第113話 二人だけの舞踏会
エリーに引きずられて来た部屋は、豪華な中にも可愛らしい趣きがある、興味深い場所だった。
白が基調の家具達は、その芸術性も相まってセンス良さが伺える。
壁に掛かった絵画は、うん、止めておこう。だって俺なんだもん。
「ここは絶対にエリーの部屋だよね! どうしてこんな絵を飾っているの!?」
「ヤクモを常に近くで感じていたいからね。えへへ〜」
えへへ〜? キャラ崩壊を起こしている。
「エリー? 俺がここに連れて来られるのは、決まっていた?」
「えへへ〜、お父様が、ヤクモはボケたら絶対にツッコんで来るから、適当に罪を作って子供も作れですって!」
「誰がそんな上手いこと言えと……」
シュタイン王恐るべし! そこまで俺の事を調べているなんて!
「わたくしが、ヤクモの全てをお父様に余すことなく、伝えているからね。えへへ〜」
犯人は、シュタイン王をスケープゴートにした、エリーだった! なんてこった。
というか口調もおかしい。一体どうしたんだ。
「もしかして酔ってる?」
「ようやくヤクモと結ばれると思うと、制御できなくなっているのです」
そう言った後、視認できないスピードで、俺の隣に移動してきた。そして体を密着させてくる。
「ちょ、ちょっと落ち着こうか!」
「わたくしは充分落ち着いています。それともヤクモはわたくしの事がお嫌いですか?」
人差し指を胸元に添わし"の"の字を書くエリー。伏し目がちな瞳は潤みを帯びている。
「嫌いな訳がない。そうでなければヴィドで、あんなに心を病んだりはしないよ」
「ヴィドで心を病む? ヤクモ! その話を詳しく教えるのですっ!」
「痛いよエリー! 今まで"の"の字を書いてた指を突き立てないでよ。ヴィドで金髪イケメンとみんなが一緒に食事に行った時があったよね。その時、気になって仕方がなかったんだよ」
興味を示すように輝きを放つエリーの瞳。さっきまでのは何だったのか。
体が密着しているのは変わらないが、俺を破壊力抜群の上目で見ていた。
「それで気が付いたんだ、俺にとってエリー、アンナ、ティアはかけがえのない女性なんだって。一人を選べないのは、本当に情けないよね」
「そんな事は有りません! ヤクモが一人を選んだ場合、選ばれなかった二人はどうなりますか? もし、わたくしがそうなったら……」
「そんな考え方もあるんだね」
「少し弱気になってしまいました。ヤクモ、少し踊ってくださいませんか?」
そう言ったエリーは、少し離れてゆっくりと片手を差し出した。その手をとって、俺は部屋の中央にエスコートする。
「喜んで承ります。王女様」
破顔したエリーを見て胸の奥が熱くなるのを感じる。
そして俺達は部屋の中を夢見るように踊りだした。
踊りだした時は、もうそれは酷かった。
何度もエリーとぶつかりそうになったり、変な動きをして転びそうになったり、体が変な方向に曲がりそうになったり……。
徐々に慣れてくると余裕が生まれるようで、舞踏会の時に教えてもらった事を思い出してきた。
ステップを読んで、流れるように踊る。お互いの視線や体の動きを感じて、次の動きに合わせる。エリーとのダンスはとても心地よく、心が繋がった錯覚に陥ってしまいそうだった。
月明かりのスポットライトは、俺達を優しく包み込んでいく。
手と手を取り合い、エリーの背に空いている手を回して抱き寄せながら、緩やかな足取りで踊る。
胸元に感じる息遣い、背中に回した手に感じる体温、絡み合う指先。
視線を合わせたまま、体が勝手に動いている。視線が次の動作を物語っている。
言葉以上に、考えている事や思っている事を伝えてくる瞳。
同調した俺達は、無音の部屋で無言のまま踊り続けた。
「ヤクモはわたくしの事をどう思っていますか?」
突然、静寂を破るエリーの不意打ち。
「も、もちろん、王女様だと思っているよ」
どう思っている、と聞かれて少し軽い答えを返す。モブ魂、ここに極まる。
「ふふ、わたくしの背中に回している手が力みました。動揺していますね?」
「誤魔化せないんだね。エリー、このダンスはウソ発見器みたいだよ」
「ウソ発見器? 面白い事を言いますね」
楽しそうに微笑むエリー。俺は、小細工が使えないことを悟る。
背中に回した手に力を込めて、更に強く抱きしめる。驚いたのだろう、絡んだ手が握られた。
「さっきも言ったけど、とても大切な女性だよ」
「た、たいせ、つ?」
「俺が優柔不断で、エリー一人だけじゃないのは申し訳ないと思ってる」
「や、くも……」
「テラ・マーテルに来て最初に手を差し伸べてくれた優しいアンナ、同じ価値観を持っているティア、そして気持ちや感性の相性が最高のエリー。全員が俺には必要で、大切な家族なんだ!」
「家族……」
「ごめん、エリーの答えを聞いていないね。俺と家族になってほしい。エリーでないと駄目なんだ」
俺が言い終わると同時に、抱きついてくるエリー。
既にダンスは終わっており、月の光が拍手のように降り注いでいた。
「わたくし、ヤクモに一生ついていきます!」
その頬は涙に濡れていた。俺はそれが嬉しくてキスで応える。
俺達を包んだ拍手は、新しい門出を祝福してくれているようだ。
永遠を誓うキスから目が覚めると、俺はエリーをお姫様抱っこをした。
夢見るような顔のエリーを、ベッドにゆっくりと降ろす。
「エリー、愛しているよ」
無言で頷くエリーに、再び唇を合わせる。
求め合う二度目のキスは、お互いを知り尽くそうとした。
俺達はその後、ダンスをした時のように同調しながら、愛し合った。
俺「エリー、このベッド!?」
エリー「えへへ〜、特注品なの〜」
俺「しかも、この枕!?」
エリー「えへへ〜、いいでしょ〜」
俺「(俺じゃねえか!)」




