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第132話 風の精霊王ガルーダのお仕事

 シュタイン王はその光景を見て、顎が外れそうになっていた。

 いやシュタイン王だけではない。初めてみるパウロ夫妻も同じような状況になっている。


 ヤクモが演奏を始めて約五分が経過して、立っているのがヤクモのパーティーとローザと召喚されたガルーダだけだった。


「「「な、なんだこの光景は……」」」


 三人が何とか絞り出せたのは、余りにも短く、そして簡単な言葉だけだった。



 その時、練兵場全体に黄色い光が降り注いだと思うと、倒れていた騎士団全員がふらつきながら起き上がってくる。


「広範囲完全回復魔法だと!?」


「貴方、詠唱は聞こえました? わたくしには全く聞こえませんでしたが……」


「私もだアーシェラ。まさか無詠唱なのか……? ……アルティアよ、お前はどこまで行こうとしているのだ」


 パウロ夫妻は、完全復活した騎士団を見ながら唸るような声を出していた。


 牛乳瓶の眼鏡をしたコンプレックスの塊で、ヴィドの聖女と呼ばれた現教皇は、ヤクモの右隣に立ちながら魔力光に包まれている。

 その神々しくも美しい姿は、見る人が見れば女神と錯覚してもおかしくはないだろう。



「ぬうううううううううううん!!!!」


 空間をも揺さぶるような気合の声と共に、練兵場を灼熱の赤い光と鼓膜が破れそうな轟音が爆ぜる。

 しばらくして、視力が回復すると練兵場は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していた。

 騎士団全員の装備は夏場の氷のように溶けて、皮膚は焦げて爛れている。その中で悠然と立っているのは、いつものメンバーだけ。


 突然の襲撃から、シュタイン王とパウロ夫妻を守ったのは風の精霊王だった。


「こ、小娘……、我の扱いが雑すぎぬか……?」


 美味しそうに焦げた精霊王は、一言そう呟いて霧散していった。大きいダメージを受けて、体を維持できなったようだ。



「フレアは火力調整が難しいですね」


「まあ、ボチボチいきましょうよお。テオドール様あ」


 テオドールの困惑したような声と、クリストフのフォローしているような声が練兵場から聞こえてくる。


「「「こんな狭い場所で、しかも訓練で、極大範囲殲滅魔法だとっ!?」」」


 三人の王族は、余りの非常識に意識が霧散しそうになっていた。



 再び、アルティアの回復魔法が全員を無理矢理復活させ、アンナが風の精霊王、ガルーダを再召喚を行い準備が整う。


「そこにいる人の子よ。我が主を止めてはくれぬか?」


 焼かれた時、思うところがあったのか、ガルーダは少し涙目になっているようだ。


「すまない精霊王よ。余達では、その願いを叶えることができなさそうだ」


 それを聞いてションボリとするガルーダちゃん。見た目に反して動作がとても可愛らしい。

 その時、轟くような気合のこもった声が、広い練兵場を大きく揺さぶった。



 三人が練兵場に目を向けると、体は無傷なのに着ている物がほとんどない状態の二百人が総当たりをしていた。

 騎士達は最初に団長級のメンバーにのされて、起こされたと思うと魔法の耐性を上げるためにフレアで焼かれたかと思うと、次は裸の喧嘩をさせられている。


「く、狂っている! やはり、この計画には無理があったんだ」


「待ってくれパウロ。よく騎士達の動きを見るんだ」


 見かねて止めようとするパウロの肩を掴んで、シュタイン王はそれを諌めようとする。

 元々、治癒士だったパウロは荒事には慣れていない。それに対して騎士だったシュタイン王はその変化に気付き始めていた。

 武器を持たずに戦う肉弾戦は、個人の能力が浮き彫りになる。しかも混戦の為、周りの状況を把握する必要もある。


 その中で、五分、十分と時間は経過していくのに、脱落者が出ない。

 混戦の状況を詳しく見ていくと、通常では考えられないような戦いが繰り広げられていた。


 自分以外が全て敵という、全方向からの攻撃を全員が躱し続けている。

 

「全ての基礎となる体幹を鍛えているというのか? これは想像以上だ……」


 シュタイン王は、無意識に唸るような声で呟いていていた。そして演奏を続けるヤクモの方を見て、満足そうに目を細める。

 

 しかし十分ほど経過した時、騎士達は一人、また一人と操り人形の糸が切れたように倒れだした。

 それを見て、シュタイン王とパウロ夫妻は、驚いた表情になって練兵場の中央へと歩きだす。



 王族の三人が向かったのは、ヤクモとアルティアのいる場所だった。

 ヤクモは未だ一心不乱で演奏に集中をしている為、近づく三人には反応すら示さない。


「お父様、騎士様達は限界のようですね」


 二度の範囲完全回復魔法を行使しても、全く気になりませんというアルティア。

 普通の治癒士であれば、体中のマナが枯渇して倒れてしまってもおかしくないほどの魔法だ。

 再び完全回復魔法を行使することは可能そうだが……。


「精神力が尽きたか。それはそうだろうな。全方位の攻撃にさらされ続けたのだから神経が持つわけがない」


「はい。本日は、これ以上の訓練はしないほうが良いでしょう」


 さすがの聖女でも魔法をつかって精神を回復するのは難しいようで、訓練の終了を提案する。

 その時アルティアの隣で、ピアノの音が重音を駆け下りた後に鳴り止んだ。練兵場にピアノの余韻がたゆたう。


 演奏を終えたヤクモは、演奏の内容を物語るように顔中が汗で濡れていた。

 それに気がついたように、いつものメンバーが集まってくる。 

 普段からヤクモの演奏を聴いているだけあって全く疲れていないようだ。


「相変わらず熱いな! この曲は」


「ジュリアス、そろそろ曲名くらいは覚えてほしいな」


「私は覚えたよ! 『灼熱』だよね!」


 ドヤァという表情のアンナに、ジト目の集中砲火が炸裂した!


「小娘よ、それはな――」


「テオ、そのうるさい風の王にフレアを進呈して」


 言うが早いか、テオドールが無言で手をガルーダちゃんの方を向けた。


「らめええええええぇぇぇぇっっ!!!!」


 刹那、灼熱に覆われた太陽がガルーダちゃんに襲いかかった。



 初めての合同演習は、ガルーダちゃんの焼失と共に幕を下ろした。この後、倒れた騎士達を運んだのは、再召喚されたガルーダちゃんだったとか。

ガルーダ「小娘、我を開放してくれまいか?」

アンナは片手を差し出した。

ガルーダ「なんだこの、ん? こ、これは!」

差し出され手に縋り付くガルーダちゃん。


アンナ「ドッグフードは偉大ね」

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