第43話 シルバーランク昇格試験
翌日になり、冒険者ギルドに顔を出した。
相変わらず、ギルドの朝は早く、まだ9時くらいだというのに沢山の冒険者でごったがえしていた。
昨日の最終訓練の結果が気になって、今日は朝早くからやって来たと言うわけだ。
見回すと相変わらず、長蛇の列が1つだけある。
俺は確信して、その列に並んだ。
高速で処理されていく人、人、人。列はどんどん溶けていく。
あっと言う間に俺に順番は回ってくる。
「お待たせ、弟君。私できるだけ早く会いたかったから、前の人達を適当にやっちゃった」
テヘペロするお姉ちゃん。殺気立つ周囲の空気。流れる冷や汗。
お姉ちゃんは普段より過激になっていた。俺を殺したいんでしょうか?
「お姉ちゃん、ちょっと朝から冗談はやめて。俺、多分ギルドから表に出られなくなるよ?」
「私はそれでも良いんだけどな」
明らかにおかしい。昨日まではこんな事は言わなかったはずだ。
しかも、俺にかけている時間は既に他の人の3倍に達している。
解消されていた列は元の長さ以上になっていた。
「いい? 弟君。私はね、弟君とお話ができていれば、他の人の事は気にならないんだよ」
後ろから再びもたらされる殺気。明らかにヤバイ雰囲気だ。
「お、お姉ちゃん、昨日の訓練ってどうなったのかな?」
「調べるね、少し待って」
書類を調べる様に本を捲りながら、チラチラとこちらを見てくるお姉ちゃん。
絶対、わざと時間をかけている!
後ろの列は壁に当たり、折れ曲がりだした。あんたらも他の列に並ぶとかしないんですか!?
「う〜ん、そうだね。弟君、またお昼に教えてあげるね!」
お姉ちゃん、どうして引っ張るのですか?
俺は諦めてカウンターから離れた。
その後、並んでいた冒険者は普段より早い1/2のスピードで手続きをされていた。
俺は少し休もうと、テーブルのある椅子に腰をかける。
すると大きな影が5つ近づいてきた。何事かと顔を上げるとイカツイ顔が5つ。
この先の事が想像できてしまう。
「おいおい、朝っぱらから見せつけてくれるねぇ〜、いろおとこ!」
他の4人はギャハハと笑っている。いつものパターンだ。
「俺達、ちょっとそこで金を落としちまってよ、朝から何も食ってねーんだ」
「だからよ、貸してくれよ。持っているだろ?」
「この前、冒険者になったばかりだから、全くないよ金なんて」
「そうか、じゃあちょっと付き合ってくれよ、なあにすぐに済むって!」
そう言って腕を引き、俺を立たせる5人衆。いつかのように4人は壁になるようにして。
俺もこの前の件があるので、すぐさま立ち上がり、大声を出した。
その時、イケボが響き渡る。
「弱い者イジメは僕が許さない!!」
そう言って、立ちはだかる金髪のイケメン。ルシフェルだった。
「ちっ! 勇者か、お前には勝てねえよ。命拾いしたなそこの坊っちゃん!」
すごすごと立ち去る5人組。そして歯をキラリとして俺に向き合うルシフェル。
「やあ、ナツメ。無事だったかい? 何かあったら僕を呼ぶといい!」
口調を強めるルシフェル。なんか怪しいなコイツ。
しかも、あんな事があった翌日だ。
「ありがとうルシフェル。さっきの奴ら、俺が金を持っていることを知っていたんだが?」
「ぎくぅ、い、いや、何の事だかさっぱり僕には分からないな」
やっぱり、こいつか。先程の出来事で、何人かの女性冒険者の目はハートマークだ。
しかし、お姉ちゃんはこちらを見ていて、既に視線は氷点下に達している。
俺を助けた素振りをみせて、ルシフェルの意図がさっぱり分からなかった。
そんな時、ジュリアスとリアナが手をつなぎながら扉から入ってきた。
俺は、よおっ! と片手を上げ挨拶すると、ジュリアスも空いている方の手を上げる。
ジュリアスに今日はどうするのかを聞くと、朝の間はクエストをするみたいだ。
俺も一緒に良いかと尋ねると、当たり前だと言った。リアナも許可してくれる。
扉が開き、今度はアルティア達がやってくる。俺は変わらず、よおっ! と声をかけた。
アルティアは少し焦りながら、お辞儀して挨拶する。他の3人は片手を上げただけだ。
アルティアは牛乳瓶眼鏡を装着して普段通りの姿をしている。
今日はどうするのかを聞いてみるとクエストをするらしい。
一緒に行かないか確認すると、大丈夫ということだった。
今日は7人で行こうとなって、お姉ちゃんにクエストを確認するために並ぶ。
その後ろに並ぶ勇者。こいつ本当になんなんだ?
俺が並んだ事に気が付いたお姉ちゃんは更に速度アップした。どんな仕事をしているんだお姉ちゃん。
あっと言う間に俺に順番が回ってくる。
「弟君、お待たせ。どうしたの?」
「お姉ちゃん、何か良いクエストないかな? 午前中で終わりそうなやつ」
「これなんてどうかな? シルバーランク昇進クエスト。対象はワイルドボアの討伐」
「お、お姉ちゃん……」
絶対、お姉ちゃんはこれを既に選んでいて、俺が来るのを待っていたに違いない。
その時、後ろから声がするが……。
「おぉ、奇遇だな。丁度僕もーー」
「ありがとう。お姉ちゃん、これにするよ」
「うんうん、本当に弟君は、素直でかわいいね」
全無視で立ち去る俺。順番が回ってくる勇者。
お姉ちゃんの表情は既に能面のようだ。
「なにかしら、ルシフェル。用がないなら帰ってもらえない?」
「……はぃ」
冷たい声色に瞬殺だった。ルシフェルは一体、何の為にならんだんだ?
俺達は北門に向かって歩き出した。
☆
ギルドを出て、北門に向かう。
もう何度も通っている道だが、詰め所の対応はいつもと違っていた。
「英雄に敬礼っ!」
俺達が通り過ぎるとき、キレイな敬礼をされた。周りの視線がイタイです。
英雄扱いで悪い気はしないんだけどね。
俺達は、そのまま恥ずかしそうに北門を抜け、森に入っていく。
豚さんは見つかるのだろうか?
10分ほど歩くとワイルドボアは見つかった。しかし、つがいなのか2頭いる。
面倒とも思ったが、違う個体を探すのも時間がかかるいうことで、この獲物を狩ることになった。
既に2頭とも臨戦態勢で、いつものように「ブフオオオォォン」という咆哮が轟く。
すっと前に出るジュリアスとモーガン。1頭ずつ攻撃を受け持つのだ。
そして、突進してくるワイルドボア。ガキィッという衝撃音が轟く。
しかし俺達ももう3回目の対峙なので勝手は分かっている。落ち着いたものだ。
2人がワイルドボアのターゲットになっている間に、俺はヴァイオリンを構える。
俺はパーティー全員への演奏効果の発動をイメージする。
奏でる曲はバッハの無伴奏ソナタ1番のプレストだ。
この曲は1720年頃の作曲であると言われる。バッハの作曲意欲が現れた名曲で、力がみなぎる表現が随所に見られる。極端に難易度も高くなく、制御しながら演奏するには丁度だろう。
パーティー全員に曲が浸透するように意識して演奏を始める。
変化があったのは、タンク2人からだった。
ワイルドボアと均衡を保っていたのが、曲が始まるとジュリアス、モーガン共に片手の盾だけで押さえ込めるようになった。
すると右手に余裕が生まれる為、それぞれ盾の間から攻撃を行う事ができるようになった。そうする事でワイルドボアはタンクに敵意をぶつけるため、他のメンバーに目がいかなくなる。
しかも、それぞれが攻撃を行っている為、ダメージソースとしても機能する様になる。
これなら多少揺さぶっても、ターゲットがブレることはないだろう。
そして、前衛だがルクールの力が上がった事で連撃の効果が重くなり、着実にワイルドボアのダメージは大きくなっていた。
一撃ごとに悲鳴を上げるワイルドボア。数撃入れては隣に動き、また数撃入れては隣にという動きを繰り返していた。
戦闘が始まって1分くらいで、2頭のワイルドボアは地に沈む寸前まで追い詰められていた。
その時、詠唱が完成したクリストフの範囲火球が発動する。
ワイルドボアの頭上で破裂した火球は、2頭に直撃。
そのまま、崩れ落ちる2頭のワイルドボアはピクリとも動かなくなった。
ジュリアスとモーガンは振り返り、戦闘が終了した旨を伝える。
数日前、あれほど苦戦したワイルドボアはあっさり地面に体をおとしたのだった。
その時、牛乳瓶の聖女アルティアが俺を見ていたことに気づく事はできなかった。
俺達はワイルドボアの討伐を証明するの部位を切り取った。
そして帰ろうとすると、向こうからパーティーがやってくる。
勇者パーティーだった。
無視してそのまま通り過ぎようとする。すれ違いざまに違和感を覚えた。
何だか人数が少ないような? 1、2、3……。うん、5人しかいない。
そして通り過ぎたとき、振り返って勇者が声をかけてきた。
「あれ? ナツメじゃないか、奇遇だな! 丁度僕達もワイルドボアを狩りに来たところなんだ」
どうして通り過ぎてから言うんだ。なんか怖いわ。
「もしかして、このワイルドボアは狩ってしまったのか? 僕達が昨日から目をつけていたやつだったのになあ」
勇者が物凄く小さいやつに見える。パーティーメンバーも少ないし何があったんだ?
「いいよ、俺達はもう用事は済んだから、それは譲るよ」
「はは、悪いなナツメ」
「それでは用も済んだし、僕達は先に帰るよ」
「どうぞどうぞ、ご自由に」
勇者パーティー一行は帰っていった。今のは何だったのだろう?
勇者パーティーに違和感を覚えつつ、俺達もギルドに戻るのだった。
40分程歩いてギルドに到着して扉を開けて中に入る。
すると、中ではルシフェルが大きな声でパーティー勧誘を行っていた。
「僕達はたった今、シルバーランクになったパーティーです! 今なら、3人の空きがあり早いもの勝ちです! なんと! 研修を終えた翌日でシルバーランクの実力者揃い! ご一緒する方いませんかー?」
人に困っているように見えなかったのに、どうしたんだ勇者。
俺達は片手で顔を隠し、赤の他人のフリをして横を通り過ぎた。
そして受付にたどり着く。当然いつものカウンターだ。
「あら、弟君おかえりなさい! クエストは達成できた?」
「お姉ちゃん、大丈夫だったよ。ありがとう」
俺はクエストの依頼部位を差し出す。
「流石は弟君のパーティーね! ねぇ、アルティア?」
「何? アンナ?」
「私もパーティーに入れてもらってもいいかな?」
俺は何を言っているのか分からなかったが、アルティアは少し微笑んでいた。
「もう、アンナ。聖女にそんな悪さをさせないで!」
「ごめんね」
お姉ちゃんがギルドカードを差し出してきたので、俺のカードを合わせてパーティーの申請を受ける。
「弟君ありがとう。それではクエストの結果を受理します」
お姉ちゃんがそう言うと、ギルドカードの色がブロンズからシルバーに変化した。
全員のカードも同じ様だ。お姉ちゃんのカードも変化した。
そういう事か。
この世界に来てほぼ1ヶ月。俺達は遂にシルバーランクに昇格した。
俺「遂にランクアップだな」
ジュリアス「感慨深いな」
俺「いろいろあったな」
リアナ「ブタしかなかったわよ?」




