第112話 ボケとツッコミ
アンナと食事を楽しみ、ティアにしたように腕を組みながらホールに向かった。
エントランスには、既に全員が集まっている。
「お前、遂にアンナさんと……」
ジュリアスは破顔して俺に近づいてくる。片手を差し出している所を見ると、握手をしようとしているのだろう。
ようこそ、こちらの世界にという事だろうか? さすが、リア充は一味違った。
俺も右手を差し出し、その握手に応えようとする。が、その手はティアに奪われた
「ジュリアス。ヤクモと結ばれたのは、アンナだけではないのですよ」
「「「「な、なんだってーっ!」」」」
ジュリアス、モーガン、ルクール、クリストフが同時に叫び声を上げる。
「なんや、ヤクモはん、おどれはワイらの姫君に二股かけよったんか? あぁん!?」
モーガンが半端ない自由業の人になった。そこにいる野郎全員が深く頷いている。
「モーガン、止めなさい。ヤクモが二股したのではなく、わたくし達がヤクモをシェアするのです」
これは斬新なアイデアだ。ヤクモンシェアリング、何だか世界的なカンパニーっぽい。
そして、仲間達は騒然としだした。どうしてそうなった? とか、あのヤクモがハーレムとか聞こえてくる。
それが、風の乙女亭の外にまで波及して、周辺から野次馬も集まってきた。
「迎えに来てみれば、何という僥倖なのかしら! ヤクモがシェア出来ると言う話は本当なのっ?!」
嬉々とした声でホールに入ってきたのは、赤毛のショートボブが可愛いピリスだった。
「ピリス、ちょっと落ち着こうか」
「落ち着いていられるわけがないわ! エリーが今日発表すると言ってたので、私は身を引くしかないと思っていたのに」
「エリーがそう言っていたの?」
「直接は聞いていないけど……」
そこまで聞いたアンナとティアは顔を見合わせて、深いため息をついた。
「親友なのにどうしてそうなるのです? エリーが、ヤクモとピリスを引き離す訳がないですよ」
「本当だよ。そうすると、ヤクモが嘘を言ったことになるんだよ」
あの時は相手もいなかったし、ピリスに対してボディタッチもしてしまった責任があった。
しかし、ピリスは俺で良いのだろうか?
「そうです、ピリス! 待っていますから、今からヤクモと――」
通行人を含めた周囲の視線が、俺を蜂の巣のように貫いた。違う俺は何も言っていない!
「そうよ、ヤクモは凄いの! 私なんて、まだふわふわしているの!」
アンナ、待ってくれ! ここで言うセリフじゃない!
リアナ! 何故、俺に熱い視線を向けてくる!? ジュリアス! 俺に敵意剥き出しの目を向けるな!
パーティー崩壊の危機が訪れる。こんな砂で作った城みたいに脆くて大丈夫か?
「そうね! ヤクモ、行きましょうか!」
え!? そこで同意します!? 普通、断りますよね!?
「ちょっと待って! 謁見の時間を過ぎたら、クビチョンパでしょ!」
俺は時間的な問題を指摘して、ヘイトを別の箇所に向けた。もしかしたら、タンクに向いているかも知れない。
「「「それはそうね」」」
納得する三人、それはもうビックリするほどあっさりと。そして周りの野次馬も潮が引くように、次々と離れていく。
それを呆然と見つめる。疲れた、めちゃくちゃ疲れたよ。
そんな俺に近付いてくるジュリアスに、ポンと軽く肩を叩かれた。
「ヤクモ、お前を師匠と呼んでもいいか?」
はにかみながら微笑を浮かべる顔は、哀愁を感じさせた。
お前はリアナに一体、何を求められているんだ?
少し太陽が傾いてきた街に、カラスの声が遠くで聞こえたような気がした。
ピリスが用意した送迎用の馬車は、相変わらずの王族仕様だった。
揺れない車体には揺らさない強い意思を感じ、体を包み込むソファーにはおもてなしの精神が込められているのだろう。
歩いても十分くらいの距離なので、瞬く間に跳ね橋を通過して王城に入った。
幌馬車の時とは違い、正面の門の前で止まった馬車を降りて、城内に入る。
ピリスが先頭を歩き、俺達を誘導してくれる。しばらく歩くと、もう何度目にもなる重厚な扉の前に到着した。
扉の両隣には兵士が立ち、俺達の到着を確認すると、ゆっくりと扉を開いた。重々しい姿に反して抵抗なく開く扉は、何度見ても違和感を感じる。
ピリスが先頭のまま、俺達は謁見の間に入る。美しい姿勢のままピリスは、左側の武官が整列している場所に立つ。
正面にシュタイン王、左隣にエリー、右隣にコルトー、その隣にはパウロ教皇。え!? パウロ教皇?
二度見してしまった俺に、してやったりという笑みを見せるパウロ教皇とアーシェラ妃。
「よくぞ余の招待を受けてくれた。本日はそなた達へのこれまでの報酬を用意したのだ」
シュタイン王は鷹揚と話し始めると、謁見の間が威厳ある声に支配された。
俺達は全員、慇懃に頭を下げる。
「コルトー任せたぞ」
「はっ! 承知しました。アイリーン王女救出及びリンバル討伐、三国交渉、ピリス第一騎士団団長救出及びシュタインズフォート奪還、本当によくぞ成し遂げてくれた」
コルトーさんが言い終わると、謁見の間に盛大な拍手が起こった。その音から本当の気持から拍手が起こっているがよくわかる。
拍手が鳴り止み、コルトーさんが更に続ける。
「ここにいる偉大な者達、全てに五千万マルクが贈られよう」
その大きな額に謁見の間が、感嘆のため息に包まれる。コルトーさんは、一呼吸を置いて続ける。
「ジュリアス、お主には男爵職と騎士団長職を任命する! 妻のリアナと共に王国を支えるのじゃ」
「は、はい! ありがたきお言葉。謹んで拝命致します」
「モーガン、ルクール、クリストフ、お主達は新設の神聖騎士団団長職を任命する! パウロ教皇の指導の元、存分にその力を発揮せよ!」
「「「はい! 承ります!」」」
「後はシュタイン王、お願いいたします」
コルトーさんはそう言うと、再びシュタイン王が話しだした。
「ナツメ、そなたは公爵職に任命する。アイリーンと婚約を交わし、シュタイン王国の礎を作れ」
俺は驚きで顔を上げてしまった。シュタイン王はいつぞやのちょい悪顔になっている。
しかし、武官達と文官達にはサプライズだったようで、騒然となっている。
「は、はい。承知しました。ですが、俺には既に心に決めている人がいます」
俺の言葉にシュタイン王は、隣に控えるエリーに目配せした。それにエリーが頷くとシュタイン王は再度、俺に鋭い視線を浴びせる。
「存じておる。アルティア王女、アンナ嬢、そしてピリス団長だな」
「はい。その通りです」
シュタイン王と俺の会話で、更に騒然とする謁見の間。武官、文官全員からの視線は、人を殺めることができるくらい鋭い。
その中の誰かが叫びだした。
「俺は思い出したぞ! あの黒髪はヴァレオを捕らえた奴だ。アイリーン近衛騎士団長、ピリス第一騎士団長もあんな奴に……!」
「おいおい、騎士団長ばかりじゃないか!? つまり奴は――」
「「「「「騎士団長殺し!」」」」」
こいつら、なんで大先生のベストセラーを知っている!? ていうかシュタイン王の御前ですよ?
「わっはっは! ナツメヤクモ、騎士団長殺しの二つ名を授けようか?」
どうしてシュタイン王がノッている? あんたがボケたら誰もツッコめないの分かっている?
駄目だ、俺には我慢ができない! 俺は持っていたエルフの護りを、手に握りしめイメージする。それは、薄く薄く引き伸ばした木を折り畳んだ物。
即ちハリセンだ。それをおもむろに振り上げて……。
「要らんわ、ボケェ!」
シュタイン王をハリセンで叩いた。謁見の間に響く乾いた音は、残響虚しく消えていく。
余韻を残すハリセンの手応えに、その場の沈黙は見合わないものだった。
「アイリーン。不敬罪で、ナツメヤクモを部屋に連行しろ!」
「はい! お父様!」
俺は嬉しそうに応えるエリーを見て、全てを悟った。
謁見の間を引きずられながら出るとき、すれ違ったシュタイン王がする悪い笑顔が眩しかった。
俺「はーいはいはい〜!」
シュタイン王「まいどでーす!」
俺&シュタイン王「僕達……」
――――
俺は目が覚めてげんなりした。
突然開いた扉から片手に台本を持った良い笑顔のシュタイン王が入ってきた。




