第116話 シュタイン王の招待
再び扉を開けても、目の前の風景が変わることはなかった。
王女の部屋ということもあり、扉の前は静かだ。そう扉の前だけは。
視線を横に向けると、さっきの野次馬達がこちらを見ていた。
決して仲間になりたそうに見ているわけではなさそうだ。
「ヤクモ、城内にいる人が初めて怖いと思いました」
「全員が凄い視線を向けてくるよね。一体どうしたのかな?」
「やはり声が漏れていたのだと……。わたくし恥ずかしいです」
エリーは俺に隠れるようにして腕に手を回す。先導してほしいのだろう。
その時、野次馬達から廊下が崩落してもおかしくないような、大歓声が起こる。
「騎士団長殺しが出てきたぞ! アイリーン騎士団長も一緒だ!」
「くっ! やはりさっきの声は……! だ、だめだ! 直立できない!」
「お前! 直立できないと言いながら、しっかり直立してるじゃないか! あ、俺もっ!」
エリーはその言葉を聞いて、更に俺に寄り添うようになる。恥ずかしさに彩られた姿は異常に可愛い。
最初に会ったときの冷静なエリーが普段の姿なのだとしたら、今の状態はご褒美だと言って良い。
頬を染め、俺の腕に手を回してしずしずとついて来るのだから。
「あのアイリーン殿下が、恥じらいながら歩いているなんて! あたしの殿下を返して!」
「貴女もあの声が聞こえたでしょう!? 殿下は、殿下はあの男に……!」
「あぁ、あたしもあんな声を出してみたいわ!」
「えっ!? 貴女、ノーマルだったのっ!?」
もじもじと内股になりながら、廊下で物騒な会話を展開している侍女達。
俺の背中に、視線が突き刺さっているような気がする。全員が那須与一級の腕前に違いない。
俺達は、野次馬達の間を歩いていく。まるでモーゼが海を割ったように。
ゆっくりと人の海を抜けた先に、アンナとティアの姿が見えた。
普段と変わらない二人の優しい表情は、荒波を抜けてきた俺達に安らぎを与えてくれる。
いきなりアンナが、美しい微笑みをたたえてサムズアップ! 意味が分からん!
しかし、横にいるエリーの反応は違った。俺の腕から手を離すと、アンナに抱きついた。
「アンナ、貴女が抑えてくれたのですね!」
「エリーの声がして直ぐにわかったよ。家族の事が他人に知られるのは嫌だからね」
熱い抱擁を続ける二人。安定の置いてけぼりな俺。
後ろの野次馬達から、黄色い悲鳴が聞こえてきた。
「ヤクモはわたくしと抱き合いましょう」
「うん、そうだね」
ティアが優しく語りかけてくれる。置いてけぼりの俺は、何故かそれに応えるように抱きついてしまった。
後ろの野次馬達から、怨嗟の声が聞こえてきた。驚いた隣のゆりーずは抱擁を取りやめ、俺達に言い寄ってきた。
「ティア! ドサクサに紛れて何をしているの!」
「そうですよティア! わたくしもアンナよりヤクモに抱きつきたいです!」
「え? エリー、どういう事なの! 今までの抱擁はなんだったの!?」
「アンナには感謝していますが、それとこれは重要度が違います!」
「二人共、どちらでも良いではないですか〜」
「「ティアは今すぐ離れなさーい!」」
ティアは俺から離れて、二人に向き合う。そしてにゃあにゃあ戦争が勃発した。
俺はそれを見てほっこりしつつ、大好きな三人と家族になれる事が嬉しくなってきた。
そして、言い合っている三人をまとめて抱きしめる。
「「「え!? ヤクモ!?」」」
俺の乱心に戸惑いの声が上がる。背後の野次馬達からも色々な感情の悲鳴が上がる。
「絶対に幸せにしてやる!」
「「「はい!」」」
アンナ、ティア、エリーの表情は、夏の向日葵みたいに輝いた。
その時、背後から肩を突かれる感覚。この良い雰囲気の時に無粋な奴もいるもんだ、と振り返る。
そこには半眼になっているピリスが、仁王様のように立っていた。
俺は問答無用でその腕を引く。いきなりの事で反応が遅れたようにバランスを崩すピリス。
それを受け止めたのは三人だった。
「ピリス、後戻りは出来ないよ」
「私はシュタインズフォートで死んだの。でも貴方がいたから……」
「皆まで言わないで! 分かった!」
俺は再び四人を抱きしめた。
野次馬達の悲鳴が更に大きくなったような気がした。
大騒ぎが落ち着いてから、俺達はシュタイン王の部屋の前まで来ていた。
この部屋にたどり着くまでに、重厚な警備を通過してきた。そして王城の最奥に配置された部屋は、独特の威厳を放っている。
エリーに促され俺は扉をノックした。
「遅かったな、入れ」
良く通るバスが、扉を無いものとして響いてくる。俺は扉に手をかけて開いた。
「お邪魔しまんにゃ〜お!」
アンナが、ティアが、エリーが、ピリスがガクリと膝を崩す。
シュタイン王もついていた肘を外してガクリと顎を落とす。
俺はもうそれだけで満足だった。我が生涯に一片の悔いなしっ!
「ナツメヤクモ、俺を動かしたのだ。そなたにも動いてもらうぞ――」
シュタイン王は椅子から立ち上がり言葉を続けた。ちなみに俺は頼んでいない。
王族は人を使うのが上手いと、思った。
「この奥に女神の神殿がある。ついて来るのだ」
俺は後ろにいる四人に振り返った。
全員が、ちょっとあり得ないんですけど、という顔をしていた。
シュタイン王は既に奥に向かって歩いていたのだった。
シュタイン王「この奥には部屋があるのだ」
俺「それは何をする為の?」
シュタイン王「入れば分かる」
俺は扉を少し開けた。そこには漫才の……。
後ろには良い笑顔のシュタイン王が台本を持っていた。




