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第121話 突然の訪問者

 まだ早い時間と言える朝の七時。窓から眩しい光を感じて目が覚めた。


 横を見ると、美しい肢体をシーツで隠すように眠る赤毛の妖精が、静かな寝息をたてている。

 俺はその姿を見て、自然と笑みが浮かぶのを感じた。


 アンナ、ティア、エリーのように愛してるというのとは違う感情が芽生えた。


 義務感なのか、庇護欲を掻き立てられたのかはよく分からない。

 確実なのは、昨晩から俺達は家族になったという事だけだ。


 俺はシャワーを浴びようと、立ち上がりざまにピリスの頬に優しく触れた。

 その時、ピリスが穏やかに微笑んだ気がした。



 シャワー室から出てきた俺はベッドを一瞥した後、持っていたタオルを落とした。


 十五分ほど経過しているのにも関わらず、穏やかに寝息をたてているピリスの姿が見えたからだ。

 八時の定例会議に出席しなければならないのに、この時間まで動きがないのはマズい。


 俺はベッドで眠る妖精さんに近づき、耳元で囁いた。


「おはよーございます」


 蚊の鳴くような小さな声は、全く効果がなかった。


「ピリス、時間だよー」


 今度は普段、近くにいる時に声をかけるくらいの声。

 しかし、ピリスは全く反応を見せようとしない。


 昨日、俺を起こすとか言っていたのにどうしてこうなった?


 気持ちよく眠っているが仕方がない。

 俺は心を鬼にして寝ているピリスを思い切り揺さぶった。


「ピリス! もう起きないと時間がないよ!」


「……うにゅ?」


 大声と揺さぶりのコンボは、眠りの深淵にいるピリスに届いたようだった。

 よく分からない返事だったが。


「うにゅ? じゃないよ。ただいま、七時三十分! ピリスはシャワーも浴びずに登城するの?」


「……どこに登場しゅりゅの?」


「登場はしないけど、王城にはいくでしょ? 今日の定例会議に出席するんじゃないの?! あと三十分しかないよ!?」


「ていれい? かい……ぎ? あにゃあああああああぁぁぁぁ!」


 奇声を発したピリスは、シーツを巻き付けたままシャワー室に飛び込んでいく。


 その直後に、きゃああああああ! 冷たいっ! 冷たいっ! という声がした。


 冷水シャワーという高度な技術ボケに、俺はピリスへの嫉妬を隠せなかった。



 時間にして約五分。

 それがピリスがシャワー室から出てきた時間だ。


「ヤクモ、待たせてしまってごめんなさい。あと少しで準備ができそうよ」


 どんな魔法を使ったのか分からないが、既に普段通りのピリスが出来上がっていた。


 純白の衣服に着替え、騎士団の軽装を着け始めている。

 白銀の色をした美しい装いは、以前、鉄屑武具店で見たミスリルという素材を使用しているのだろうか。


「綺麗だね」


 思わず言葉として口から溢れる。


「にゃ、にゃ、にゃに言ってりゅのかしら、わたしゅはいちゅも通りよ?」


 ピリスは顔を染め上げ何やら言っている。

 俺は少し考えて、そういう事かと理解した。


 少し濡れた髪と白銀の鎧は、可愛いピリスの印象を『美しい』に塗り替えている。

 そう言えば、最初に見た時は可愛いと思ったが、王城などでは凛々しい姿が美しかった。


「俺にとっては非日常だからね。ピリスの『いつも通り』がこれからは日常になるんだね」


 ピリスに近づいて、熱をを帯びた頬に触れた。

 煙が出そうなほど赤面した表情かおを隠すように俯くピリス。


「は……はい……」


 確かめるように掴まれた手に、ピリスの体温かんじょうが伝わってくる。

 もし時間があれば、第二ラウンドに突入したいほど心が揺れたのだった。



 アンナの部屋から廊下に出たときには、残り時間は十五分という状態だった。


 一般的な話をすると、もう王城には着いていないと行けない時間だ。

 いわゆる、十五分前行動というヤツである。


 ピリスの手を引いて階段を駆け下りる。二階のステップで少し振り返ると、何故かピリスの顔が赤かった。

 恥じらうようなその姿に、心臓が踊るが時間がない。


 俺は再び前を見てエントランスホールを目指した。

 一階のロビーに着くと、ティアンネさんがカウンターで座っていた。


「あらあら、朝から熱いわね。アンナちゃんとアルティアちゃん達はもう出かけたわよ」


 それを聞いて、昨晩、アンナが部屋に戻らなかった事を思い出した。


 合わせて王城から風の乙女亭へ移動していた時の会話も。

 そして全ての点が繋がって、一つの線になる。


「ピリス、もしかして昨日の――」


 俺は立ち止まってピリスに振り返った時。


「くすくす、待っていましたよ〜、神の指使いゴッドフィンガーテクニックさん」


 ロビーの椅子から立ち上がる影。


 今まで全く気配を感じさせずにいた事に、俺とピリスの視線はその姿に縫い付けられる。


 漆黒のドレスを纏い、その立ち姿には艶やかな色気を多分に含んでいる。

 対象的な真っ赤なルージュに添わせる指は、その色香を倍増させた。

 珍しいと言われる俺と同じ黒い髪は、後ろで束ねられ馬の尻尾(ポニーテール)になっている。


 その神秘的な容姿に反して、何故かドレスが揺れている。


 見るからに分かる、これは内股をもじもじとさせているやつだ!

 俺はピリスを見ると、彼女も俺を見て頷いた。恐らく同じ答えに行き着いたのだろう。


 即ち、これは関わったらアカン奴や!


「スミマセン! 絶対ヒトチガイなんで! ボクはそんな名前じゃないんで!」

 俺は早口で捲し立てるように言って、ピリスの手を掴んでダッシュした。


 今までに感じたことのない風を受けながら、颯爽と街の景色が変わっていく。

 次のオリンピックに出場できるかもしれないと思いながら、王城の跳ね橋までたどり着いた。


 息は切れ切れで、足の筋肉が悲鳴を上げている。

 ちなみに後ろにいるピリスは、全くの平常運転だ。


「くすくす、遅かったですね〜」


 俺はその声を聞いて愕然としたのだった。

謎の女「くすくす、神の指使いさん」

俺(打鍵時に繊細なタッチが要るのを知っている!?)

俺「俺はそこにとても気を使っているからね! みんな知っているよね」


奥様〜ズは恥ずかしそうに俯いた!

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