第51話 良い日旅立ち
俺達はシュタイン王からの依頼を受けた。
準備ができるまでは控室で待機するように指示が出る。
同行するメンバーはお姉ちゃん、ティア、ジュリアス、リアナ、モーガン、ルクール、クリストフそして、エリーだ。
アリアは連れて行かないで良いのかと聞くと、家に戻っても良いことがないとティアは言っていた。
どんな環境なんだ?
今回の依頼の行程は南のチェスター連邦に行って、そのまま東に進みヴィド教会国家を経由、最後に更に東のサンブリア公国を訪れる。
日程はチェスター連邦に行くのに3日、1泊して、ヴィド教会国家に行くのに3日、1泊して、サンブリア公国に行くのに、2日、1泊して、シュタイン王国に5日かけて帰ってくるというものだ。
以前、お姉ちゃんに王国と帝国の国境付近まで、馬車を使って10日前後かかると聞いたのだけど、この行程だと強行軍になりそうで戦慄する。
俺は他の人より身体能力が高くないから不安でしかない。
そんな俺の様子にクスクスと笑う声が聞こえる。
誰だ! と思ったら、ティアだった。
既に牛乳瓶メガネは外されており、その美貌を惜しげもなく晒している。
「ヤクモは何を気にしているのです? 万が一、体調が悪くなってもわたくしがいるというのに」
ヴィドの聖女は余裕そうです。
「例え聖女の能力をもってしても、体力不足は補えないんじゃ?」
そんなドーピンングが出来るなら一家に1台はほしい。
「体力不足が何か関係があるのですか?」
「アルティア様、恐らく……」
エリーがティアに耳打ちしている。
何で内緒話なんですかね?
エリーの話を聞いたティアの頭にピコーンという電球が見えた気がした。
「そういう事ですか、確かにそれはそうですね」
うんうんと頷くティア。
「ヤクモは心配性なのですね」
ティアと同じくクスクスと笑うエリー。
「どうしたの? 何だか楽しそうね?」
雰囲気に釣られてお姉ちゃんが近づいて来る。
「ヤクモがね、アンナ……」
ティアがアンナに耳打ち。
一体何なんですかね?
お姉ちゃんがニヤニヤしている。
弟をからかわないでほしいです。
これから大変重要なミッションが控えているというのに、雰囲気はピクニックを控えた家族のようだった。
ピクニックか……、そう考えればとても良い状態だね。
壁際ではモーガン、ルクール、クリストフが何かを話しており、窓際ではジュリアスとリアナが2人の雰囲気を作っていた。
本当に良い感じだ。
この各国への訪問はある意味、婚前旅行になるのでは?
各国への連携交渉を前に、こう言うのは不謹慎かもしれないけど。
そうしていると、コンコンとノックが鳴り、カチャリとドアが開く。
ピリス団長だ。
「お待たせ致しました。長旅になる為、チェックに時間がかかってしまい申し訳ございません。それでは城門に馬車を待たせております。準備が出来次第参りましょう」
俺達は全員立ち上がり、準備はできている事を伝える。
「そうですか、それでは参りましょう」
ピリス団長が部屋を出て、俺達もそれに続く。
出来るだけ目立たない通路を歩き、城門に到着する。
そこには大きな幌の馬車が止まっていた。
見た目に全く普通の幌馬車だ。
王族特有の飾りもなければ、豪華さもない。
それだけ、この案件は秘密裏に進めたいということなのだろう。
俺達は全員馬車に乗り込む。
ピリス団長が幌を閉める際、どうかお気をつけて、と言った。
エリーは、ピリスもね、と答えて微笑む。
それを見てピリス団長は幌を閉めたのだった。
幌が閉められると馬車はすぐに動き出した。
見た目は普通の幌馬車だが、昨日の豪華な馬車と同じ様に揺れをあまり感じない。
乗っているのが国を代表する使節団なので納得なのだが、これをチューニングしたのは素直に凄いと思う。
軽自動車の車体を使ってレクサ○の乗り心地を再現する様なものだろう。
上の方にある窓というか隙間から景色が見える。
王城や時計台が見える角度から西に向かっているのだろう。
そういえば西の方に行くのは初めてかもしれない。
馬車はシュタットから離れ、林の間を通る。
1時間くらい走った場所で馬車は停止した。
御者が何か話をしているのが聞こえる。
「着きましたね」
エリーが1言呟くと、表から失礼します、という声が聞こえ幌が開けられる。
「お待たせしました。お気をつけてお降りください」
俺達は幌をくぐり馬車から降りる。
目の前に広がるのは断崖絶壁。
そして下には母なる海が広がっていた。
「こちらにどうぞ」
御者だった男は慣れた動作で馬車をくくりつけて、崖に向かって歩いていく。
俺達もそれに続いた。
そこは崖の端を利用したステップだった。
崖から5メートルくらい出張っている。
ステップの端には手摺などない。
まさかバンジーの施設がこんな場所にあるなんて。
俺は少し思案する。
もしかしたら、大切な会合の前に度胸を試す為、バンジーをするのかもしれない。
俺はこの試練をクリア出来る自信が無かった。
男はステップの端に行って、手を振った。
上は準備完了という合図だろう。
恐らく何度も体験しているエリーは余裕なのだろう。
城での会話からティアも知っているはずだ。
これから起こるであろう試練に絶望している俺が暗くなった。
暗くなる? どうやら陰に入ったようだ。
あれ? 太陽も隠れるくらい恐ろしいバンジーなのか? と思い顔を上げると……。
そこには帆船が空中で停止していた。
え? 帆船? だとっ!?
「えぇぇーっ!? これは一体なにっ!?」
俺の第一声はそれはそれは情けないものだった。
しかも驚きで座り込み、指をさしている。
ベタすぎるあれだ。
「シュタイン王国の飛空艇、グングニルです」
しれっと答えるエリー。
みんなは俺のようなオーバーリアクションをしていない。
そしてクスクス笑っているのはティア。
「ふふ、やはりヤクモは知らなかったのですね。先程の行程を気にしていた理由が分かりました」
「おいおい、どこから来たら、飛空艇の事を知らずにいられるんだよ」
「く、ジュリアスにまで……、いつかF22ラプターでやっつけてやんよ!」
「ヤクモ、いつも分からんこと言うよな」
俺達が話していると背が150cmくらいの女性が近づいてきた。
「あちきがグングニル号の船長、キャリーだ。よろしく」
そう言ってお辞儀をするキャリー船長。
どう見ても15才くらいだ。
ねこみみもついている。
「そこの腰を抜かしていたキミ? 人を見た目で判断してはイケナイよ?」
「そ、そんな、失礼なことをするわけないじゃないですか」
「ふん、どうだかね。さっきの目はこんなおこちゃまで大丈夫か? という意思がありありとみえた」
「バレテーラ」
「そら見たことか。あちきはこれでもベテランなんだ。安心してくれ。それとこのねこみみは飾りだ」
ねこみみを外すキャリーさん。男のロマンが崩壊した瞬間だった。
「まあ、キミの事はもういい。それでは皆さん、搭乗してくれ」
ステップから船内に降りるメンバー達。
空中で停止しているのにブレない不思議。
「言っただろう? ベテランだって。さっさと乗った乗った!」
最後に俺が乗り込み、キャリー船長が右左確認すると男に手を振った。
男は敬礼すると離れていく。
「それじゃ、チェスター連邦にむかうぜ!」
船長が宣言すると、グングニルは動き出したのだった。
俺「こんな飛空艇があるなんて……」
エリー「ビックリしましたか?」
俺「良い風なんじゃが……」
ティア「ユパ、さ、ま?」




