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第123話 ローザとの戦い 前編


        ☆


 ローザが動いたのは、ヤクモの左手が重音を轟かせたのと同時だった。


 動いたというよりかは、動いたようなと形容する方が正しいのだろう。

 それは視認する事さえ難しい、人の動体視力を超えた動きだったのだから。


 一瞬でジュリアスとの距離を縮め、その懐に潜り込む。


―――― これでヤクモは私のものですね〜。


 ローザはわかりやすい表情を浮かべ、人の命を簡単に刈り取ることができそうな拳を放つ。


 右手の拳は寸分違わず、ジュリアスの腹部に吸い込まれて―― いく直前で止められていた。


「おいおいローザさん。これだったらワイルドボアのタックルの方が怖いぜ?」


 半歩体をずらして、ローザとの間に盾をかませて拳を受け止めたジュリアス。

 挑発するような調子で、口端を少しあげた。


 しかし、攻撃を受け止めた大きな騎士盾(タワーシールド)には拳の型がクッキリと残っており、それが如何に危険な一撃だったのかを物語っている。


「くすくす、人間ごときが面白いことを言いますね〜」


 ローザは挑発を柳に吹く風のように流し、余裕の微笑を貼り付けたままで左からのフックを放つ。

 視認できないスピードで、視認できない角度から放たれた必殺の一撃。

 ジュリアスの側頭部にその一撃が襲いかかる。


 大きな騎士盾(タワーシールド)が視覚を遮り、大きな死角を作っていた。

 それは全く動こうとしないジュリアスに、左拳が容赦なく襲いかかろうとした瞬間だった。


 コキリと首を鳴らす小さな動き。少しだけ動いた頬の横をすり抜ける左腕。

 ローザの重心は、渾身の左フックが躱された事で前に傾いていた。


「人間ごときに、野生のブタより劣ることを証明されるってどんな気持ちなんだ? 後で教えてくれよ六英雄のローザさん」


 ジュリアスは、構えた盾を持つ腕を力の限り振り抜いた。


 騎士が扱える攻防一体のスキル、シールドバッシュ。

 左腕を振り抜いていたローザに、密着した状態から繰り出された予想外の攻撃を対処する術はなかった。

 ローザはシールドバッシュの直撃を受けて、後方へと吹き飛ばされる。


 漆黒の両翼を広げ、体勢の立て直しをはかろうとする。


―――― 竜人族ドラゴニュートの私が人間ごときの攻撃で後退するなんて……。おかしいです、絶対に何かあるはずですね〜。


 そう思いながら体勢を立て直したローザは、再び信じられない光景を目にすることになる。


 竜人族ドラゴニュートよりも速い動きで距離を詰めてくる重装の騎士。

 ジュリアスは片手剣の間合いで止まったかと思うと、変幻自在に攻撃を繰りだし始めた。


 全ての攻撃を腕で払い、躱して体が傷つかないように動く。

 片手剣とは思えない重い一撃が、竜の鱗と同等のローザの腕の皮膚を傷つけていく。


「そろそろ辞めにしないか? 俺は女性を傷つけたくないんだけどな」


「人間ごときに……、人間ごときに竜族がひれ伏すと思うとは……。死んで悔やむが良い!」


 ローザは大きく剣を弾くと、傷ついた右手をジュリアスに向けて突き出した。

 突き出された手に集中する膨大な魔力の奔流。


 危険を察知して、大きな騎士盾タワーシールドを構えるジュリアス。


 魔力は臨界に達した事を告げるように赤く輝くと、ジュリアスに向けて無慈悲な牙を向けた。

 竜族がもつ灼熱のブレス


 竜の形態をしている時は、口に魔力を集めて灼熱の炎を吐き出す技。

 竜人族ドラゴニュートはそれを手に集めて解き放つ。

 一箇所に集約された膨大な殺意まりょくの前には、どんな存在であっても偏に塵芥の未来を幻視するだろう。


 灼熱の赤いうねりは一筋の光となって、ジュリアスの盾に吸い込まれていく。

 刹那、金属の叫ぶような悲鳴が跳ね橋を支配する。

 痛烈な悲鳴を上げ続ける金属は、全てを溶解する灼熱にされされ赤く輝き始めていた。


竜人族ドラゴニュートっていうのは大道芸人だったんだな。でもこれならヤクモのマジックの方が見応えあるぜ!」


 ジュリアスは赤くなる盾を構えたまま、前へ前へと歩き出した。

 片手でブレスを保ったままのローザは、ゆっくりと灼熱の中を近づいてくる騎士の姿に一歩後ずさる。


 それは深層に芽生えた恐怖だったのだろうか。数千年を生きた中で初めての感情に戸惑いさえ感じる。

 しかし、戸惑いや迷いは戦いの中において、相手に大きな優位性アドバンテージを与える。


 それは、この戦いにおいても例外ではなかったようで、不安定な精神状態がブレスの出力を低下させていた。

 今のジュリアスは、この絶好の好機チャンスを逃すはずもなく―― 溶け落ちそうな盾を構えたまま、一気に距離を詰めた。


「し、しまっ――」


 劣勢に陥ることを知らない絶対王者が、訪れた突然の危機に対応できるはずもなく……。


 再び繰り出されたシールドバッシュが、ローザの突き出した右手に襲いかかった。


 吐き出されるブレスが盾で押さえ込まれ、その出口を失った瞬間――

 暴走オーバーフローを起こした魔力は白銀の閃光を放つ。

 その閃光を伴った爆発によって、跳ね橋が玩具のように崩れ落ちる。


 足場を失い、王城を囲む水路に落とされたローザ。


 その後に、ブレスを受けていた盾が近くに落下して水中に沈んだ。

 水に優しく包まれた盾は、その手を振りほどくかのように蒸発させていく。


「っ痛い!」


 水路に座り込んだままのローザは、右手の違和感に気がついた。

 竜鱗の硬度を誇る両腕は、たくさんの小さな傷がついている。

 魔力暴走を起こした右手は、血にまみれて力を入れることすらできない。


「あの騎士は一体なんなのでしょう〜。実はシュタットが弱かった?」


 ローザは先程までの戦いを振り返り、千年前の神話戦争に思いを馳せていた。

 ヴェルムを倒すために戦った同士、英雄騎士のシュタット。

 彼は私に実戦で、指一つ触れることができなかったはずだ、と。


「戦いが終わってもいないのに呆けているとは、さすが竜人族といったところか!」


 姿はなく、気配を感じないのに声と同時に放たれた剣閃。

 捉える事ができない動きに翻弄されるローザ。

 そして、この見たことのある剣技は……。


 片手剣、壱の奥義『剣の舞(ダンシング・ソード)


 過去の偉大な剣の達人たちが渇望し手を伸ばし続け、そして絶望だけが残った技。

 ローザは水路を照らす太陽を見上げた。



 上から聞こえてくるヤクモの演奏は、この時、曲の終盤に差しかかっていたのだった。

ジュリアス「だんしんっぐそおおおおどおおお!」

咆哮のような声が周辺に轟く。

リアナ「そんな掛け声より、ちゃんと動かして!」

ジュリアス「えぇ」

そして今日も夜は更けていくのだ。

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