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間話 季節イベント 妖精のハロウィン ④

 迷路のような内部をピリスは淀みなく歩いていく。


 俺達はそれに着いていく。


 石畳の廊下には様々な調度品や絵画が飾られていて、王家の経済力を示している。


 他の国と照らし合わせても、この国はトップと言っても過言ではないだろう。


 何度階段を上がり、何度扉を抜けただろう。


 ある扉を抜けたとき、大きな部屋にたどり着いた。


 そこは大樹がうねるように絡み合い、蔦が巻き付き、パンプキンヘッドがぶら下がる。


 小さなテーブルがいくつも配され、その上にはパンプキンヘッドの灯り。


 部屋の中央には大きなテーブルが置かれ、果実や木の実、美しい色の飲み物が載っている。



 俺はその光景に違和感を感じて思い出していた。


 招待状にはテラスにて、と書かれてあったはずだ。


 ここはどう見ても、深い密林の中だ。


 周りを見ると、長身のスラリとした金髪の人達が、簡単なマスクで顔を隠して思い思いに談笑していた。


 その耳は先端が尖っている。


 この耳の形には見覚えがあった。


 先日、ゴブリンの討伐クエストで出会ったエルフのセリスと同じ耳。


 そして、上品なマスクの仮装をしている人達とは別に、コテコテの変装をしている人達がいる。


 顔はよく見えないが、おそらくシュタイン王国の重鎮なのだろう。


 かたやアッサリ系高級料理、かたやコッテリ系ジャンクフードというイメージがしっくりする。


 それぞれに良さはあるから、これはこれでありなのかもしれない。



 その中でもウホッ! 良いセンス! という人がいた。


 ってエリーやん。


 まるで宝○の様な男装をして、王子様然で耳の尖った金髪の女性達と話をしていた。


 エリーと話をしている女性達はモジモジとしていらっしゃる。


 仮面で表情は見えないが、これは間違いなく恋をしている!


 そんな時、俺の視線に気がついたのか、エリーがこちらを見る。


 そして、女性達に断りをいれて、にこやかにこちらに向かってくる。


 そして、男装の美少女と灰色のネズミ男は邂逅した。


 知っている人がいたら言っているだろう。


 オスカルとラスカルがいる! と。


 すみません、ラスカルの方は盛りすぎですね。


 ラスカルに失礼な事を言いました。


「クスクス、ヤクモはどうして灰色オバケになっているのですか?」


 優しく笑うエリー。


 その魅力あふれる仕草に、周りの金髪の男性達は一気にこちらを見る。


「オバケじゃなくネズミなんだよね」


「ヤクモの変装でしたら、オバケでもネズミでも変わりませんよ」


 俺の変装など何をしても変わらないという事か!?


「エリーは似合っているね」


「ありがとうございます。向こうでご一緒にいかがですか?」


 そこで割り込んでくる人物がいた。


「弟君、待って。私と一緒に向こうへ行こう?」


 お姉ちゃんだった。


 そして今まで漆黒の魔女だったローブをバサリと脱ぎ捨てる!


 脱ぎ捨てたローブが邪魔をしてお姉ちゃんが見えない。


 そしてローブがヒラリヒラリと風に流され視線が回復すると……。


 そこには、ネコミミ、そしてレオタードの様な露出の高い服、胸元は開きふわふわが付いている。


「キャトルお姉ちゃんだよーっ! 弟君っ!」


 仮装パーティー場にいた男性全員の目が集約される。


 何度もいうが、お姉ちゃんは非常に美しい容姿をしている。


 そんなお姉ちゃんが際どい服、しかもネコミミをしている。


 そして、男性だけでなく、エリー、ティア、アリア、ピリスも目を見開いている。


「アンナ、やるわね」


「アンナ、ヤクモがネズミって言ってたからキャトルなんてあざとすぎでしょう」


「アンナ様、そこまでしなくても良いのではないでしょうか……」


「ティア、ネズミだからキャトルというと、もしかして……」


 全員がお姉ちゃんの方を向く。


「ヤクモを食べてしまう宣言っ!?」


 何言っているんだ、この女性達は。


 その言葉で視線が俺に集中する。


「なんだ、あの灰色オバケはあんなに冴えないのに……」


「あれでネズミらしいぞ、オバケなのにな」


「あんなキャトルに食べられるなら何だってイイ!」


「それな!」


 つい先程までの上品さが霧散した。


 それに便乗して悪ノリをしてくるお姉ちゃん。


「おとうと、いえ、ヤクモ、私に食べられるにゃん!」 


 照れて前屈みになりながら、獲物を狙うにゃんこの様に近づいてくる。


 口の端からチロリと出る舌がかわいい。


 前屈みになっている事で、お姉ちゃんの見事な双丘は主張しすぎている。


 どうして仮装パーティーにそんな服を選ぶのっ? 


 ネズミでよかったってこういう事だったのっ?


 俺は直視できないまま、ジリジリと後退せざるを得ない。 


 それに合わせ距離を詰めてくるお姉ちゃん。


 他の4人は向こうで静観の構えのようだ。


 仮装パーティーの場で何かが起こるはずもないと踏んでいるのだろうか?


 今のお姉ちゃんの目を見れば何が起こってもおかしくはないというのに。


 そして俺は大樹の幹に追い込まれた。


 お姉ちゃんの顔が近づいてくる。


「ふふ、ネズミくん、いただきまーす」


 その言葉に静観中だった4人が反応した。


「ア、アンナ。本気だったの!?」


「場所をわきまえて下さい!」


「させないわっ!」


 ピリスが持ち前の運動能力で動く。


 しかし、俺達のいる場所にたどり着く手前で押し返された。


「風の防御壁っ!?」


「ピリスにはこれが越えられるかにゃん?」


 ピリスは風の壁を越えようと試みるが弾き返されてしまう。


 この前の戦いでもこんなに厚い風の防壁は使われなかった。


 どこまで本気なのかが伺える。


 妖艶な笑みをたたえたお姉ちゃんは、再び俺の方に体を向けた。


 近づいてくるお姉ちゃんの顔、そして唇。


 チロリと覗かせる舌。


 俺の唇とお姉ちゃんのそれが触れそうとした瞬間。


 お姉ちゃんの動きが止まった。


「きょ、距離が縮まないにゃん!?」


 木の幹に追い詰められている俺はこれ以上後ろには逃げられない。


 距離が縮まないと言う事は、お姉ちゃんも前に出ることができないと言う事だ。


 どうしたのだろうとお姉ちゃんを見ると、その体には木の蔦が巻き付いていた。


 どうやらこの蔦が体の自由を奪っているようだ。


「お嬢ちゃん、少しおいたが過ぎるようじゃな」


 テラスとは名ばかりの木々が鬱蒼としている部屋の奥。


 金髪碧眼の年齢が60歳くらいに見えるダンディーのアルトが響いた。


 マスクを他の金髪エルフと同じように顔につけてはいるが、その存在感は特異だ。


 オーラがあるといえばいいのだろうか。


 そして耳はやはり尖っている。


「ナツメヤクモ、公共の場ではあまり感心できぬ行為よの」


 パンプキンヘッドを被った男性が言葉を発する。


 シュタイン王の声だ。


 声に出しては言えないが、コテコテの大ボスがここにいた。


 そしてシュタイン王の発言はもっともな事だ。


 公共の場でレオタードに近い服装の女性に迫られる。


 周りの目が半眼になって、肩をすくめるのは当然だろう。


「ほれ、お嬢ちゃん。その姿では寒かろう。持ってきたローブを羽織りなさい」


 ダンディーが持っている杖をかざすと、木の枝が動きお姉ちゃんの脱ぎ捨てたローブを拾った。


 木を自在に操る魔法なのだろうか。


 完全に勢いを殺がれたお姉ちゃんは既に前進する意志はないようだ。


 それを確認したダンディーはまずお姉ちゃんの体に絡みついている蔦を解く。


 そして木の枝を操って、拾ったローブをお姉ちゃんの近くまで持って行かせた。


 お姉ちゃんはふぅ、と一息つく。


「エルフ族の長老、ガヴァディ様がいらっしゃっていたなんて思いませんでした。大変失礼を致しました」


「シルフの血族とわしらの仲じゃ。気にするほどの事でもなかろう」


「お心遣い感謝致します。ガヴァディ様がお出になるとはとても珍しいですね」


「先日、孫娘がそこの色男に助けられてな。色男がシュタットにいると言うから、直接会いとうなったというわけじゃ」


 なんとセリスはエルフ族長老のお孫さんだった!


「それでシュタイン王に話したら、ちと驚かせようとなってな。わしがシュタットの木を成長させたのじゃ」


「ガヴァディ殿は我が王国と友好な関係を築きたいと言われてな。余としても、王国としても、この申し出は興味深い話だったのでお受けしたのだ。シュタット全体を仮装してしまうとは思わなんだがな!」


「まるでハロウィンパーティーみたいです!」


 俺は思わず日本にいた時の事を思い出して言った。


「はろうぃん? 何だか面白い名前じゃな」


 ガヴァディさんはふむ、と頷いた。


「エルフ族は排他的な種族でもあるからのう。仮装できる事で街に溶け込めるのじゃ。木々を茂らせることで慣れていない街中も普段と変わない環境でいられるじゃろう。まずは交流の第一歩というわけじゃな」


「今まで数百年、エルフの郷から出ようとしなかったガヴァディ様達がどうして……」


「お嬢ちゃんも気付いておるじゃろう? 10年くらい前からの、シルフの村が滅亡した頃からの異変に」


「ガヴァディ殿、それはどういう……?」


「全ては10年前、ティオール帝国が1000年前の国際条約【マーテル・アグリーメント】を破った事から始まっておる。わしらもまだ手探り状態じゃが、この世界の危機を前に郷で引き篭もってもいられぬ」


「帝国が【マーテル・アグリーメント】を破った……?」


「うむ、それにより女神マーテルの力が弱まっておる。それに合わせて郷の世界樹ユグドラシルにも異変が起きておる。わしが生きてきた、この500年で初めての事象じゃ」


 この場にいる全員が言葉を失う。


 おそらく、俺だけがあまり分かっていない。


「わしが思うに過去は繰り返されるはずじゃ。即ち1000年前に起こったとされる神話戦争が再び起こるじゃろう。それに勝たねばテラ・マーテルは混沌に飲み込まれるじゃろう」


 そしてガヴァディさんは俺を見た。


「じゃがの色男、大事は歩みが遅いものじゃ。そして小事がその流れをつくる。お主がわしの孫娘を救ってくれた。そしてエルフの護りをお主に託した。それには運命の理があるのじゃろう」


 そう言ってガヴァディさんは俺に近づいてくる。


 エルフの護りという言葉が出た辺りから、周りのエルフ達は騒然としている。


 そしてガヴァディさんは俺の目の前に立ち止まった。


「セリスは占術師で予知眼のスキルを持っておる。そのセリスがお主を夫と選んだのであれば、それはお主が何かを成すのであろう。そしてエルフ族は全てをかけてお主をバックアップせねばならん」


 その言葉を聞いてビックリする全員。


「や、ヤクモどういう事ですかっ!?」


「お兄ちゃん、守備範囲広すぎですっ!」


「ヤクモ、私がいるのにどうして!?」


「ねぇ、弟君どういう事か説明してくれるかな? かな?」



「セリス様もどういうおつもりで?」


「多分、からかっているんだよ? そうだよな?」


「セリス様もまだ78才。分別がついていないんだ」


「まぁ、みんな落ち着け。まだ焦る時間じゃない。よな?」



 そんな周囲の動揺を気にしない様子でガヴァディさんは1枚の分厚い木の板を取り出した。


「これはエルフ族の至宝である世界樹ユグドラシルの枝で造られた木板じゃ。分からぬかもしれんが膨大な魔力が内包されておる。そして魔力が流れておるという事は……」


 一度、言葉を切って視線を強くする。


「お主がイメージできる物に形を変化できるのじゃ! 例えばおなごの体ーーうぼぁ!」


 その瞬間、ガヴァディさんは後ろからタックルされる。


 吹き飛ぶ国宝級木板!


 俺は木板を拾い上げ保護した。


「おじいちゃん! 何を言ってるのっ!?」


 タックルをした主はキャトルの姿をしたセリスだった。


 容姿は端麗だが体がスリムな為、お姉ちゃんの様な妖艶ではなくカワイイではあるが。


 それはもしかしてお姉ちゃんと同じ考えですか?


 お姉ちゃんをチラリと見るとふぃっと顔を背けられた。


「え、えっと、おじいちゃんもうボケが始まっていて……」


 倒れたガヴァディさんから、始まってないわい! って声がする。


 モジモジとするセリス。


「え、えっと、わたし迷惑かな? エルフの護りを渡しちゃって………」


「むしろ、こんなに簡単に渡してしまって良かった物なの?」


「目と目があった瞬間、この人だってわたし思ったんです。それにヤクモ様達に救ってもらわなかったらわたしは今頃……」


 ネコちゃんの格好で左右の腕を擦っている。


 確かにあの時、助け出せなかったらと思うとゾッとする。


「だから、わたしは決めたの。一度終わった人生なんだから、思ったとおりに生きようって!」


「そうなんだ。でも俺はセリスと結婚はできないよ」


 俺の答えに後ろから和らいだ雰囲気が漂う。


「えっ!? どうして……」


「だって、俺はセリスの事を全然知らないから……」


 その答えを聞いたセリスは安心したような表情をする。


「それだったらこれから知ればいいのよね?」


「まぁ、それだけではないと思うけど……」


 年齢=彼女いない歴の俺はハッキリと言えない。


「おじいちゃん! わたし、ヤクモと一緒に暮らす!」


「だめーーーーっ!」


 セリスの言葉に女性の5声が反応する。


 素晴らしいシンクロ率だった。


 芸術点10.00という判定は間違いないだろう。


 その時、ガヴァディさんが起き上がった。


「セリス、安心なさい。既に宿は手配済みじゃ。風の乙女亭をな」


 セリスはガヴァディさんにサムズアップした。


「おじいちゃん、大好きー!」


「ふぉふぉ、もっと喜んでくれてもいいんじゃよ?」


 おじいちゃんは孫娘に激甘だった。


 シュタイン王と会話していた時の威厳は既に微塵になっている。


 そして、その様子に反応する人物がいた。


「お父様〜」


 それは男装の麗人、エリーだった。


「駄目だ!」


 瞬殺だった。


「ガヴァディ殿、そろそろ宵も深けてきたようだ。この後の高官の会談にて以降の取り決めを行うとしましょう」


「そうだの、シュタイン王よ」


 ガヴァディさんがそう言って、杖をかざすと周りを覆っていた木々や蔦がしゅるしゅると縮んでいく。


 しばらくすると街全体を見渡せるテラスに変わった。


「街中は夜が空ける頃に元通りになるようにしておるからの」


 今日一杯は住民と街にいるエルフ達は楽しめるような配慮。


 王城に来るときの街の様子は本当に楽しそうだった。


 そして、先刻の話だと、この生活が脅かされるかもしれない。


 新たな脅威が足音もなく近づいて来ている事を覚悟しないといけない。

 


 仮装パーティーが終わり、エリーとピリスと別れて帰途についた。


 王城から風の乙女亭への通り道は、再度大惨事になっていた。


 風の乙女亭に着き、ティアンネさんにセリスの事を確認すると、確かに部屋が取られている。


 アリアは早速、宿屋の仕事に戻っていった。


 俺達はそれぞれの部屋に戻っていく。

 


 王都全体を仮装させたイベントは夜明けとともに終了した。


 また今日から普段と変わらない生活が始まる。


 その後、シュタイン王国では年に1度、街をあげての仮装イベントが始まった。


 誰がつけたかは分からないがハロウィンと名前で。

 

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