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第133話 引っ越し準備 風の乙女亭編

 練兵場での合同演習が終わると、時計はお昼になったことを告げていた。


 アンナが召喚したらしい厳つい生物が、ぐったりとした騎士達をどんどん運ばんでいく姿は圧巻という他ない。


 しばらくして、俺の近くを通り過ぎようとした厳つい生物が「小娘如きが、我を顎でこき使うなど――」と呟いた時だった。

 いきなり周囲が真っ赤に染まったと思うと、太陽のプロミネンスを思わせる炎が厳つい生物を包み込んだ。

 それはまるでステーキを焼くように容赦のない音を立てている。

 

「あにゃああああああああああ!!!!」


 練兵場に響き渡る断末魔のような声は、厳つい生物が灰燼へと生まれ変わる産声なのかもしれない。

 ふと練兵場の中央付近に目を向けると、テオ君が片手をこちらに向けて立っていた。その隣にはアンナが何かを指示しているような動きをしている。

 どう見てもアンナに指示を受けたテオ君の魔法が、あの厳つい生物を葬ったとしか考えられない。


 そして、そのアンナがにこやかに微笑みながら俺の方に向かって歩いてきた。

 風で揺れる美しい銀色の髪は、見ようによって冷酷に感じる。整った神をも恐れぬ美貌は、時には残忍に思えたりする。


 一歩ずつ近づいてくるアンナを見て、両膝が極寒の南極にいるようにガクガクと震えだした。

 俺の事を見て「あらあら、私を見て震えるなんて、お可愛いですこと」なんて思われているかもしれない。

 もしかしたら「テオドール、あの黒髪を焼いて差し上げなさい!」なんて指示がされているかもしれない。


 アンナとの距離は時間と共になくなっていき、ついに俺の前に立ち止まった。

 震えが更に大きくなる両膝と、壊れたポンプのような動きをする心臓。


 突然、ふわりと鼻孔をくすぐられたと思うと、胸元が柔らかい感触におそわれた。

 目線を下に向けると、アンナが俺に抱きついて潤んだ瞳を向けてきた。

 その態勢のまま、アンナは絞り出すような震える声でポツリと呟いた。


「……ヤクモ、怖かった……」


 俺は一瞬の迷いもなく全力でズッコけた。

 みんなもよく分かっていてそれぞれでコケている。初めてのシュタイン王が上手かったのが、俺には少し悔しかった。


        ☆


 王城で食事を済ませた俺が向かっているのは、現在の拠点である『風の乙女亭』だ。

 アンナとティアが、俺と指を絡めて恋人つなぎをしながら両脇を歩いている。

 通り過ぎる人々は全員が二度見して、男性からは必ず派手な舌打ちを頂戴した。

 豆腐メンタルな俺は、その音を聞くたびに心臓がドキンちゃんになってしまう。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、奥様二人は更に身体を密着してくる。

 両腕が柔らかいと出会いっている。これがボーイミーツガールなのかもしれない。


「当たっているんだけど?」


 ほとんどサンドウィッチマンとなってしまった俺は、思わず聞いてしまった。

 それに応えるような満面の笑みが両脇から向けられる


「「当ててるの!」」


 世間からの逆風は強い気がするけど、奥様達がいればどうでもいいや。

 そう考えると気持ちが軽くなった。


 もしかしたら俺の気持ちを軽くするために……。


 俺は、二人と他愛のない話をしながら再び前を向いて歩き出した。その幸せを噛み締めながら。





 風の乙女亭に到着した俺達を出迎えてくれたのは、ティアンネさんではなくアリアだった。


「お兄ちゃんおかえりなさい! 早速だけど、私にする? 私がする? そ、れ、と、もわた―― にゃんっ!?」


 邂逅一番なのか、開口一番なのかは分からないが、アリアのスタートダッシュは凄かった。こんなの誰がついていけるんだ、と言いたくなる。

 全てを言い終える前に、ティアが杖を使ってアリアを黙らせていた。ティアの杖スキルはどれくらいあるのだろうか?


 にゃんこのように首元を掴まれて、ズルズルと階段の方へ引きずられていくアリア。

 その姿をこの後見た者はいなかった……、なんて事はない。


 アリアを引きずっていったティアを待っていると、セリスが階段から姿を現す。


「ようやくわたしと結ばれる気になったようね! いつでも攫っていって―― なにこれっ!? きゃあああああああ………………」


 さっき灰燼になっていた厳つい生き物が、セリスが全てを言い終える前に攫っていった。

 セリスはゴブリンとか変な生き物に好かれる性質たちのようだ。攫われ上手というのも考えものだね。


「アリアは本気なのでしょうか……。姉妹で……。それはあり得ません」


 ちょうどその時、アリアを引っ張って行ったティアが独り言を言いながら戻ってきた。普段みせないような深刻な表情は、何か良くないことを予感させる。


「ティアどうしたの? 何か良くないことが起こったとか?」


 闇を抱えていた前歴があるだけに、ティアが思いつめた時は注意が必要だ。


「ヤクモ、大丈夫ですよ。アリアは若いですから、過ちに気がつきにくいのです」


 遠くを見つめる視線は、一体何処を見ているのだろうか。

 ティアさん十七歳。若気の至りを語る。


 しかし、この問題は俺が思っている以上に深刻だったようだ。

 突然、入り口から走ってきたアリアが俺に抱きついてきた。


 目を見開いて驚く俺達。

 何故ならアリアは、入り口の反対方向である階段に連れていかれたはずだ。


 一体、どうやって!?


 その疑問も次の瞬間には霧散してしまった。


「お姉様から聞きました! お兄ちゃん、私も一緒に連れっていってくれるよね! だって愛しているんだもん!」


 俺の服を掴むアリアの手に力が入るのを感じた。俺の肘をつまむ二つの手に力が入るのを感じる。

 俺の心はギュ〜っと締め付けられていった。

ヴェスタフ「嫌なものだな、若さゆえの過ちとは」


ヴェスタフは鏡を見ながら呟いた。

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