第130話 結ばれる者
ジュリアスの部屋前で演奏を終えた俺は、部屋の中にいるジュリアスに声をかけた。
しかし返事がない。
しばらくすると、中から雄叫びと共に「完・全・勝・利!!」という声が聞こえてきた。
俺はそっと部屋の前から離れる事にした。
会議室に着くと、扉の前で愛しい奥様〜ズの姿が見えた。
奥様〜ズも気がついたようで、全員が俺に向かって走ってきてくれる。
「ヤクモを見るリアナの目が何だか怪しかったけど、大丈夫だったかな?」
最初に俺の右腕に抱きついたアンナが、見上げるように聞いてくる。
くそうっ! 相変わらず可愛いやないか。
「だ、ダイジョウブだったんじゃないかな〜?」
モブな俺は、嫁の可愛さにヤられてどもった上にカタコトの疑問系で返してしまう。
「どうしてそんなにキョドっているのかな? かな?」
「なんだか怪しいですね」
「あれは小一時間ほど問い詰めないといけないと思います」
「絶対に何か隠しているわね」
見上げてくるアンナの表情は曇りを帯び、他の奥様〜ズもジト目になってらっしゃる!
しかし、俺にこの逆風を切り替えせるスキルなどあるはずもなく。
「は、ははは、ワロター」
あっさりと池ポチャしてしまった!
「「「「そこは笑うところじゃないでしょ!」」」」
俺は首をにゃんこのように引かれて、会議室の中へと連れて行かれた。
それにしても俺のキャパ狭すぎじゃね!?
会議室の中で、奥様〜ズに囲まれて根掘り葉掘り聞かれること数分。
外野はずっとニヤニヤしていた。
「うん、私は信じていたよ」
「ピアノの音が聞こえてきましたからね」
「ヤクモの演奏は聴き惚れますよね」
「そうね、曲が絡み合う感覚かしら。ヤクモと出会うまでこんな音楽は聴いたことがなかったわ」
俺の容疑が晴れた途端、話はリアナの件から演奏の事へとスライドしていく。
余りにも自然なスライドの為、方向修正に気が付きにくい。
何という凄腕のピッチャーばかりなのだろうか! 感嘆せずにはいられない。
「でも風の乙女亭で聴いた吟遊詩人の詩は普通だったよ!」
そのまま話に乗っかるヘタれな俺。
「普通、ですか……。ピリスも言っていますが、ヤクモの弾く曲はメロディーが沢山聴こえてきて、色々な感情が絡み合っているように思えるのです」
「それな! 本当に過去の偉人は凄いよね。五線譜の中だけであれだけのアイデアを引き出すんだから!」
「ヤクモ、五線譜って何かな?」
アンナを筆頭に全員が何だそれはという顔をしている。
テラマーテルでは呼び方が違うのかもしれない。
会議室の机にあった羽ペンを手に取り、そこにあった羊皮紙に五本の横線を書く。
ついでに音符もいれてみる。曲目は『猫ふんじゃった』だ。
「何ですか、この不思議な絵文字は?」
ティアさん、確かに俺の絵や文字は下手ですがダイレクトすぎませんかね?
「本当っ! このオタマジャクシみたいなの可愛いね!」
ア、アンナさん……。
この瞬間、俺の両膝は力なく折れた。
「ですが、この絵文字には何か躍動感みたいなものを感じますね」
流石エリー! アンナの言葉で折れた両膝に力が戻ってきた。
「エリー、それは深読みしすぎじゃないかしら」
「お、奥様方、これが五線譜デス」
俺は地面に突っ伏して、ヒラメのようになりながら呻くように呟く。
「「「「なんですってー!」」」」
奥様〜ズの驚いた声を聞いて、ちょっと嬉しくなった俺はやっぱりモブなんだなと思った。
会議室にシュタインウェイを展開して、実際に楽譜に書いている音を聞いてもらう事になった。
「このオタマジャクシがいる場所が、この音を鳴らすという指示なんだよ」
ト音記号のCを鳴らしてみる。
「ええーっ!? それだったらこの子とこの子はどうするの?」
「これは同時にその音を鳴らすんだ」
今度は和音になっているCとEを鳴らす。
会議室が感嘆のため息に包まれた。
「こんな音は聞いた事がないぞ。ヤクモよ」
「これは和音といって、二つの音を同時に鳴らしたものです。これによって音の表現が広がります」
「この上と下にある五線譜はどうするのです?」
「これは左右の手で別々に音を出すんだよ」
エリーに聞かれたオタマジャクシの音を二回鳴らしてみる。
一度は同じタイミングで、もう一度は違うタイミングで。
「和音になったりメロディーになったりするのですか」
「左右の手で同時に音を出すと和音になるし、別のタイミングだとそれぞれが音を作るんだ。さっきジュリアスに弾いたのは『鉄道』という曲なんだけど、左右の音で別々の事を表現していたんだ」
「ヤクモはこんな複雑な事をしていたのですね。わたくしが知る音楽を使った力の付与と、ヤクモが演奏するのでは効果が全く違う理由が分かった気がします」
シュタイン王とパウロ夫妻以外の全員が、示し合わせたように深く頷いた。
「またまた〜、そんなに変わるわけないよ〜」
俺は手をパタパタを振りながら、冗談っぽく言った。
しかし、みんなの視線はそれを否定しているように見える。
「え!? ないよね?」
「一般的に吟遊詩人の詩は、五パーセントから十パーセントくらい能力を引き上げると言われています。ですが、ヤクモの演奏は六倍から七倍の能力向上効果をもっていると思われます」
それを聞いた俺は再び地面に両膝を落としてうずくまる。
六倍から七倍って、チートやなくてビートレベルや。
もしかして俺のスキルが強力なので、みんな……。
嫌な考えが思い浮かんでは、否定したい気持ちが消してくれる。
思考が追いつかない時に、うずくまる俺の横で声が聞こえた。
「それと一つ言わせてください、ヤクモ。わたくし達四人は貴方のスキルではなくて貴方を愛しています」
顔を上げると周りを囲むように、嫁〜ズが優しく微笑んでいる。
「あ……」
俺はこんなに近い場所に、かけがえのない人達がいる事を再認識することができた。
しばらくして、頬に一筋の汗が伝っている事に気がついた。
エリー「ヤクモの演奏が凄い理由が分かった気がします」
アンナ「両手を完全にコントロールして、指先の力の入れ方も考えているみたいよ」
ピリス「両手をコントロール? 指先?」
アルティア「だ、だから絶妙な……」
全員が真っ赤になって、内股になった!




