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第54話 チェスター連邦の陰

 俺に集まる視線。


 俺は旅立つ前にシュタイン王が悪い笑みをしていた事を思い出した。


 あのタヌキおやじめっ!


 しかし、今はそんな事を考えていると場合ではなかった。


 書状に対する答えを用意しないといけない。


 書状の内容は、各国の連携だとエドワード大統領は言った。


 各国が連携を取らなければいけない理由は何だっただろう?


 シュタイン王国で問題になっていたのはリンバルの件とVTOL機の件。


 どちらの問題もティオール帝国が起因している。


 つまりティオール帝国からの侵略行為への対策をどうするのか。


 そうなると、今回、シュタイン王国が受けた侵略がどの様なものであったかを伝えるという事が、認識の共通化を図れる唯一の方法だろう。


 俺は結論づけて、今回起こった事件の内容を話しだした。



 シュタイン王国内で発生した麻薬による有力者の殺人事件。


 それを裏で手を引いていたのが、ティオール帝国の将校であるリンバルであった事。


 それに乗じて甘い汁を吸おうとしていたシュタイン王国の重鎮が、籠絡されていた事。


 場合によっては、シュタイン王国の中枢部に問題が発生していたかもしれない事。


 そして最終的には事なきを得たがアイリーン王女を攫って人質としようとしていた事。


 その時、使おうとしていたVTOL機の存在と侵入場所。


 外装に発見しにくくなる加工を施し、拠点付近まで侵入できる事。


 これらの約1ヶ月で起こった事件を全て伝えた。



 それを聞いたチェスター連邦の重鎮達は考え込んでいた。


 深刻な表情を見ると簡単に答えはでなさそうだ。


 エドワード大統領は他の5人を見て口を開いた。


「この件は1度協議を行う時間が欲しい。しかしシュタイン王の危惧はよく分かる。元々軍事に特化していたティオール帝国は我々より先ん出ていてもおかしくはない」


「分かりました。俺達は1晩チェスの街に泊まり、明日出立します。お返事は俺達が出立した後であればシュタイン王国へ直接お願いします」


「分かった。明日には間に合わないだろうから、直接シュタイン王国へ伝達を送ろう」


「了解しました。それではお願いします」


 チェスター連邦としての答えは得ることが出来なかったが、シュタイン王国に起こった問題は伝える事ができたはずだ。


 そして短い会談は終了した。


 ボールド副大統領が立ち上がり、会議室の扉を開けてくれる。


 そしてそのまま、部屋から出て俺達を先導してくれるらしい。


 俺が最後に部屋から出たときに、後ろから溜息が聞こえた気がした。


        ☆


 シュタイン王国の使者が出ていった会議室には重い空気が流れていた。


 机の上には2枚の書状が置かれていた。


 1枚は先程のシュタイン王国からの物。


 そして、もう1枚はティオール帝国からの物。


「しかし、シュタイン王国も同様の事が起きていたとは……」


「帝国はもしかしたら全ての国を手に入れようとしているのかも知れん」


「オレ達の気付かない領内に飛空艇が隠れているのだろうか?」


「私達はまず国民の救済が急務だ。しかし既にチェスの住民が毒に侵されている……」


 エドワード大統領の言葉通り、今、チェスの街は毒の被害に悩まされていた。


 チェスの水源であるオアシスに2ヶ月ほど前、毒を仕込まれていたみたいなのだ。


 現在はオアシスの自浄機能で水源自体は正常化しているが、その時の毒が国民全体を蝕んだままだ。


 重症化をしていると住民はいないが、体の痺れや不調で経済に悪影響を及ぼしている。


 もし妊婦がそんな症状を長期化させてしまうと、胎児に影響がでるかもしれない。


 エドワード大統領は、ティオール帝国からの書状を手に取り憎々しげに見た。


 それは降伏勧告だった。


 属国になれば現状を回復できるというものだ。


 それは、どこが毒の罠を仕掛けてきているのかを示すものでもある。


「治癒師によれば、この毒は魔法でしか治せない種類だと聞く。しかしチェスには高位の解毒魔法が使える治癒師はいない。ヴィドの聖女ほどの治癒師がいてくれれば……」


 全員が苦渋の表情で腕を組んでいた。


 議論は変化を見せないまま時間だけが過ぎていく。


 

 静寂を破るように、突然、勢いよく会議室の扉が開いた。


 そこにいたチェスター連邦の幹部全員がいきなりの事に一瞬怯む。


 この場所はチェスター連邦の心臓部、これがテロであればこの国の行政が麻痺してしまう。


 しかも少し前にシュタイン王国の使者から、ティオール帝国の脅威を聞いたばかりだ。


 チェスター連邦の幹部全員がすわっティオール帝国の刺客か!? と思ってしまった。


 しかし、勢いよくドアを開けたのは先程の使者を送ったボールド副大統領だった。


 ボールド副大統領は驚きとも喜びともとれる表情をしていた。


「だ、だ、だれか、ワ、ワ、ワシシシシ」


 ここにいる幹部全員が今まで見たこともないくらい取り乱しているボールド副大統領。


 幹部全員が一体何があった? という怪訝な表情になった。


「ワシをぶってくれええええぇぇぇっ!」


 ボールド副大統領の錯乱にその場にいる全員が怯んだように見えた。


 しかしエドワード大統領だけは冷静だったようで一歩前に出て、右ストレートを放つ。


 力を加減しない一撃でボールド副大統領は吹き飛び壁に激突する。


 エドワード大統領以外の幹部全員は、何もそこまで……、という表情だ。


「さ、流石はエドワード、いい拳だった」


「ふん、ボルドーは変わらんな、お前は自分を見失うと生半可じゃ効かんからな」


 壁まで吹き飛んで倒れたボルドー副大統領に近寄り、右手を差し出すエドワード大統領。


 そこには長年の信頼を裏付ける2人の男の姿があった。


「ところでボルドー副大統領、一体お前がそこまで自分を見失ったのはなぜだ?」


「そ、そうだったエドワード大統領。夢だと思ってぶってくれと頼んだのだが……」


 立ち上がったボルドー副大統領は、会議室の窓からチェスの街を見下ろす。


「チェスの住民を蝕んでいた毒が全て消えたんだ」


 振り返りながらボルドー副大統領はそういったのだった。


「ぼるどおおおおぉぉ! それはほんとうかああああぁぁぁ」


 エドワード大統領が、ボルドー副大統領の回し蹴りで吹き飛んだのはすぐ直後の事だった。


        ☆


 ティアが状態回復の魔法を唱え終えると、患者達の顔色はかなり良くなっていた。


 俺は演奏を止めてティアを見る。


 沢山の患者に状態回復魔法をかけたにも関わらず、まだ余裕がありそうだ。


 ふう、と一息ついてこちらを見るティア。


 顔には信頼の表情が浮かんでいるのは気のせいだろうか。


 俺は近づいてティアの頭をポンポンとなでた。


「ティア、ご苦労さま。大変だったね」


「いえ……」


 ティアは短く答え、何故か俯いた。


        ☆


 少し前に戻る。


 俺達はホワイトパレスでの会談の終えて、宿泊する場所を決めるべく歩いていると広場を見つけた。


 ふと見るとベンチで、体調が悪そうな幼児を抱いた女性が座っている。


 心なしか女性も顔色が優れないようだ。


 治癒師であるティアとリアナが近寄って状態を確認すると、毒素が体を蝕んでいるというのだ。


 早速、ティアは状態回復魔法を、リアナは回復魔法を詠唱。


 その親子は瞬く間に回復していく。


 そして親子は深々と頭を下げて去っていったのだが、その広場には同じ様な症状の患者がいた。


 親子の回復を目の当たりにした広場の患者達は、こぞって俺達に近づいてきた。


 まるでバイオ○ザードのゾンビの様な動きをして……。


 患者の数が多かったので、ティアは状態異常魔法を範囲で使用した。


 しかし、患者の数が多く状態異常回復の効力が薄れてしまって、完治させる事ができなかった。


 リアナの回復魔法は範囲での使用ができないため、1人1人に使用していたが埒があかなかった。


 そこで俺が演奏してティアの能力を底上げして、範囲で回復することにする。


 ティアの範囲状態異常回復と範囲回復で広場の患者が全員回復した。


 その時のリアナは少し寂しげな表情をしていたが、ジュリアスがフォローしていた。


 リアナが笑顔になっているところを見ると、ジュリアスは凄い(スケコマシ)だと思う。


 広場にいた患者全員が俺達に深々とお礼をしたあと、走ってどこかに行ってしまった。


 こんな時間から一体どこに行くというのだろう。


 そして、その驚愕の理由はすぐ分かることになる。


 物凄い数の住民がゾンビの様に広場に押し寄せてきたからだ。


 まさに街ごとゾンビ化したリアル○イオハザードだ。


 しかし、ティアはその患者の数を見て不敵に微笑んだ。


 俺はその微笑みに戦慄した。


 この人は絶対治癒ウーマンだ。


 患者を治療することに生き甲斐を感じている人種に違いない。


 患者の数が多すぎるため解毒を優先する。


 患者の体力を回復するのは後回しだ。


 こうして広場にはヴァイオリンの音色が流れ、オレンジ色の光が溢れ続けた。


 

 状態回復魔法により状態は改善しているが、毒により侵された体調は万全ではない。


 他のメンバーは全員、チェスの街を走り回っている。


 毒が抜けてかつ動ける人も街に繰り出していた。


 毒を患っている者が残っていないかを確認するために。


 立ったまま待つのも疲れるので、近くにあるベンチでティアと一緒に腰を下ろす。


 隣に座るティアが、腕を組んできた。


 砂漠の夜は冷えるから寒いのだろうか。


 そのうちギューっと密着してきた。そんなに密着すると当たっているんですが……。


 ティアは俺を見上げていた。


 そう、これは上目遣いと言ってとんでもない技だ。


 受けた者は必ず死ぬ(オチル)。


 そんな一撃必殺を俺は目をそらす事で間一髪、回避に成功する。


 危なかった。


 下からティアの、ふんっだ! という声が聞こえた。



 そして遠くから、あーーーーーっ! という声が聞こえる。


 間違いなくお姉ちゃんの声。


 物凄いダッシュで目の前まで来たお姉ちゃん。


 ズザザザァと土煙を上げながら目の前で急停止、そして俺達を指差しながら聞いてきた。


「弟君、これはどういう状況かな? かな?」


「ティアが夜風に当たって冷えたみたいでーー」


「ふーん、夜風ね。私がもっと良い風を教えてあげるね?」


 お姉ちゃんは凄みを効かせて、何故か疑問符で締めた。


 それを聞いた途端、パッと俺から離れるティア。


 その時、皆が戻ってきた。


 どうやら患者はもう居ないみたいだ。


 そして別の方向から、ホワイトパレスに行ったはずのボールド副大統領が戻ってきた。


 エドワード大統領達を連れて。



 広場に着いたエドワード大統領は、その状況にあんぐりと口を開ける。


 そして、錆びたブリキ人形の様にギギギとこちらを見た。


「わ、私は夢でも見ているだろうか? ボールド副大統領、もう一回ーーへぶぅゅ!?」


 ボールド副大統領は、エドワード大統領が言い終わる前に動いていた。


 エドワード大統領の腹部に突き刺さるつま先。


 ボールド副大統領の美しい飛び蹴りが炸裂した。


 腹部へめり込み具合が凄まじい。


 エドワード大統領は両膝をついて崩れたが、表情は晴れやかだ。


 そして、あぁ、やはり夢じゃなかった、という声と共に起き上がる。


 大統領、体の作りは一体どうなってんの?



「大統領! この人が俺達を助けてくれたんだ!」


「本当にありがとう! この御恩は一生忘れません! この奇跡を後世に伝えるぞ!」


「この方はチェスの救世主だ。皆、救世主様を称えようじゃないか! 救世主伝説だ!」 


「救世主様! その靴で俺を、俺を踏んでくださいっ!」


 ティアを称える声があちらこちらから起こる。


 意味不明のものもあるが……。


 身体の毒素が抜けてきているのか、その声は徐々に広がり大歓声に変わっていった。


 それを眺めていたエドワード大統領は言った。


「私達はもう少しで選択を間違えるところだった」


 手に持っていた書状を開き目を落としたあと、細切れに破いていく。


 エドワード大統領が紙切れを空に放つと、それは風に乗ってどこかに消えていったのだった。


        ☆


 その光景を木陰から見ている視線に気づかずに……。


エドワード「渡さんぞおお、ボルドー! はああぁぁぁぁ」

繰り出す右ストレート。

ボルドー「それはこちらのセリフだ、エドワアアド! ふおおおおぉぉぉ」

それを縫うように放つ右カウンター。

バキィ! 崩れ落ちる二人。

倒れた2人をよそに机に置いてあるお菓子を持っていく幹部の1人だった。

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