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第137話 見え隠れする影

        ☆


 ヤクモの奏でる暖かい音が食堂を通り抜ける。

 母親が紡ぐ歌のように。最愛の人がもたらす言霊のように。


 極上の素材おとが隻腕の男を優しく包み込んだ。


「ぐあ、あ……」


 呻き声を上げながら片膝を地面につく男。

 そのまま糸が切れた人形のように床へと崩れ落ちる。


「風よ……」


 アンナが右手を突き出すと、再び食堂内の空気が再び動き出す。


 風でできたクッションによって男は、床への暑苦しい接吻を回避した。


「アンナの精霊術は本当に素晴らしいですね」

「ティアだって回復魔法を準備していたよね」


 アルティアの感心したような声と共に振り返るアンナ。


「「ふふ」」


 お互いの視線が合って小さな笑いが溢れる。


 アンナが指摘したように、万が一に備えて回復魔法の準備をしていたアルティア。

 これは知り合って一ヶ月ほどのパーティーが行える連携ではない。


 仲間を信用しているけれど万が一を考える。

 常に次の一手を想定して行動する。


 それが自身や仲間を、しいては家族を守ることに繋がる。


「お姉様! 私も頑張りました!!」


 アリアが大きな声で割り込んだ。

 右手にヴァイオリンと弓を携えながら。


「そういえばアリア。いつの間にヴァイオリンを弾けるようなっていたのですか?」

「すごく上手だったよね。【演奏効果】も出ていたみたいだしね」

「お兄ちゃんが私を選んでくれたのは――」

「「……選んでない」」


 四つの鋭利なしせんがアリアに降り注ぐ。

 アリアに一瞬で滝のような汗が流れた。


「えへへ、間違えちゃった! お兄ちゃんが私を買ってくれたのは、『風の乙女亭』を拠点にした活動をする為でした」


 瞬時に軌道修正を試みるアリア。


「「うんうん」」


 納得するように首肯する二人。

 アリアは人知れず安堵の息をもらして説明を続ける。


「ここで働いているうちに、お兄ちゃんみたいに音楽を奏でたいと思うようになりました」

「「うんうん」」

「偶然、木工ギルドのルービン様が来店されて、私にヴァイオリンを贈って下さったのです」

「「うん?」」

「皆様がお留守の間、基本的なことを練習しましたので簡単な曲であれば弾くことが――」

「アリア、それはおかしくないですか?」

「そうだよ! 普通は食堂に来てヴァイオリンをプレゼントなんてしないよ!」

「そうですか? かなりの男性から贈り物を頂きましたけど……」


 アリアは不思議そうに首を傾けた。

 金髪のツインテールが小さく揺れる。


 その仕草を見て二人は納得するしかなかった。

 男性客の心を掴む術をアリアが持っていることを。



「少し遅いから心配になって来てみたら、これはどういうことかしら?」


 騎士鎧に見を包んだピリスが、食堂を見渡しながら入ってきた。


 確かに点だけを見れば異様な光景だ。

 食堂に展開された漆黒のグランドピアノ『シュタインウェイ』を無心に弾くヤクモ。

 美しい旋律は聞くものを問わず心が揺さぶられるほどだ。


 少し離れた場所では、筋肉質の中年男性が心地よさそうに眠っている。

 片腕を失って日が経っていないのだろう。

 巻かれた包帯が痛々しい。

 左手に握られている曲刀は、王都を守護する騎士団長として見過ごせない。


 そんな状態にも関わらず食堂は混乱している様子はない。


「ヤクモが指定している魔法範囲が、あの男性だけになっているのだと思います」

「そういうことね。相変わらずヤクモの演奏は……あれは何かしら?」


 ピリスは床に突っ伏している男に近づくと何かを拾い上げた。


「どうしたの、ピリス?」


 アンナは声のトーンを少し落とした。

 ピリスが厳しい表情になっていたから。


「アンナ、この男……。この帝国の将校を王城に運んでくれないかしら?」


 男の手に握られた曲刀を左手にとって、ピリスは三人の元に戻ってくる。

 右手には猛毒リンバルが着けていた物と同じ仮面を握りながら。



        ☆

―― ヤクモ視点


 夢見るような弱音を宙に解き放つ。

 この曲は同じ小節を変奏しているだけなのに、どうしてここまで表情が豊かなのだろう。

 きっと弾き手と聞き手が心に秘めた思い出の数に違いない。


 俺は鍵盤から手を離すと、ゆっくりと目を開けた。


「お兄ちゃん! 今度、その曲を教えてね!」

「おう! ってアリア。どこでヴァイオリンを覚えたの?」


 俺が演奏する前に聞いたヴァイオリンの音を思い出す。

 あれは簡単に出せる音ではないはずだ。


「お兄ちゃんが首を縦に振ってくれたら――ふぐぅ」


 一瞬、くの字に曲がるアリアの体。

 ティアの杖が見えなかった。


「ふふ、アリア。ヤクモが何に対して首を縦に振るのか後で詳しく聞かせて頂きますね」


 笑顔を絶やすことないティアさん。

 アリアの体が黄色い光に包まれる。 

 いつの間にテオ君のような無詠唱で回復魔法を使えるようになったのだろう。


「え〜っと……、私は先にお城に行ってます!」


 テッテ〜と走り出すアリア。

 俺は展開したシュタインウェイを収納した。


「そういえば、アンナは何処に行ったの?」


 演奏前にいたアンナの姿が見当たらない。


「小さな問題が起こっただけです。それでは拷問を行いに、わたくし達も王城に向かいましょうか」


 ティアは左手を俺に絡めて微笑んだ。


 そっか、拷問をするために王城に向かうんだね。

 え!? 拷問!?


「ちょ! ティア、拷問って!?」


 聖女らしからぬ言葉に驚きを隠せない。

 ティアは『G線上のアリア』を口ずさみながら歩き出そうとしていた。


ルービン「これをこうしてっと……」

受付「マスター、新製品ですか?」

ルービン「ああ、良いのができたぜ。これで、あの娘を応援する!」

それは木製のサイリウムだった。


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