間話 季節イベント 妖精のハロウィン ①
俺達がシルバーランクに上がって数週間が過ぎた頃。
ギルドからのクエストで、俺達のパーティーは王都シュタットから東に半日ほどの森に来ていた。
王都の東にある村で、最近になって発生している事件の解決が目的だ。
事件というのは、その村で飼われている羊や牛などの畜産物が盗難されているというだ。
そして村人の目撃証言があり、畜産物を盗難された時に見えた犯人の特徴。
緑色の皮膚、醜い餓鬼の様な外見、背の高さが100cmくらい。
「それはゴブリンだな」
それを聞いたジュリアスの言葉に俺以外の全員が頷いた。
ゴブリンは知能が低く、群れで行動する。
1匹いれば50匹はいると思え、という言葉があるくらい団体行動派だ。
森や山で薄暗い洞窟などを生活拠点としている。
食物は雑食で肉でも草でも大丈夫らしい。
そして人も食料となり得るのだが、女性は繁殖の温床にもなるということだ。
何とも怖い生物である。
しかし、単体性能は非常に低く、1対1を心がければ、俺でも倒せるかも知れないそうだ。
クエストの内容は上手く立ち回れば低難易度、下手すれば高難易度というトリッキーな物。
報酬はそこそこ高いのだがリスクがある為、あまり人気がなかった。
そんなクエストをお姉ちゃんが持ってきた。
「弟君、このクエストには惹かれるものがあるの」
俺達は何だかわからない理由でクエストを受けることになる。
クエストを受けたので1度村に行き、聞き込みをした後でゴブリンが目撃された場所に到着した。
それが今いる森というわけだ。
メンバーはいつもの俺、ティア、ジュリアス、リアナ、モーガン、ルクール、クリストフ。
ジュリアスを先頭に、縦長で隊列を組んで森の中を進んでいく。
ジュリアスは何故か敵に見つかりにくい体質のようで、タンクという役割に加えて索敵もできる。
言わばハイブリッドタンク。
なんだか強そうな感じだ。
そんな考え事をしていた俺は前にいるティアにぶつかってしまった。
「きゃんっ」
可愛い悲鳴を上げるティア。
そして振り向いて俺を見る。
「ヤクモ! わたくしに触れたいのでしたら夜、部屋に来てください! ですが今はいけません」
小さな声で、メッ! される。
モーガン、ルクール、クリストフはまたやってるという顔だ。
ジュリアスとリアナは俺達に触発されて手を握り合ってる。
「ゴメン、ゴメン。考え事してたら前をみてなかったーー」
俺が言い終わる前に、緑の物体が移動しているのが視界にはいる。
そして、緑の物体が2匹で木に括り付けて何か運んでいる。
それは15歳前後の女性だった。
俺達に緊張が走る。
ゴブリンに捕まった女性の末路は悲惨という言葉だけでは表せない。
俺は全員を見る。
全員それに反応して頷く。
パーティーを組みだして結構な期間を一緒にいることで、アイコンタクトが通じる。
これはシュタイン・ジャパンというサッカーチームを作るのも良いかも知れない。
国の名前がダブっているのは(仮)だからだ。
俺達は再度、ジュリアスを先頭にゴブリン達を追いかけた。
10分程歩くと自然で出来た洞窟らしき所に辿り着いた。
遠目に見ると、洞窟前にはさっきのゴブリンを入れて7匹いる。
俺は7匹と言う事は……と計算する。
「ざっと350匹か……」
「350匹だとっ!?」
「350匹もっ!?」
「350匹いるのですか!?」
「350匹だあっ!?」
「……350匹」
「350匹ですう!?」
「お前ら、俺は合わせて2450匹とか言わないからな!」
「2450匹っ!? そんなにいるのですかっ!?」
いないです……。
隣にいたティアのほっぺを掴んで、顔が当たるくらいに近づいて言葉を続ける。
「俺はそう言わないといったんだが?」
「い、いひゃい、いひゃい、ひゃくほ、ちひゃい、ちひゃいれすよ!」
急接近とほっぺを掴んだ事で顔が真っ赤のティア。
とりあえず俺は大満足だ。
ティアは急に攻撃されてうにゅ〜となっている。
そんな事をしているとゴブリンは5匹になっていた。
(しまった! あいつら知能低いって言ってたけど、こちらのペースを乱してくるなんて! 軍師がいるに違いない!)
俺はゴブリン達の戦略に舌を巻いた。
パーティー全員がジト目の様な気がするが……。
女性を攫った2匹は既に洞窟の中に入っている筈だ。
俺達は時間がないことを意識しなければいけないようだ。
今にもあの女性は大変な目に遭っているかも知れないのだ。
ジュリアス、モーガン、ルクールがダッシュしてゴブリン達に近づく。
そして3人が5メートルくらいまで近づいたとき、ゴブリン達は接近者に気が付いたようだ。
ゴブリン達は仲間を呼ぶために大声を出そうとしている。
瞬間、ゴブリン達の頭上で火球が爆ぜた。
クリストフの範囲化した火球の魔法だ。
それがゴブリン全員に着弾、そこで動作が少し止まるゴブリン達。
その隙きを前衛達は見逃すはずもなく、ゴブリン達に斬りかかる。
火球でパニックになったゴブリン達は、抵抗する術も仲間を呼ぶ事も出来ずに一匹、また一匹と倒れていく。
瞬く間に、外にいた5匹のゴブリン達は全滅したのだった。
5匹のゴブリン達を倒し終え、息が無いことを確認して、洞窟の中を見る。
奥の方は太陽の光が届かず、中の様子は探れそうにない。
そんな時、奥から女性の悲鳴が聞こえる。
モーガンは荷物袋からランタンを取り出して、手際よく点火する。
それを明かりとして、俺達は急いで洞窟の中に入っていった。
ランタンで周りだけ照らされる洞窟は思ったより広かった。
ジュリアスとモーガンとルクールの3人が並んでも大丈夫という広さ。
逆にゴブリンが得意な人海戦術が適用できる広さでもある。
急ぐ俺達の足音に気が付いたのか、奥から裸足で走ってくる音が無数に聞こえてくる。
それが徐々に大きくなってきている。
そして俺達は目の前には、数え切れないくらいのゴブリンが出現した。
モーガンは少し後ろの地面にランタンを置いた。
俺はすぐに演奏を開始する。
いつものバッハ無伴奏ヴァイオリンソナタ1−4 プレストだ。
演奏が始まった事が合図となり、俺達とゴブリン達の戦闘は開始された。
ジュリアスとモーガンが持っている盾を突き出し、ルクールは大振りのストレートを放っていた。
タンク2人のシールドバッシュ、そしてルクールのストレートにより、後ろに吹き飛ぶゴブリン。
ゴブリン達は波のように迫ってきているため、最前列が吹き飛ぶことで大混乱になっていた。
前列がまるでドミノみたいに後ろを巻き込みながら倒れていく。
その後ろから倒れたゴブリンを踏みつけて前に来る。
そして吹き飛ばされて……。
ゴブリン達は盛大に仲間の命を奪っていった。
ゴブリン達の勢いが少しづつ削がれ、俺達は前に進めるようになってきた。
中には奥に逃げ出すゴブリンもいる。
地面にはおびただしい数のゴブリンの死体。
仲間に踏まれ、もうどうなっているのか分からないくらいに潰れている。
俺達はほぼ無傷だ。
ゴブリンは個体ではさほど強くない為、ブロンズランクの討伐対象だ。
しかし、群れを成すとリスクはあがり、シルバーランクやゴールドランクの討伐対象になる。
それを俺達はワンサイドゲームといえる内容で圧倒している。
「もしかして、ゴールドランクになれるんじゃない?」
そんな言葉が出てきてもおかしくはない状態。
しかし、気を抜いた時ほど怖いものはないのである。
俺の後ろからゴブリンが仕掛けてきたのだ。
演奏をしながら、甘い考えをしていたら反応が遅くなってしまった。
後方のゴブリンは弓を引き、狙いをティアに向けている。
しかし、ティアは前衛3人の動向を注視していて、気が付かない。
後方のゴブリンが弓から手を離すと、矢が放たれた。
俺は演奏を止め、前傾姿勢で体をティアと矢の間に入れる。
そして、肩を貫く矢。遅れて襲ってくる激痛。
「ぐぅっ!」
そのまま俺は倒れてしまう。
そこでティアは気がつく。すぐさましゃがみ込み、俺に刺さった矢を抜く。
「リアナ、前衛の回復はお願いします!」
「まかせて!」
ティアは俺の回復の為、リアナに前衛の回復を任す。
同じタイミングでクリストフが火矢の魔法を放ち、後ろのゴブリンを牽制していた。
「不浄なる邪を清め給えっ!」
語尾が跳ねた状態回復魔法は、オレンジ色の光がいつもより弱かった。
しかし、俺は体が軽くなるのを感じる。
「ゴブリンの武器は毒が塗られているのです。少しの傷でも相手を弱らせる事ができますからね」
ゴブリンの知能は低いんじゃなかったのか。
「癒しよ、その恩恵を与え給えっ!」
ティアさんに余裕がない。
俺の周りを薄い黄色の光が包む。
矢を受けた傷がふさがる。
しかし、違和感があった。
「ヤ、ヤクモを狙うなんて卑怯です。動揺してマナをコントロールできなくなります」
ティアは少し照れながら言っている。
「ヤクモォ! 復活したんだったら演奏をしてくれ! この数は無理だ!」
前を見ると、まだ数がいるゴブリンに押され始めている。
バッシュや拳に力がなく、振るう剣や斧にも精彩さが消えている。
俺はまだ違和感のある肩を庇いつつ、演奏を再開する。
早速ティアの状態回復魔法と回復魔法が俺にかけられる。
普段の鮮やかなオレンジ色と黄色の光が俺を包み込む。
少し残っていた気怠さと肩の違和感は完全に消えていた。
「ヤクモはわたくしが治癒師であることの誇りをいつも思い出させてくださいますね。奴隷商の時も、チェスの街の時も……」
ティアは微笑みながら前衛達の回復に専念しだした。
ゴブリン達の攻撃で傷付いた前衛は、2人の治癒師からオーバーヒールによって洞窟に入る前よりも健康そうに見えないこともないくらいだった。
力を取り戻したタンク2人とアタッカーは再びゴブリン達を押し返した。
その頃にはゴブリンの数はもう数える程しかいなくなっていた。
ゴブリンの数がかなり減ったことで2人の前衛だけで対処ができるようになり、クリストフが牽制をしていた後方のゴブリンはルクールが来てくれて倒した。
迫ってきていた全てのゴブリンを倒した時、前方から大人の人間くらいのゴブリンが出てきた。
津波のように押し寄せていたゴブリン達とは見るからに違う容姿。
そして武器は持っているが、体を隠す物は着ていない。
そう所謂、大切な部分がフリーダムだ。
俺は思った。
(変態だ、ここに変態がいますよっ! お巡りさーん!)
そして俺の心の声は置いてけぼりで話は進む。
「あれはホブゴブリンだな」
「ゴブリン達を統率していたんですねえ」
「……殴る」
ヴィド3人衆は思い思いに話す。
「なにあれー! すごくお粗末なんですけどー! あたしの夫がジュリアスで良かった!」
「お、おい! リアナ! こ、声が大きい!」
この夫婦、おかしくないですかね? 人前で何を言ってるんですかね?
「ヤ、ヤクモ、わたくしたちも……」
はい、そこのティアも釣られない!
「こいつが出てきたということは、まださっきの女性は大丈夫かも知れない。さっさと倒してしまおう!」
「ヤクモ、ホブゴブリンはゴールドランク討伐対象だぞ?」
「へっ!?」
「まぁ、でもどうせ逃げる選択肢はないだろ? いくぞっ!」
そう言ってジュリアスはホブゴブリンに向かって行った。
どうしてそんなやる気になったんだ?
俺は疑問に思いつつ演奏を始めた。
「ガルルアアッ!」
突進するジュリアスにホブゴブリンは叫び声を上げながら持っている棍棒を振り下ろした。
上からの攻撃に盾を構えるジュリアス。
ゴンッ!という棍棒が盾に当たる鈍い音。
衝撃音の激しさからすると、かなりの負荷がかかっているように感じたが、ジュリアスは受け止めていた。
上からの攻撃を防いだジュリアスはそのまま剣を前に突き出す。
しかし攻撃を防いだ後の一撃には精細さがなく、あっさりとかわされてしまう。
「ふっ!」
余裕のある表情のジュリアス。
どうやらホブゴブリンの技量を確かめているみたいだ。
ジュリアスがホブゴブリンの攻撃をいなしたタイミングでモーガンとルクールが参戦。
ホブゴブリンを前衛の3人が囲む。
着ているものがないホブゴブリンにラッシュをかける3人。
ジュリアスとモーガンが斬りつけて、ルクールが連撃を仕掛ける。
ホブゴブリンも攻撃を受けている合間に反撃をするが、ジュリアスが盾で簡単に受け流している。
クリストフも普段あまり使わない岩石の魔法を飛ばして、ホブゴブリンにダメージを与えていた。
ティアは最初に強化魔法をかけたくらいで、その後は見ているだけだ。
リアナはジュリアスが傷つく度に回復している。
パーティーを組み始めた時、回復は遅らせてこそと言っていたが、最愛の夫にはそんな事はしたくないのだろう。
時間と共にホブゴブリンの体は痛々しく変化していく。
前衛の3人は攻撃の手を弛めない。
ホブゴブリンの動きはかなり遅くなっていく。
体中は傷だらけで見た目には立っていられるのが不思議なくらいだ。
そして遂に、武器を持っている腕が切り飛ばされる。
こうなってはホブゴブリンは抵抗出来ない。
そこからホブゴブリンの体が崩れ落ちるのに時間はかからなかった。
ジュリアスが、倒れたホブゴブリンの心臓に剣を突き立てるのを確認して演奏を止める。
今の戦闘を振り返ると、パーティーの成長が時間できる。
かつてワイルドボアに壊滅させられかけたパーティーが、棍棒を振るい意識を持つ相手を圧倒したのだ。
そんな少し前のことをしみじみと考えていると声がかかる。
「ヤクモ、さっさと行こうぜ」
「そうだな、奥に進もう。攫われた人が無事だと良いけど……」
そうして俺達は通路を進む。
そして大きいドーム状の部屋に行き止まる。
そこには動けないように拘束された、そして衣服を破られた女性が気を失って倒れていた。
「男性陣は回れ右しなさーい!」
リアナが大声を出して、気を失っている女性に近づいた。
俺達男軍団は一糸乱れぬ動きで回れ右をする。
こういう動きは初心者研修の時以来だ。
ティアも大部屋に入っていく。
倒れている女性に状態回復魔法と回復魔法をかけるのだろう。
少し待っていると、大きい布に包まれた女性がティアとリアナに支えられて歩いてきた。
俺はその女性の姿を見て驚く。
金髪ロングに碧眼なのはあるあるだ。
子供っぽく見えたのは、背の高さがティアくらいで体つきがスリムだからなのだろう。
しかし耳が細く尖っている。
「初めまして、セリスと言います。助けてもらってありがとうございます」
布に包まっている女性はお辞儀をして、更に続ける。
「わたしは見ての通りエルフです。もしよかったらエルフの郷に来てほしい。助けてくれたお礼がしたいのです」
「セリスさん、お気遣いは嬉しいけど、俺達は依頼でゴブリンを退治しにきただけなんだ。なのですぐにシュタットに戻らないといけない。お礼とかも気にしなくてもいいよ」
「それではわたしの気持ちがおさまりません。どうかご一緒に郷においでください」
「ヤクモ、別に良いんじゃないか?」
「わたくしも1度、エルフの郷に行ってみたいものです」
結構みんなはお邪魔したいみたいだ。
しかし帰るのが遅くなると心配する人がいる。
「みんなの意見は理解する。でも俺達は街に早く帰らないといけないだろ?」
俺の言葉にみんなは、はっ! として頷く。
「ヤクモは一回爆発しろよ」
「そうだよね、あたしはジュリアスがいるから良いけど」
「ヤクモ、まさかアンナなのですか? わたくしが側にいるから安心ですよ」
「火球の魔法をかけてあげますう」
「……野獣死すべし」
思い思いの反撃を頂いた俺。
「な、なんだか訳ありなのでしょうね。分かりました、わたしは今回は無理を言いません」
今回ってなんだ!?
「ヤクモ様? と言いましたか。今日、命を救ってもらったお礼だけは受け取って下さい」
そういって、セリスさんは首から下げていたペンダントを俺に手渡す。
俺はそれを受け取った。
ここまで言われると断れない。
セリスさんは安心した表情をした。
「受け取ってもらってありがとう。申し訳ないんだけど、洞窟をでて少し北に向かった所まで一緒に来てくれないかな?」
「俺達もその方向だと帰り道だから一緒に行こう。もう危険がないとは言えないから」
「ヤクモ様、恩に着ます」
そして俺達は洞窟を出て、しばらく歩いた場所で別れた。
村に戻った俺達を住民たちは歓迎してくれた。
クエストを終えた俺達はシュタットへの帰途につく。
そして1週間が過ぎたとき、俺の部屋にアリアが飛び込んできた。
「お兄ちゃん! パーティーのご招待が来たよっ! シュタイン城で、だって!」
俺はいつからアリアのお兄ちゃんになったのだろう。
パーティーよりもそちらの方が気になるのだった。




