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第95話 シュタインズフォート攻城戦 この柔らかな感覚はっ?!

 俺とエリーは手分けをして、ピリス団長を探すことにした。


 俺は四階と三階、エリーは二階と一階だ。


 足が速いエリーが上階に行けば効率は良いかもしれないが、俺の信条はレディファーストだ。

 少し厄介な事は俺が引き受けるべきなのだあ! 


 しかし、四階という頂きは、音楽家の俺には険しい道のりだった。


 間違った選択をしてしまったと後悔の念が生じる。やはり物事は適材適所で行うべきなのだ。

 息を切らしながら到着した四階。


 猫の子一匹いない空間は静寂に拍車をかける。表の窓から見える景色も暗くなっていた。


 階段を登りきったホール上の広場から、廊下が左右に伸びている。

 奥には左右共に五枚のドアが見えた。一フロアあたり、十部屋あるのかもしれない。


 俺は左に曲がり、最初の部屋から扉の取手を押さえる。鍵は掛かっていないようだ。

 緊張しながら扉を開ける。しかし、部屋には家具があるくらいで特に目につくものはなかった。


 俺はどこぞの勇者や冒険者のように、家具を漁るような真似はせず扉を静かに閉める。

 その後、五つの部屋を確認したが、全てもぬけの殻で猫の子一匹いなかった。


 次に階段のホールを超え、逆の通路を攻めてみる。


 最初に出てきた扉は、今までの物とは格が違った。


 絶対ここやん? ここしか考えられへんやん?


 俺は確信に似た感情を、心の中で繰り返した。

 扉の取手に、音がしないように静かに手をかけて押さえる。


 他の扉と同じく、鍵がかかっている気配は感じない。

 俺は、とあるバラエティー番組の司会が正解部屋に入るような具合で、慎重に扉を開けた。


 部屋の中を見渡す。右手に食器棚があり、少し奥にテーブルが見える。

 そして、部屋の一番奥をみ――ようとした俺の視線は一箇所にロックオンしてしまった。


 ベッドの上で横たわる赤毛の女性。一目でピリス団長だと分かる容姿。

 何故かお召し物が見当たらない。


 俺は、その場から逃げ出したい衝動に駆られる。


 エリーを呼びに行く為だからね。決して本当に逃げるわけではないからね。


「あぁっ」

 俺の感情を踏みにじるかのように、声にならない悲鳴が耳に入る。


 ピリス団長の体に、何か異変が起きている可能性がある。 


 俺は、ええい! ままよ!、と心の中で叫んで上着をキャストオフ!


 ベッドまでの距離感を把握して目を瞑る。チキンの俺には直視できそうもない。


 しかし、モブはモブ以上でも以下でも無かった。モブ イズ モブは真理なのだろう。


 距離感を間違えた俺は、盛大にベッドでつまずいてしまう。

 ピリス団長に着せようと脱いだ上着が、無情にも宙を舞った。


 俺は、新雪に包まれたような感触を全身に受ける。


 それは、お巡りさん事案発生のお知らせ。


 俺は、ピリス団長にセクハラで訴えられて、拘束される未来を簡単に想像できた。

 しかし、これ以上の罪を重ねる訳にはいかない。


 俺は起き上がって謝ろうと、右手に力を入れ――ようとした時、手のひらにマシュマロが触れる。


 子猫が甘えるような声で、妖艶に喘ぐピリス団長。

 俺はその反応に違和感を覚え、ピリス団長の顔をみた。


 その顔は浮かされた表情で、赤く染まっている。荒い呼吸は何を求めているのだろうか。

 普段の騎士団長然とした凛々しい姿は、微塵も見当たらない。


 劣情。そういう言葉が、今のピリス団長にはパズルのピースみたいにしっくりとくる。



「ヤクモっ! 貴方は何をしているのですかっ!?」


 その言葉は、突然、背後から投げ槍の如く飛んできた。そして言葉の槍に串刺しになる俺。

 俺は今、上半身裸でベッドのピリス団長に抱きついている。


「エリー、弁護士の準備をしてもらいたい。それまでは黙秘を行使する」

 俺は考えられる最善の提案を行った。


 しかし、近づいてきたエリーに、首根っこを掴まれて直立させられる。


「ヤクモ、よく分からないことを言わないでください。もし触りたいのでしたら、わたくしにいつでも言って下されば準備できますから」

 エリーは冗談とも本気とも取れる口調で、小さく洩らした。その表情には恥じらいがある。


「エリー、俺が脱いだ上着をピリス団長に着せてもらえないかな。信じて貰えないかも知れないけど、俺が着せようとして、直視できなくてつまづいて転けてしまったんだ」

 俺は頬を掻きながら、恥ずかしげに少しうつむいた。


「くすくす、わたくしがヤクモを疑うなんて考えられません。これからふう――ごほん、えと、そうです、風評を良くするには、疑うなんていけませんからね?」

 珍しくエリーの歯切れは悪かった。しかし、次の瞬間には厳しい表情になっていた。


「ピリスの容態が異常と思えます。わたくしは繋がれているロープを解きますので、ヤクモはティアを呼んできていただけませんか?」

 エリーの危惧に俺は頷いて、部屋を後にした。


 このままピリス団長を放置すると、取り返しがつかなくなる恐れがある。


 駆け下りる階段は来た時より長く感じた。


 外に目を向けると、闇は更に深さを増したような気がした。


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