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第134話 悪魔の技

 今いるのは風の乙女亭の三階にある、俺の部屋だ。


『だって愛しているんだもん!』


 そんな重たい言葉を言って抱きついてきたアリアが、目の前に座っていた。

 少し頬を膨らませながら機嫌が悪そうにしている姿は、金髪のツインテールと相まって様になっている。


 その隣にはアンナとティアが座っている。そして二人の奥様〜ズの両目も据わっている。

 鋭い視線を受け続ける俺の顎からは、ポタリポタリと冷たい汗が滴っていた。今すぐにでもクラシ○ンを呼んで、この壊れた蛇口を直したたい。沈痛な悲鳴をあげ続けている俺の胃は、このままだと蜂の巣のようになってしまうだろう。


 俺は正面に座るアリアに目を合わせると、顎の汗を拭った。

 

「え〜と、俺の聞き間違いじゃなければ、愛していると聞こえたような……」


「聞き間違いじゃない!」


 俺のヒョロヒョロジャブをアリアの鋭い言葉が切り捨てる。


「え〜と、アリアの言葉は嬉しいんだけど、俺はお義兄ちゃんなんだよね」


「そんな事は分かっているもん! お兄ちゃんは私の事が好きなの? 嫌いなの? 教えてよっ!」


「え〜と……」


 こんなの答えられない! アリアを傷つけずにどうやって断ったらいいんだ?


 恋愛定期試験赤点常習犯の俺にとって、ショパンのエチュードを弾くよりも難しい問題だ。

 止まらない汗を拭ってアリアの隣を見ると、嫁〜ズは息をするように目を反らした。


 ……我、孤立せり。


 俺はガックリと頭を垂れた。嫁〜ズからの援軍は期待できないことを知ったからだ。

 それならば……。


 よろしいっ! 我の戦いぶりを、とくとその眼に焼き付けるがよいわっ!

 再び顔を上げた俺は、アリアの視線を正面から受け止めた。

 


「嫌いじゃないけど、愛していない? みたいな?」


 俺が答えると嫁〜ズは椅子から滑り落ちる。アリアは勢い良く立ち上がって睨んできた。


「もう! どうして疑問形なの! どうして答えを出してくれないの! お兄ちゃんのバカ!! エッチ!!!!」


 立ち上がった勢いをそのままに、烈火のように捲し立ててアンナの部屋へと走っていった。そして強烈なドアが閉まる音がした後、俺の部屋に再び静寂がおとずれる。


「「ヤクモらしいね」」


 奥様〜ズがゆっくりとした動作で床から立ち上がる。

 何だか釈然としないまま俺も椅子から立ち上がった時だった。

 


「きゃああああああああぁぁぁ!!!!!!」


 部屋から出ていったアリアの叫び声が聞こえてきた。それは絶叫だったのか、悲鳴だったのか。


 そんな事は今はどうでも良いことだ!


 俺は無意識にアリアの声がした場所に向かって走っていた。




 三階の階段を駆け降りると、全身の力が抜けたようにぐったりと倒れているアリアを見つけた。


「アリアっ!! 大丈夫か? アリアっ!!!!」


 俺の呼ぶ声が聞こえたのか、アリアはうっすらと瞳を開けて蚊の飛ぶような力のない声で応える。


「えへ、へ……。おに、いちゃんに悪口をい、言った報いだね……」


 抱き上げたアリアは、力強く俺の腕を掴んだ。


「アリア、喋らなくても良いから! 今は安静にしているんだ!」


「もう良いの……お兄ちゃんに愛されていないのに生きていても仕方ないから……」


 俺はふと違和感を感じたが今はそれどころではない。アリアは重症で虫の息と言える状態なのだから。


「アリアはかけがえのない女性なんだ! 生きていても仕方がないなんて言うな!」


「私がかけがえのない女性……。もしかして、いつかは振り向いてくれたりする?」


 こんな時に何を言い出すんだこの娘は!? 


「えーと、アリアさん?」


「何かな、お兄ちゃん?」


「さっきまで虫の息だったような気がするけど、随分とはっきり話せるようになったんだね」


 明らかに動揺するアリア。どうして顔を俺の胸に埋めるんだ。


「ゴホゴホ、わ、わた、しはもう長くないの……。お兄、ちゃんのき、もちを聞きたい……」


 俺はそれを聞いておもむろにアリアを抱きしめる。目一杯の力で。


「きゃっ!」


 アリアは何故か嬉しそうな声で、小さな悲鳴をあげる。

 俺は無表情のままでアリアの脇腹に『神の手(ゴッドフィンガー)』を食い込ませた。



「にゃっはーーーーっ!! やめっ、やめて、やめて、だめだめだめ、ダメなの! わた、わたわたし脇腹は、にゃはは、ゆるゆるし、ゆるちてよ、にゃ、にゃめてよーーーーーー!!!!!!」


 俺はまるでギターを弾くよう運指していく。それに合わせるようにアリアの悲鳴がメロディーのように廊下を駆け巡った。

 数分して俺が演奏を止めたとき、悲鳴は嗚咽へと変わっていた。


「ぐ、ぐす、ひ、ひどいよ。私、お兄ちゃんを怒らせること何かした?」


 金色のツインテをゆらゆらと揺らしながら、責めるような眼差しになるアリア。

 どうやら分かっていないようなので、俺は再び神の手と呼ばれる悪魔の絶技を披露したのだった。


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