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第124話 ローザとの戦い 後編

 天を仰ぐローザに襲いかかる無数の剣閃。


 片手剣を扱う者が渇望する奥義。その一つである、剣の舞(ダンシングソード)と呼ばれる絶技。

 幻想的な名前とは裏腹に、その攻撃は苛烈を極めた。


 一撃一撃が残像を残すほど速度を持ち、あらゆる場所から繰り出される。

 背後からと思えば正面に、正面からと思えば側面にという一切の予測を許さない。

 あたかも、それは無数の剣が激しく踊るように、雅やかに舞うように見えるのである。


 そして、この技はジュリアスの隠蔽スキルと、相性がとても良いようだ。


 気配が希釈になる隠蔽スキルは、予測できない攻撃を更に分かりにくいものにする。

 縦横無尽に繰り広げられる剣撃とそれを後押しするような気配隠蔽。

 噛み合った二つの両輪は、この技を受けるものに絶望の淵を幻視させる。


 それは強大な地力を誇る竜人族ドラゴニュートのローザであっても例外ではなかった。


 

 無数の剣がローザに襲いかかる。

 それは、宮廷での輪舞曲ロンドを彷彿させる優雅さと気品すらも感じる。


 かろうじて初撃を傷だらけの腕で弾いたローザの表情は、焦燥で歪んでいく。


―――― この速さで、この威力はないですね〜。


 背筋を流れる冷たい汗が警鐘をがなり立てていた。


 世界有数の希少金属レアメタルといわれる超硬度金属アダマンタイト

 その希少な金属と同じ硬度を誇る竜族ローザヒフ

 究極の防御力と持って生まれた膂力は、この世界で他の生物からの追随を許さない。


 絶対王者 ――それは食物連鎖の頂点たる竜族の為にある言葉だ、と言い切ってしまっても良いだろう。


 しかし、ジュリアスの一撃はその絶対の防御力を()()()()しなかったのだ。

 橋の上でも超硬度の皮膚ウロコに小傷をつけた騎士の攻撃は、奥義に昇華されたことで更なる進化を遂げていた。


 防御することも叶わないと悟ったローザにできる事は、全身を守るために亀のように丸くなることだけだった。


―――― これが恐怖なのでしょうか……。


 生まれてから千数百年。

 ローザは、いつからか数えるのを止めてしまったほど生きてきた。


 これまで敵対した種族と争って、体に傷をつけられた記憶はない。

 そもそも、竜族に敵対しようとする無知(命知らず)な種族など殆どいなかったのだが……。


 一番大きな争いは千年前に起こった神話戦争くらいだろう。

 神の一柱である女神ヴェルムとて、ローザを恐怖させたことはなかったのである。


 それが今、たかが人間ごときにその感情を呼び起こされている。

 強烈な痛みがローザの全身を襲い続けていた。


 その体は満身創痍で、既に無事な箇所は探しても見つけられないほどになっていた。



「ぐっ!」


 突然、短く喘ぐような悲鳴を発したローザ。

 ジュリアスの剣が肩口に深く刺さっていた。


「なあ六英雄のローザさん。あんたがどういうつもりでツレ(ヤクモ)を連れて行こうとしたのか知らないが、もう諦めたほうがいいんじゃないか? それで終わるんだから」


 はっきりとしない場所から聞こえるジュリアスの声。

 そこには勝負は既についている、と言っているようにも聞こえる。


「竜族の私に降伏などありえません〜」


「その間延びした口調で言われると余裕そうだが、まあ何というかつまらん意地だな」


「つまらないなんて――」


 ローザの言葉は途中で遮られた。

 それはジュリアスが全身全霊の力もって、剣の腹で背後からローザの脳天を襲ったから。


 突然の衝撃と尋常ではない流血をしていたことによって、糸が切れたように浅い水面へと崩れ落ちるローザ。


「命以上に大切なものなんてないだろう? 死んだら全てが終わるんだから……。なあ? そうだろう兄貴……」


 ジュリアスは水路に剣を刺して、遥か遠くにひろがる東の空を見上げるように呟いた。

 その言葉は誰に聞こえることもなく、虚空に広がりながら消えていく。



 微かな余韻を残した言霊と、橋の詰からピアノの倍音が霧散するのは殆ど同じタイミングだった。



        ☆



―― ヤクモ視点


 俺が演奏を終えて顔を上げると、とんでもない事になっていた。 


「橋が無くなってるなんて……、お家に帰れないっ!」


 フラフラと千鳥足で堀の縁まで歩き、両膝をついて絶望感を出そうと努力してみる。


「ヤクモォ! ティアを起こして回復魔法をかけてくれないかぁっ!」


 ん? ジュリアスの声が聞こえる。姿は見えないのに一体何処から?


「ジュリアスッ! 一体どこにいるんだ? 隠れてないで出てこい!」


「隠れてねーよ! 下だ、下! ヤクモ、そこにいて俺に気付かないとか節穴としか思えないんだが!」


 むむ! 俺が言おうとしていたセリフを奪うとは、さすがは友達ツレ

 俺が言われた通りに下の水路に視線を落とすと、そこにはジュリアスと満身創痍になっているローザさんの姿があった。


「ジュリアス……、憎くても殺人はいけない……」


「ヤクモ悪いがツッコミいれる時間も惜しい! ティアを起こして来てくれ!」


「そうだな、後で詳しく聞かせてくれ!」


 立ち上がった俺は後ろを振り向いて、倒れている奥様〜ズに近づく。

 ローザさんに一撃で吹き飛ばされた四人は、幸せそうな顔で寝息をたてていた。


 その穏やか嫁の表情に俺も顔が―― って言ってられない!


「ティア、ティア! 急患が入ったんだ! 至急病室まで来てほしい!」


 幸せそうに眠るDr.ティアの両肩を優しく揺さぶる。


 瞼が動いていたのでレム睡眠なのは看破している。しかもティアは寝起きが良いのは知っている!

 案の定、三度目で夢から覚めたような声をだした。


「う、ん? もう起きる時間でしたか」


「重傷者が川で泳いでいるんだ! あの傷はティアでないと治せない」


「そうなんですか!? 重傷なのにどうして川で……」


 焦って意味がわからない事を口走ったなんて言えない。


「べ、別に不思議な事ではないよ。こっちに来て!」


 少しふらつきながら立ち上がったティアの腕を肩に回して、歩くのをフォローする。

 堀の縁までゆっくりと歩き、水路のローザさんを指さした。

 その姿を見た途端、ティアの動きは迅速になる。


「ヤクモ、弾いてくれますね?」


「当然!」


 俺はサムズアップで返して、ピアノに向かい気持ちを高めていく。

 曲はジュリアスと同じショパンの革命。

 


 左手で気持ちを鼓舞する和音を構築して、右手で雪崩込むような勢いを表現していく。

 再び俺は感覚の世界へと沈んでいった。

ローザ「うふふ、さああの技を〜」

ジュリアス「だ、だんすぃんぐそおおおおどおおおっ!」

剣の代わりに鞭を持つジュリアス。

ローザは恍惚の表情を浮かべて微笑した。

ジュリアス(はわわ……)

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