第122話 革命のエチュード
跳ね橋を渡った先に兵士達が集まる詰め所がある。
その横から、気配を感じさせずに現れる絶世の美女。
詰め所の中では、何人かの兵士達が体を重ねるように倒れている。
「ま、まさか兵士達に……」
俺の顔に一筋の冷たい汗が流れる。その汗は頬を伝い地面を濡らした。
ポニーテールの艷やかな黒髪は、その状況を楽しむかのように揺れている。
「その兵士達に色香をつかったのかぁっ?!」
「どうしてそうなるのよっ!」
は、早いっ! 新型かっ!?
ピリスの間髪いれないツッコミに感動している自分がいる。
しかし、どうして俺達よりも早くここに着けたんだ? 走ってきた道は最短ルート、しかも追い抜かされた覚えはない。
黒髪の美女は、俺の考えていることを見透かしているように、微笑みを浮かべている。
「くすくす、私がどうやって貴方より早く着けたのかが不思議みたいですね〜」
「やっぱりバレてる!? というかその呼び方やめたげて?」
「あらあら、どうしてですか〜? 横の彼女さんもまんぞ――」
俺はスキル縮地を使用して、一気に間合いを詰めた。
それ以上は言わせないっ! ピリスの名誉にかけてっ!
そして、黒髪の美女の口を塞ごうと手を伸ばした―― はずだった。
その美女は、俺より早く動いていて……。
ぎゅっ! っと抱擁されているだとっ!?
足掻く俺、しかし足掻くほど絞まる抱擁。
ギギギと錆びついた音を鳴らしながら後ろに首を向けると、ピリスの目が死んだ魚になっている。
そうだろう、俺が走って抱きつきに行ったようにも見えるのだから。
「ピリス、俺の屍を超えてゆけ! このままだと定例会議に間に合わない!」
俺は問題点のすり替えを試みる。
「わ、わかったわ! ヤクモ、後で詳しく説明しなさい!」
万力のように締まる美女の両腕より、ピリスの言葉が心を締めつけた。
ピリスは俺達の横を通り過ぎて、城内に入っていった。
「美しいお姉さん。そろそろ腕を離して欲しいのです」
激細腹部矯正コルセットよりキツイ抱擁が続く中、俺は声をどうにか絞り出した。
「あらあら〜、私の旦那様になる人がこんな事で音をあげるのですか〜?」
「ぐぐ、俺はもう結婚しているので、お姉さんの旦那さんにはなれません!」
「くすくす、それでは殺してでも奪い取りましょうね〜」
お姉さんはクレイジーだった。
ピリスが城内に入った時間を考えると、もう少し引き伸ばせば助けを呼んできてくれるはずだ。
しかし、なんて力だ……、締め付けがキツすぎる。
この豊満なクッションがなければ今頃は……。
「ぐぐぐっ、お姉さんは一体何者なんですか!?」
「私を知らないなんて、貴方こそ何者なの〜?」
「俺はヤクモナツメ! 次はお姉さんね! はあはあ……、あ、あとその呼び名はやめたげてえ……」
やばい、限界五秒前……。
「ヤクモ……ヤクモね。それでは私はローザよ。よろしくね〜」
朦朧とする意識の中、どこかで聞いた事があるような名前が聞こえた。
でも、もうげんか……。
「「「「そこの黒髪! ヤクモを放しなさい!」」」」
声に反応するように、少しだけ俺を締め付ける力が緩む。
た、助かったのか? この声は紛れもなく愛する奥様〜ズだ。
俺は強烈にハグされたまま、後ろを見る為に顔を横に向ける。
「そうだ、ヤクモを放せ黒髪の女……。それ以上、俺のツレを喜ばせるんじゃない!」
アンナ、ティア、エリー、ピリスと四人の女神が並んでいるその隣。
意味が分からないことを言っている男がいた。
それは近衛騎士団二代目団長のジュリアスだ。
この後、絶対に言ってやる。お前の目は節穴か! って。
「「「「ローザと言ったわね! ヤクモを骨抜きにするのは私達の役目なんだからっ!」」」」
開口一番の言葉は、予想の範疇を遥かに超えていた。
えっ!? そっち!?
それが俺の率直な感想だ。
何者とか何をしているとかではないのだろうか。
「あらあら〜、骨抜きにされているのは貴女達でしょう〜?」
「「「「そ、そんなこと……、な、な、ないんだか……ら…………」」」」
一瞬で全員がモジモジと恥ずかしそうにしだした。
ジュリアス、何故、俺に尊敬の眼差しを向けてくるんだ?
「くすくす、でも残念ですね〜。ヤクモは私が頂いていくので〜」
「「「「そんな事を許すと思って――」」」」
奥様〜ズがハモりながら言い終わる前に、俺は地面に尻もちを着いた。
痛いっ! オケツが割れてまうやろー!
しかし、それが些細なことだと気がつくのに、そんなに時間はかからなかった。
俺の大切な女性達が一瞬で吹き飛んだと思うと、地面に伏して意識を失っていたからだ。
凍りつく時間と心。
あまりにも一瞬の出来事に、俺は全ての動作を忘れたかのように立ち尽くしていた。
「くすくす、やっぱり人間は脆弱ですね〜」
ローザさんは漆黒の翼を翻して、四人がいた場所に佇んでいた。
それに違和感を覚えたが、そんな事は気にしていられない。
「アンナッ! ティアッ! エリーッ! ピリスッ! 大丈夫かッ!?」
俺は立ち上がって、一人一人、肩を揺さぶりながら名前を呼んだ。
四人共命に別状は無いようで、小さな呻き声を上げただけだった。
安堵の心が全身に染み渡り、生きた心地が戻ってくる。
「あらあら〜、ヤクモ、良い顔になってますね〜。ますます連れて帰りたくなります〜」
「俺を何処に連れて行くつもりだ?」
「くすくす、故郷のドラニクスですよ〜。さぁ、一緒に行きましょうか〜」
「だが断るっ! ジュリアス、助けてくれるよなっ!」
俺は振り返りジュリアスを見た。それに対してジュリアスはサムズアップしてくる。
さすが、持つべきは友人ということか。
そのまま、エルフの護りにマナを通して、シュタイン・ウェイを展開する。
「六英雄のローザ様が相手なんて、勝てる気しねえけどなっ!」
ジュリアスは剣を鞘から抜いて盾を構えた。
六英雄? ローザ様? 何言ってるんだ、確か千年前の話だよな?
「あらあら、私も有名なんですね〜。貴方はシュタットよりも強いのですか〜?」
「知らねえよ! でもな、俺はツレをアッサリと渡すような事はしない!」
ジュリアスの叫びと共に、俺は指先に神経を集中させる。
弾こうとしているのは不条理なほどの力に抗う為の曲、ショパンの練習曲 十の十二 『革命』だ。
効果範囲はジュリアス一人。
民衆の蜂起を弾圧された事を聞いた、ショパンの怒りと慟哭。
右手から重音が轟いた後に続く、左手の旋律を響かせながら鼓舞される心。
俺はピアノが奏でる響きに、その気持ちが表れるのを意識しながら曲を弾き始めた。
俺「ジュリアス、後は任せた!」
そう言いながら、曲を弾き出した。
ジュリアス「嫌がらせか? 嫌がらせだよな!?」
ねこふんじゃった♫ ねこふんじゃった♬




