第139話 帝国の内情
ルシフェル。
シュタインズフォートの戦いの後、俺達の前から姿を消した勇者。
基本スペックが高いヤツだったので大丈夫だろうと放置していた件だ。
「ちょっと割り込んで申し訳ないけど、そのルシファーってどんなヤツ?」
「え? ああ、金髪の優男だな。初めて魔女に連れてこられた時、女どもは黄色い声を出していたが」
ガイコウから苛ついた感情が少しだけ垣間見えた。
その気持ち、分かるわー。
今となっては勇者の事が羨ましいなんて思わないけどな!
「ねえ、ヤクモ」
「間違いなさそうですね」
「絶対に勇者でしょうね」
奥様〜ズの声がドルブーアトモスのように左右背後から聞こえる。
俺も皇帝=勇者としか思えない。
それと同時に浮かび上がる疑問。
ファクターAならぬアンネローゼさんの存在だ。
「更に追加で申し訳ないんだけど、アンネローゼさん? は何処で勇者を拾ってきたの?」
「お前は尋問する側なのにどうして腰が低いんだ? 気持ち悪――ひいぃっ!!」
空気が揺れて、風がガイコウの頬に赤い筋をつけた。
「貴方は余計なことは話さなくてもいいの。聞かれた事だけ答えれば、ね?」
アンナの銀髪が風で揺れた。
普段の優しい瞳は獲物を狙う猛獣のような色を帯びている。
「は、はいい!!」
完全にビビってしまっているガイコウ。
よっぽど怖い目に合ったのだろう。
突然、左手にぬくもりを感じて横を見ると、アンナが濡れた瞳で俺を見上げていた。
そして、ふわりと胸元に顔を埋めるアンナ。
「ヤクモ、怖かった……」
微妙な視線を感じたけれど、ガイコウだと思うので無視することにした。
「とりあえず、さっきの質問に答えて?」
ほとぼりが冷めたのを敏感に感じ取った俺は、間髪入れず聞いてやった。
焦って重要案件をポロリしたら儲けものだ。
「え、あ、ああ。ルシファーとアンネローゼの接点は分からない」
「……それで?」
ガイコウは思ったよりも冷静だった。
俺は雰囲気を出すために少し溜めてから次を促す。
これでポロリしたら儲けものだ。
「分かっているのは、ティオール帝国の実権は魔女が握っているということだけだ」
俺の演技は空振りしたようだ。
牢の中にいるピリスがどういう訳か大きく頷いた。
「帝国の現状は分かったわ。あと一つは帝国の動向を知りたい」
「魔女は俺に王国へ攻め込むように命令した。つまりはそういうことだろう」
「チェスター連邦の反乱、ヴィド教会国家の謀反、サンブリア公国の内乱。これらは帝国が手引したということで間違いないかしら?」
「武力馬鹿の皇帝が仕組んだとは思えないな。魔女が全て糸を引いているんじゃないか?」
「王国に攻め込んでくるとすれば、どれくらい時間がかかりそう?」
「俺に命令がきたということは兵士達の準備は出来ているのということだ」
「……そう」
「そんな悲観的になることはないと思うぞ。皇帝が変わって臨戦態勢を維持できるとは思えないからな」
「状況は把握できた。貴方がここまで協力的だとは思わなかったわ」
「俺はもうティオール帝国に未練はないからな。口を閉ざしても碌な目に合わないだろ?」
「拷問も考えていたのだけれど」
ピリスが腰の短剣に手を添える。
「クク、そうだろうな。何なら帝国に弓を引いてやろうか?」
ガイコウは口角を少し上げて不敵な笑みをたたえた。
ピリスは困ったような顔でこちらを見ている。
ここで判断ができるのは俺の後ろにいるエリーだけだ。
「ヤクモはどう思いますか?」
「はえ?」
思ってもいなかったエリーからの問いだった。
質問に疑問で返してしまう。
「帝国の将校だった人物であれば、王国にとって大きな戦力になることは間違いありません」
「そうだよね」
「彼からの情報に虚偽が混じっているようには思えません。ですが、味方として信用できるかは別の問題です」
「その通りだと思う」
「そこでヤクモの意見を聞かせてほしいのです」
左にアンナ、右にティア、少し後ろのエリー、前にいるピリスとガイコウ。
十の視線が俺の動向を注視している。
ここで判断を間違えるわけにはいかない。
音楽家に、そして演奏家にとって即興という感性はとても大切だ。
そういった環境に見を身を置いてきた俺に死角はなかった。
「ガイコウさん。俺達と共に戦いましょう!」
ガイコウさんは一瞬だけ目を細めると、大きな声で笑い出した。
「クク! ハハハハハ!! これで、あの魔女に借りを返せる!!」
笑い声は仄暗く薄ら寒い地下牢に響き渡っていた。
ガイコウ「うわわああ」
地下牢に同じ悲鳴が木霊する。
奥様〜ズ「「「「ヤクモ、だいしゅきー!!」」」」
俺のライフは0になった。




