないらしい。


 俺はソファーで寝るから、3人で2台のキングサイズのベッドだと余裕だろう。


 そう言うと何故か大ブーイングが起こった。


 それでもこれは譲ることはできない為、納得してもらう。


 そして夜も更けていき、寝息が聞こえだした。


 そういえば、ハートの8。


 何か意味があったような気がするが、また思い出すだろうと俺は眠りについた。


        ☆


 ハートの8は恋や望みが叶う暗示。


 これは偶然か必然か……。




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