第104話 くすぶる火種
もう何度目になるのだろうか。この重厚で豪華絢爛な扉との出会いは。
エリーがその扉に手をかけた。
俺達を無音で招き入れる扉。
真っ直ぐ奥に伸びるレッドカーペットは、玉座への道先案内人を演じている。
俺達は案内人に従って、部屋に足を踏み入れた。
玉座に座るシュタイン王は、相変わらずの美丈夫だった。
部屋を彩る芸術品達の溜息が聞こえてきそうだ。
エリーを先頭に、メンバー全員がシュタイン王の前に並び、その場で膝をつく。
「シュタイン王。勅命を賜りました、多国間交渉の任を終えて只今戻りました」
恭しくエリーが報告を行う。
そして立ち上がり、エドワード大統領とフィリーナ公爵から預かった封書を差し出した。
シュタイン王は、二通の封書を鷹揚に受け取る。
エリーは元の位置まで戻り、再び膝をついて頭を垂れる。
受け取った封書を広げ、内容を確認していくシュタイン王。
表情が全く動かない為、考えている事を窺い知ることはできない。
シュタイン王は、全てに目を通し終えて俺達に向き直った。
「アイリーン近衛騎士団長、大儀であった。しかし一通足りないようだが?」
「陛下、ヴィド教会国家教皇は後日、直接答えをお持ちすると仰っていました」
エリーは顔を上げ、一言一句はっきりとした口調で答える。
「パウロが直接? 病状が良くなく、外遊などできないと聞いていたが……」
シュタイン王の眉間は、感情と連動したようかのに動いた。
「わたくし達がヴァリスを発つ前には、ベッドから起き上がることができるようにはなっていらっしゃいました」
「ふむ、それであれば動くことも可能やもしれぬな……。それとフィリーナは何か言ってはなかったか?」
何かを考えるようなシュタイン王の仕草には、威厳と風格がある。
「サンブリア公爵は、テオドール様をお願いするとだけ言われました」
エリーの言葉と共に、テオ君が下げている頭を少し上げて、再度それを垂れた。
「そうか、ならば封書の通りなのだろう。皆は大儀であった。処遇は追って連絡するとしよう。アイリーン近衛騎士団長は、後で余の部屋に来るように」
エリーは短く応えて、静かに立ち上がった。それに合わせて全員が同じ動作をする。
俺も立ち上がろうとするが、地面に片膝をつけていたことで足が痺れていた。
足に力が入らず前のめりになる。
そして前にいるエリーに抱きついてしまった。
「ひゃっ! にゃ、にゃくもっ!? まだここでするのは早いですよ!?」
エリーが驚きで身体が硬直しているのがわかる。言動はふにゃふにゃやけどな!
他のメンバーは、つかみどころのない俺の行動にポカーンとしている。
シュタイン王も一瞬、威厳が行方不明になっていたが、すぐに発見されたようだ。
「ウォッホン! ナツメヤクモ! ここは神聖な謁見の間なのだ。しかも余の目の前でアイリーンに抱きつくとは……。覚悟はできておるのだろうな!」
「シュタイン王。ナツメ様の対応は後ほどお部屋に伺った際、お話致します」
シュタイン王と同等の威厳と風格に満ちた美しい声。
それは、俺がしがみついたままのエリーから発せられたものだった。
シュタイン王の両眼に、柔らかさが生まれるような気がした。
「アイリーン近衛騎士団長、そなたの言い分は後で聞かせてもらおう。これにて謁見は終了する。テオドール殿の部屋はこちらで用意する。案内させるのでこの場に残るように」
シュタイン王は、重そうな装飾を苦にしない動作で、玉座から立ち上がり部屋から出ていった。
同じタイミングで、メイドが数人部屋に入ってくる。
俺達が帰るための案内と、テオ君を部屋に案内する為なのだろう。
エリーとピリスはその場に残り、テオ君はメイドに案内され部屋から出ていく。
俺達もメイドに促され謁見の間を後にした。
約二週間に及んだ初めて受けた指名依頼は無事に完了したのだった。
☆
謁見からしばらく経ったシュタイン王の部屋。
時間を調整したシュタイン王と愛娘であるアイリーンが、テーブルの隣にあるソファに腰を降ろしている。
テーブルの上にはカップが二つあり、芳ばしくも甘い香りが立ち上っている。
二人の間には、先程の謁見の間でみた威厳や風格などはそこにはない。
一般的な父娘の雰囲気が漂っている。
「アイリーン、ナツメヤクモの件なのだが、どういうつもりなんだ?」
シュタイン王は娘の意向が気になり、柔らかい口調で尋ねた。
「お父様、わたくしはあの方と結婚致します。それが先程言われた責任を取ることにもつながります」
アイリーンは軽く微笑みをたたえて、カップを口に運ぶ。
「結婚か……。お前の意思が曲がらないのは知っている。それを曲げようとも思わない。だが彼は地位もなければ、財産もない。諸侯が納得するとは思えん」
「お父様はそれを与えることが出来る立場なのですから、そこは問題ではないのでしょう?」
アイリーンは相変わらず微笑をたたえたままだ。時折口元に指を添える仕草が様になっている。
「そうだ、な。やはり変わらんか……。まぁ俺も、お前に相応しい男なのかを見る為に、交渉を任せたのだがな」
シュタイン王もカップを手に取り、香りを楽しんだ。
「お父様、わたくしを呼んだ理由は他にもあるのでしょう?」
アイリーンは騎士団長の目になって、シュタイン王へ確認する。
「そうだな、お前の惚気話は今度聞かせてもらうとして、これを見てもらいたい」
そう言ったシュタイン王は、一枚の封書をテーブルに広げた。
それは、フィリーナ公爵がしたためた封書だった。
『シュタイン王、これを貴方が見ている頃、あたくしはこの世にいないでしょう。テオドールをよろしくお願いします』
書かれた文字はフィリーナ公爵が好む芸術性は皆無だった。
乱れた文字は、整然とした王室のバランスを崩し、小さな綻びをつくる。
アイリーンは、底知れぬ不安を感じるのだった。
シュタイン王「アイリーン、ナツメの何処が良いんだ?」
アイリーンは目を輝かせ語りだした。
口から紡がれる、夜空に輝く星の数ほどのエピソード達。
シュタイン王(まずった!)




