第99話 シュタインズフォート攻城戦 遅れてきた音楽家 後編
十頭の馬が引かれてきて、それぞれが馬を選んでいく。
アイリーンはその中でも、真っ白な馬を選んでいた。鞍に跨り馬首を撫でている。
「この子はピリスの愛馬なのです。よく生きていてくれたのですね」
白馬も撫でられるのを、喜んでいるように見える。
他のメンバーは、思い思いの馬を選んでいた。アンナも栗毛の馬を選び、鞍に跨がる。
ヤクモも覚束ない動きで、何とかアンナの後ろに跨った。
準備ができた十頭の馬と十一人は、シュタインズフォートに向かい動き出した。
「弟君! しっかり掴まっていないとダメだよ?」
アンナは嬉しそうに声を弾ませながら、ヤクモに注意していた。
前進する九頭の馬は、だだ広い草原を横切っているだけだ。障害物もなければ阻害物もない。
しかし、ヤクモとアンナを乗せた馬は絶賛蛇行中だった。
あっちにふらふら、こっちにふらふら。
その都度、ヤクモは安定せずに落ちそうになる。
そんな時、アンナの腰に抱きついて、何とか危険を回避していた。
「あんっ! 弟君! そんなに強く抱きしめないで……」
しないで、と言っているが、声は非常に喜んでいる。
アンナの確定犯具合に、アイリーンとアルティアは機嫌が徐々に悪くなっていく。
二人は既にジト目だ。この上ない程のジト目だ。
その後に続くメンバーは、一人を除いて全員が生暖かい表情になっていた。
「そうか、アンナはナツメの事が……」
ルシフェルは星が彩る空を見上げた。望みを叶える流れ星は現れることはなかった。
吹き抜ける風に冷たさを感じながら、ルシフェルは目を閉じた。
十一人は、魔法が届かないギリギリの場所。草原の中央付近に到着し馬から降りる。
相手は爆炎魔法を自在に操る。馬で一気に近づくのは悪手だと言えた。
爆炎で馬を驚かされて、落馬させられると動けなくなるからだ。
「まずは砦に近づかないといけない。お姉ちゃん、シルフの護りで爆炎魔法を防いでくれる?」
ヤクモは、アンナの精霊術で爆炎魔法を防御しようと、考えていた。
アンナはその質問に頷いて答えた。
ヤクモと視線が交わると、恥ずかしそうにしている。
ヤクモも恥ずかしい感情を抑えながら、アンナの返事を確認した。
そして、ヴァイオリンを取り出し演奏を始める。
演奏効果の範囲は、アライアンスに設定しているようだ。
ヤクモが、ヴァイオリンの弓を引いて、演奏が始まる。
バッハの無伴奏ヴァイオリンソナタ一番、プレスト。
アンナはその曲を受け、身体が音楽に包み込まれ、感情が湧き上がる。
―― 弟君っ! この力は一体なんなのっ!?
アンナは、ヤクモから初めて受ける恩恵に、戸惑いを隠せない。
身体中にみなぎるマナは、こんこんと湧き出る泉のように溢れんばかりだ。
精霊術のスキルが、今までにない高みに到達しているのを感じる。
―― これなら、もしかしてできるかもしれない。
アンナは暴力的な能力向上を意識しながら、精霊術士が持つ最大の秘術を行う決意をする。
それは精霊王の召喚。
「風の精霊王ガルーダよ、我が声に応え、現にその姿をあらわしなさい!」
アンナは、魔法を行使するような詠唱を行った。
アンナの頭上に縦横無尽の突風が起こり、それが蚕の繭を思わせる結界を創った。
そこにマナが集約されていき、風でできた繭が肥大化していく。
それが、直径で十五メートル程になった時、風が緩やかに変化する。
風により紡がれていた繭が、風が緩やかになることで綻んでくる。
繭が姿を消した後に、十メートル程の影が残っていた。
「我はガルーダ、風を統べる者。我を喚ぶのはお前か、小娘?」
耳朶を揺さぶるのは、声なのか風なのか分からない不思議な感覚。
ガルーダの問いに対して、反応をできた者はいなかった。
「再度問おう。我を喚ぶのは、そこにいる小娘か?」
影からは同じ問いが繰り返された。
アンナは、召喚しただけあって、二回目の問いで切り返す事ができた。
「そうです、私が貴方を喚びました! 風の王ガルーダ、貴方に命令しま――」
アンナが言い終わる前に、ガルーダがアンナに近づいてきた。
露わになるガルーダの全容に、全員がドン引きした。
鷲の顔と翼、霊長類の身体、蛇の尾……。普通に異形の化け物だ。
アンナの足は、生まれ落ちたばかりの子鹿のように震える。
「あ、あなたに命令させて頂いても良いでしょうか?」
召喚した人間が、何故か下からお願いして、疑問形で締める。
アンナがモブなら完璧だった。
「小娘よ。精霊の血を引くならば、我を怯えるでない」
ガルーダはアンナに向かって、驚くべき言葉を投げかけた。
ヤクモを除く全員が顔を見合わせる。
「アンナが精霊の血を引いているですって!? アンナ! どういう事か教えるのです!」
「精霊の血族ですか。アンナは神に近かったのですね……。ですが、わたくしも負ける訳にはいきません」
「まあ、ありえない美人だからな。それもありなのかもな!」
「アンナ、もう僕では追いかけられない場所にいるんだ……。なんて日だっ!」
思い思いのコメントがパーティーから起こる。
当のアンナもそんな事は知るはずもなく……。
「えっと、ガルーダ。私に精霊の血が流れているってどういう事?」
アイリーンがアンナにした質問を、ガルーダに聞くアンナ。
口調は普段通りに戻ってしまっている。
「今、知ることでもなかろう。小娘、我を何故呼び出した」
ガルーダは質問には答えず、鋭い視線をアンナに向けたまま微動だにしない。
「精霊王の召喚ができそうだったからかな? ガルーダ一緒に戦ってね」
軽いアンナの答えに、ガルーダは重い声色を返す。
「了解した、小娘よ」
ガルーダはアンナに跪いた。精霊界で召喚者と精霊の序列は絶対だ。
パーティーは十メートルの珍獣を従え、シュタインズフォートに向かって歩き出す。
そして、魔法が届く場所に来た時、テオドールが一つの提案をした。
「この場所からだと、砦に魔法が届きます。一度、帝国を驚かせませんか?」
それに乗っかるようにクリストフが、横に並ぶ。
「テオドール様、ワタシもそれに賛成ですう。魔法を放って驚かせましょうよお」
ヤクモは演奏に集中している為、この場はアイリーンが判断する。
「この場所から、そんな事ができるのですか? できるのであれば、是非お願いします」
答えたアイリーンは騎士であるため、魔法がどこまでの射程を持っているのかを熟知していない。
テオドールとクリストフは、マナを練り始める。
テオドールは、無詠唱で魔法を放つことができるスキルを持っている。
しかし、魔法を発動する為には、マナを構築しないといけない。
それを考えれば、無詠唱と魔法使用というのは、相反する要素を解決する必要がある。
それでも、詠唱する時間を短縮できるのは、魔術師にとっては大きなアドバンテージだ。
テオドールは、マナを練り始めて異変に気がついた。
湧き上がってくるマナは、放っておくと溢れてしまいそうだ。
魔法スキルも高度化されているようだ。
テオドールは指先に体中のマナを集約。具現化した魔法は小さな燃え盛る炎。
「おぉっ、テオドール様も爆炎魔法を使えるのですねえ。まさか天才ですかあ?」
クリストフは間延びした口調に反して、驚きの表情を隠さない。
「まさか僕が天才なんてありえないですよ。全て彼のおかげです」
指先で爆炎魔法の火種を弄びながら、演奏しているヤクモを見るテオドール。
その目には、感謝の色が見え隠れしている。
それを横目にクリストフも、魔法を構築していった。
「火を纏いし珠よ、我の意思に応えよ!」
手のひらを上に向けて詠唱を完了させる。手のひらの上に火種が出来上がり、球の形を成してゆく。
暫くして成長がとまる火球。その大きさは、人の頭部を一回り大きくしたものにまでなっていた。
「ワタシのスキルでこの火球はおかしいですねえ。ヤクモの支援が更に強くなったのですかねえ」
クリストフはそう言いながら、火球を押し出すように、勢いよく手を前に突き出した。
その動作に合わせて、火球はボールを投げる速さで砦に向かっていく。
「それでは僕も」
テオドールが指先を砦に向けると、火種は緩やかに飛んでいった。
二つの形が違う炎の塊は、平原の闇を切り裂き、砦に食らいついた。
一つ目は、壁に着弾して轟々と燃え盛る。
二つ目は、砦の離れに着弾して風穴をあけた。そこから火柱が噴き上がっている。
帝国軍はこの時、この魔法が反撃の狼煙となり、砦が陥落するとは夢にも思っていなかった。
☆
―― ヤクモ視点
俺は砦に来たときからの事を思い返したが、お姉ちゃんの言った「あんな事」を思い出せなかった。
砦に攻め込む話になった後、俺の行動は必死に演奏をしていただけだ。
歩きながらの演奏の為、時々目を開けて状況だけは確認していたけど。
「お姉ちゃん、俺は何もしていないと思うんだけど……」
俺は思い当たる節がないので、申し訳なさそうにしてしまう。
俺の方を向いていたお姉ちゃんは、力が抜けたようにため息を吐いた。
「そうよね、弟君は演奏していただけなんだよね。ねえ、弟君は凄い能力を持っている事を知っているの?」
真顔で俺をベタ褒めしてくるお姉ちゃん。最初ギルドで君はダメな人間だよっ、て言われたような。
「えっと、俺がモブなのはお姉ちゃんも知っているよね。確かに演奏をすると、みんなの能力が上がっているけど……」
「待って弟君、モブの意味が分からないんだけど。それより――」
お姉ちゃんが話している最中で、扉が勢いよく開きティアが出てくる。
「ヤクモっ! 急いで来てくださいっ! ピリス様の状態が良くありませんっ!」
ティアの状態も良くなかった。ティアが、ここまで取り乱している姿は見たことがない。
俺は促されるまま部屋に入った。そして奥のベッドにいるピリス団長を見て驚いた。
性欲に我を忘れた女性の姿。
全てを分かりあった相手にしか見せてはいけない姿を晒しているピリス団長がいた。
テオドールの指先から炎の蛇が舞う火球が迸る。
それに抗うかのように、棍棒を大きく振り回すジュリアス。
棍棒と火球が激しく衝突する。そして根負けした火球が弾かれてバックスクリーンに消えた。
悔しそうに膝をつくテオドールを尻目に、ガッツポーズで走るジュリアス。
アンナが手に持っている看板には、ホームランと書かれていたのだった。




