第98話 シュタインズフォート攻城戦 遅れてきた音楽家 中編
月明かりが照らすルシフェルの表情は歪んでいた。
今にも男泣きを見せそうに、瞳は潤んでいる。
「ナツメ、ナツメなのか? 僕に手を貸してくれないか……」
ルシフェルがヤクモに向けた視線は、冒険者ギルドで見た軽薄なものではなくなっていた。
悔しそうな、悲しそうな表情は、心にかかえている影を抱えている事を物語っている。
「ルシフェル、一体、何があったのか教えてくれないか?」
ヤクモは腰を落とし、ルシフェルの視線に高さを合わす。
ルシフェルの表情が硬くなり、消え入りそうな声で起こった事を紡ぎだした。
冒険者ギルドで研修を受けた、仲良しパーティーのリーダーと陽動作戦を行った事。
そのパーティリーダーは、孤立していた自分に手を差し伸べてくれた事。
自分が爆炎魔法に巻き込まれそうになった時、命を呈して救ってくれた事。
恩人の仇は、かつての故郷を滅ぼした同一人物であった事。
勇者である自分は単騎で砦に乗り込んだが、全く帝国兵に歯が立たず捕らえられた事。
全く何もできなかった事に、感情の堰が壊れたのか、今まで心に仕舞ってきた思いを吐き出していく。
勇者という職業を背負い、大きな期待を常に受け続けてきた事。
職業のアドバンテージで鼻が高くなり、甘いルックスが増長に拍車をかけてしてしまっていた事。
それにより全てを失った事。
ジャックスと出会い、心の拠り所になった人物は、自分を救うため命を落とした事。
その仇を討とうしても、力量不足で何も出来ずに捕らえられてしまった事。
ルシフェルは全てを言い終わると、顔を地面に伏せて慟哭しだした。
色々な負の感情が、葛藤を繰り返しているのだろう。
ヤクモは、ルシフェルをそのままにして立ち上がり、仲間達の元に近づく。
「シュタインズフォートを奪還しようと思うんだけど、皆の意見を聞きたい」
ヤクモの決意に満ちた問いに対して、時間をおいても反対意見はでない。
ヤクモは頷くと副団長に向かって指示をだす。
「副団長、馬を早急に九頭用意して下さい。その準備ができ次第出発します」
副団長はそれを聞くと、アイリーンの方を向いた。
この場での指揮権は、王女であるアイリーンにある。
それを飛ばしてどこぞの馬の骨が、指示を出しているのだ。
「副団長、ヤクモの指示を実行しなさい。出来るだけ急ぐのです!」
副団長は敬礼して、兵士達に指示を出し始める。それを聞いた兵士達も走っていった。
「馬が十頭ということは、あの方は置いていくのですか?」
アイリーンがヤクモに近づいて、慟哭を続けているルシフェルに向いた。
「エリー、ルシフェルは嫌がっても連れて行くよ。俺がね……」
ヤクモが頭をかきつつ、照れた素振りを見せた。
それにいち早く反応を示すアルティア。
「そう言えば、ヤクモは馬に乗れないのでしたね! エリーを助けた時も、ピリス様の後ろに乗せてもらっていましたから!」
「うぐぅっ!」
ヤクモは、それを聞いて胸を押さえてうずくまった。ダメージを受けているようだ。
それを聞いたアイリーンの表情は、穏やかではなかった。
ピリスに抱きつくヤクモの図を思い浮かべているのだろう。
「ヤクモ! 今回はわたくしの後ろに乗って下さい。わたくしがピリスに遅れをとるなんて……」
ピリスは冤罪を被っていた。
「エリー、弟君を独占できるなんて思わないでね!」
アイリーンの独断に待ったをかける命知らずがいた。風を操る精霊術士のアンナだ。
「待ってください、ヤクモはわたくしの後ろが良いと言っています」
うずくまっているヤクモに代わって、神託の如く話す聖女。
ここに何度目とも分からない、にゃあにゃあ大戦が勃発した。
メンバーはまたか、という表情をして、周りにいる王国軍兵士は王女の行動に焦り、遠目に見ている冒険者達は、囃し立てていた。
必死の思いで十頭の馬を用意した副団長は、その光景を見て思わず手綱を手離した。
「俺、帰ったら絶対に転職するんだ……」
副団長の呟きは、大きくなる喧騒に抗う事はできなかった。
喧騒も落ち着き、ルシフェルも顔を上げ出発の準備が整った。
結局、ヤクモはアンナの後ろに乗せてもらう事になった。
ヤクモが我に返ったとき、にゃあにゃあ大戦は佳境を迎えていた。
そこでヤクモの一声が入り採用される。その方法はコイントス。
勝敗は驚くほど早く決まった。
ヤクモがコインをトスした瞬間、アイリーンとアルティアが表、アンナが裏を選択。
キャッチしたコインを確認すると、裏を指し示していた。
この時、アンナは胸を張って高らかに勝利を謳歌し、アイリーンとアルティアは胸を押さえて悲鳴を上げて崩れた。
ヤクモはコインを構え、上空に弾いた。
アルティア&アイリーン「表よっ!」
アンナは少し口角を上げ、風よ、と小さく呟く。
アンナ「裏」
ヤクモの手の中には、裏返ったコインが収まっていた。




