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第56話 迫りくる帝国

 エドワード大統領がとってくれた部屋はとても豪華だった。


 部屋の広さは二十畳くらいだろうか。


 中央に円のテーブルが配置され、周りをソファーが囲っている。


 ソファーも質の良さが分かる本革が使用されていた。

 

 こんな柔らかい革は触れたことがない。


 ベッドはキングサイズを隣同士で2つ用意されている。


 浴室は大理石で造られており、ため息が出るほど美しい。


 俺は全ての部屋を確認したあと、ソファーに腰を下ろした。


 この宿の最上階の部屋は全て貸し切りの状態になっており、俺達だけしかいない。


 元々、住民が毒に冒されていて満足に動ける状態ではなかった。


 その為、宿には客がほとんどいない状態みたいだ。


 毒を回復したお礼、そして国賓として最高級の宿、最高級の部屋を用意してくれたということなのだろう。


 そしてさっきのティアの話。


 『六つの女神の神殿』『秩序の宝珠』『復活と封印』 


 よく分からなかったキーワードは三つ。


 そして世界的な危機とも言っていた。


 俺は考えてみたがやっぱり分からなかった。



 そんな時、コンコンと部屋のドアがノックされた。


 俺は考えても分からなかったので、ソファーからずり落ちかけていた体を起こした。


 そして立ち上がり返事をする。


「弟君。さっきの話で知りたい事があるんでしょう」


 どうやらお姉ちゃんがさっきの分からない話を、隅から隅まで教えに来てくれたようだ。


 俺はドアを開ける。


 そこにはお姉ちゃんの他にティアとエリーも立っていたのだった。


「立ち話もおかしいから、中には行ってよ」


 俺は三人を招き入れる。


「ふふ、弟君の部屋に入るのは初めてかも」


「くすくす、ヤクモの部屋は何もないですね」


「本当に殺風景なのですね、わたくしが良い物を見繕ってあげますね」


 三人は俺の部屋に入るなり、周りを見渡し色々と感想を言っている。


 だが待ってほしい、ここは宿屋の部屋であって、俺の部屋ではない。


 訂正すると藪蛇のような気がしたので素直に頷いておく。


 最初はキャイキャイと言い合っていた三人だったが徐々に落ち着いてきた。


 この瞬間を逃す手はない。


「俺にさっきの話で教えてくれる事があるんだよね?」


「あっ! 忘れてたよ、弟君」


「もう、アンナったら! わたくしも忘れてましたけどね」


「アンナもティアも本当に仕方がないですね。えぇ、わたくしもですよ」


 俺は、あんたらは一体何をしにきたんだ、と言いたかった。


 しかし、俺はハッキリ物事を言えない日本人だ。


 そんな事は言えるわけもなく……。


「は、はは、本当に可愛いね君達は」


 少し誤魔化すように、乾いた笑いをやんわり入れてお茶目さんである事をほのめかす。


 プロ野球の投手もビックリの変化球。


 これ絶対ストライク取れへんやろっていうくらい分かりにくい。


 そして彼女達の反応は。


「きゃーーーっ! 弟君が私に可愛いって言ってくれたんですけどーっ!」


「アンナ、何を言っているのです? わたくしに言ったのですよ!」


「アンナもティアも勘違いしないで下さい! わたくしに決まっているではありませんかっ!」


 俺の投球は即退場っていうくらいの危険球だったようだ。


 しばらく、色々と言い合っていたが、時間が経つことで少し落ち着いてきた。


 そして全員がソファーに腰を下ろす。


 俺の正面にお姉ちゃん、左右にティアとエリーが座っている。


「弟君、まずは女神の神殿なんだけど、その前に知らないといけない事があるの」


「そうなの?」


 俺が聞き返すと、お姉ちゃんは頷いて続ける。


「女神の神殿の事を説明するには、神話戦争と六英雄について話さないといけないわ」


 お姉ちゃんは少し言葉切った。


 俺が、大丈夫という仕草をすると続きを話し出す。


「有史の起源になっている神話戦争と呼ばれる女神同士の戦いが今から約二千年前に起こったの。今のヴィド教会国家がある場所を拠点としていた国が秩序の女神マーテルを、今のティオール帝国がある場所を拠点としていた国が混沌の女神ヴェルムを信奉して争った」


 どうやら過去に大きな戦いが起こったらしい。


「戦争は熾烈を極め、テラ・マーテル全土で四分の三の人口が戦死したといわれているわ。そして千年続いた戦争は、混沌の女神ヴェルムが六人の英雄に倒されたことで終結するの」


 俺はお姉ちゃんの話を真剣に聞いて理解しようとした。


 元いた世界の戦争期間最長記録が三百三十三年だから、千年という期間は世界が疲弊しきっていたと思う。


「ヤクモ、神話戦争については理解ができたようですね。私からは女神の神殿と宝珠についてお話します」


 変わって説明してくれるのはティアだった。


「倒された混沌の女神ヴェルムをそのままにしておく事はできません。女神は意識世界に入り込むことができ、新しい肉体を依代として復活を果たせるのです。ですが混沌の女神ヴェルムは神格であり簡単には封印などできません」


 混沌の女神は危険視されているのだろう。


 封印する事は絶対に必要だったと思われる。


「そこで同じ神格である秩序の女神マーテルが自身を封印の媒体にしました。それにより女神の宝珠という物が出来上がりました。言わば女神の宝珠がマーテルの意思になっており、宝珠の封印が解かれるとマーテルは力を失い、ヴェルムの封印が解けてしまうのです」


 封印はシーソーゲームになっていて、両方を得ることはできないようだ。


「女神の宝珠が一つだと封印が解かれてしまう可能性が高くなるため、秩序の女神マーテルは女神の宝珠を六つに分割して、六人の英雄に託します。女神の宝珠を分けた物が秩序の宝珠になります。神話戦争を勝利に導いた六人の英雄は、別々の場所に建国しました。騎士のシュタットはシュタイン王国、格闘家のチェスはチェスター連邦、治癒師のヴァリスはヴィド教会国家、魔術師のサンドリアはサンブリア公国、勇者ティオリスはティオール帝国。唯一竜人族だったローザだけは国を建てずに故郷に戻ったとされています」


 現在の首都は六英雄の名前に由来しているのか!


「各国は自国に女神の神殿を建立して秩序の宝珠を安置しました。そしてニ度と悲惨な戦争が起こらないように各国で秩序の宝珠を保護する条約を結んだのです。秩序の宝珠の封印を一つでも解けば封印は弱まり、混沌の女神ヴェルムが意識世界に戻れるからなのです」


 ティアの話で女神の神殿は秩序の宝珠を安置するための役割をしているという事。


 そして秩序の宝珠は女神の宝珠を分けた物になる。 


「最後にわたくしが復活と封印についてお話します」


 最後にエリーが教えてくれる。


「女神の神殿に安置されている秩序の宝珠を奪い、封印が解く事ができれば意識世界に混沌の女神ヴェルムが戻れるとティアが教えてくれました。意識世界にまで来ることができれば、女神は世界への干渉が可能となります。それにより復活できる可能性が格段に上がるのです。人を依り代にして現実世界に顕現できるのですから」


 要するに人を乗っ取ると言うことか……。


「そして秩序の宝珠を手に入れ、封印を更に解いていくのです。それにより秩序の女神マーテルの力は抑えられ、混沌の女神ヴェルムの力は増大していきます。最終的に全ての秩序の宝珠が奪われ、女神の宝珠が封印を解かれた時、混沌の女神ヴェルムは復活を果たし、秩序の女神マーテルは完全に封印され力を失います。それにより世界は混沌へと向かい無に帰するでしょう」


「つまり、エドワード大統領がいた時、ティアが言っていた既に五つの女神の神殿にあった秩序の宝珠が奪われ、封印を解かれている。残り一つのシュタイン王国にある秩序の宝珠を奪われてしまうとアウトと言う事だね?」


「アウトがよく分かりませんが、おそらくそれで合っていると思います」


「混沌の女神ヴェルムが復活してしまうとどうなるの?」


「女神の降臨は人々の心に感情を芽生えさせます。混沌の女神ヴェルムの降臨は人々に疑心、不安、焦燥、嫌悪等の悪感情を芽生えさせ、混沌に導きます。向かう先は無になるかと思われます」


「ろくな事がなさそうだね。止めないといけないけど、どうやるんだろう」


「まずは奪われた女神の神殿にあった秩序の宝珠を奪還したいところですが、先に今承っている国家間の連携強化を完遂させるべきです」


「よし! 連携強化の使者を必ず成功させてよう!」


 俺の言葉に三人は頷いてくれた。



「ところで弟君?」


 お姉ちゃんが不思議そうに聞いてくる。


「どうしたの? お姉ちゃん?」


「今日はこの中の誰と一緒に眠るのかな? かな?」


 何を言い出すんだ、このお姉ちゃんは!?


「お姉ちゃん、俺をからかわないでよ! そんなのみんな嫌に決まってるだろ?」


 俺がそう言った瞬間、三人は目を見開きこちらを見る。


 そして、三人は同時に手を上げてわたしよ!、いえわたくしよ! と言ってきた。


 それでは、どうぞどうぞができないよ、皆さん。


 一人一人でやらないと! 分かってないなあ。


 しかし、しばらく様子を見ていても収まる気配はなかった。


 俺は様子がおかしい事に気付く。


「えっと、そろそろネタの振り合いは止めて、部屋に帰ろう。ね?」


 三人はこちらをキッと睨む。


 はわわっ! 怖い!


「弟君、さっきみんなが嫌がっているっていったよね?」


 頷くしかできない俺。


「それでしたら、みなさんが泊まりたい場合はどうすればよいのです?」


 頷くしかできない俺。


 んん? 今なんつった!?


「ごめん、エリー。最近難聴みたいで……。みんなが泊まりたいって聞こえたような……?」 


「ええ、言いました」


「はは、ワロス」


「ヤクモ、何を言っているのですか? ワロスとは?」


「ちょっと壊れてただけだから気にしないで。あっ! そうかっ! この部屋の景色が良いんだね!?」


「弟君……。この階は全室かわらないよ」


「なんだとっ!?」


 お、落ち着け俺。


 こんな美人さんが三人も泊まりたいとかありえへんやろ? 


 ちょっと考えたらわかるやん? 


 最近流行のハニートラップ、略してハニトラやで絶対。


「えっと、皆様。言っておきますけど俺は借金いっぱいですので、とんでもはねても何もでません」


 三人は不思議そうな顔をしている。


「それでもこの部屋に泊まりたい、と?」


 三人は満面の笑みで頷く。


 俺は完全降伏した。


「広い部屋だからどこでもどうぞー」


 本日、俺の貫徹は確定した。

 

        ☆


 ほぼ同時刻。


 シュタイン王国とティオール帝国の国境にある砦。


 国境にある山を切り出して造り上げられた砦で自然の岩石を纏った強固な要塞。


 その名をシュタインズ・フォート。


 今、この難攻不落と言われる砦に火の手が上がっていた。



 守備隊は砦の上方から敵に向かって矢を放っている。


 雷のような轟音と共に火柱が連続で立ち上がる。 


 その度に何人かの守備隊員は炎に焼かれ、黒焦げになっていた。


「隊長! このままでは守備隊は全滅です!」


「こんな連続で爆炎の魔法を放てるなんて……。隊長! 相手には魔術師が沢山いると思われます!」


「隊長! 門に破城槌が打たれています! 敵軍は門を破壊しようとしているみたいです!」


 刻々と変化する戦況に腕を組んだまま動かない守備隊隊長。


 目を瞑り、何かを考えているようだ。


 元々、砦には五百人の守備隊が常駐していた。


 五百人と聞くと少ない気がするかもしれないが、この砦は要塞と呼べる強固さを誇る。


 そこを勘案しての配属人数でもあったのだが……。


 戦闘が始まり、既に被害は甚大になってきている。


 砦という地の利を活かし、弓矢での遠距離攻撃をしかけるも、戦果は不透明。


 絶え間なく敵から放たれる爆炎魔法で守備隊の被害は拡大している。


 

「隊長! どうやら敵はティオール帝国の模様です!」


 それを聞いた守備隊隊長は目を見開き指示を出した。


「一番早い馬で王城に応援要請をかけろ! 大至急だ!」


「はいっ! 直ちに!」


 走って出ていく守備兵を見送った守備隊長は残った守備隊に大声で言った。


「残った者は命を俺に預けてくれ! 絶対に門を破らせてはならん!」


「はっ! 了解っ!」


 守備隊全員の声が一斉に重なる。


 守備隊長は夜空を見上げ呟いた。


「シュタットの家族や実家、そして弟のジュリアスは元気にしているだろうか……」


 そして思い直した。


「そうだ、待っている家族がいるんだ! 絶対に死ぬわけにはいかない!」

 

 守備隊長は強い決意で階下に降りていった。


 

 


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