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第94話 シュタインズフォート攻城戦 音楽家の無双 後編

「ブシュ?」


 アシュケルは今、目の前で何が起こったのか分からなかった。


 確かに五本の指先に構築した爆炎魔法は放ったはずだ。同時に五つの爆音が轟きもした。


 しかし、視界に広がるのは変化のない光景。

 アシュケルは、狐につままれた気分になったが、即座に爆炎魔法を再構築する。


「ブシュシュ、今日はよく分からないことが起こりますねぇ。あなた達へ最初に放った爆炎魔法は消される、そして今もまた同じ事が起こる。不思議ですねぇ……、 気高き炎よ、柱となりて、仇を滅ぼさん!」


 詠唱を終えたアシュケルの指先に、小さな炎が浮かんだ。


「どうして魔法が消えたのかも分からないなんて、貴方は本当にあの爆炎なのですか?」


 ため息を付きながら前に出る、金髪の病弱ロン毛な優男。

 六英雄である大魔術師、サンドリアの血を引くテオドールだ。


 テオドールは両手の指先に火矢の魔法を準備していた。


 テオドールは片腕を前に突き出す。そして放たれた五本の火矢はアシュケルに向かっていった。

 それぞれの火矢は、アシュケルの爆炎魔法を穿ち、霧散させる。


 魔法の消滅により起こる五つの轟音。それは魔法の断末魔だ。


 魔法を消滅させられたアシュケルは、茫然自失で自分の手を眺めていた。


「戦いの最中に、余所見をする余裕があるなんて流石は爆炎ですね。ですが、その余裕は戦いが終わってから見せるべきでしたね」


 そう言って、テオドールはもう片方の手を突き出した。

 そこから放たれる五本の火矢。


 放心状態のアシュケルには、高速で接近する火矢に対抗する術は無かった。

 五本の矢は、アシュケルの両腕、両脚、右肩に突き刺さる。


「ぶしゅううううあああああああっ! 痛いいいぃぃぃぃっ!」


 悲鳴を上げて両膝を地面につくアシュケル。しかしアシュケルの厄災はこれで終わらない。

 魔法で構築された矢は消えたが、衣服に火がつき、アシュケルは炎に包まれた。


「熱いいいいいいいいぃぃぃっ! 痛いいいいいいぃぃぃぃっ!」


 痛みと熱さで悶えながら、地面を転がるアシュケル。

 そこがグラウンドなら、凄い勢いでならされていただろう。


 そんな悶え苦しむアシュケルに、疾風のように近づく影。

 アシュケルは、その影に当たり悶えていた動きがとまった。


 そして、その影はアシュケルに何かを突き立てる。

 それは一本の剣。その剣は、アシュケルのふくらはぎを貫通していた。


 アシュケルの喉が潰れるような絶叫が響き渡る。


「お前がしてきた事が、こんな簡単に償えると思っていないだろうな! 僕達の故郷、シルフの村やジャックスが受けた苦しみはこれしきでは拭えないんだ!」


 ルシフェルは憤怒の感情で叫んだ。そしてアシュケルのもう一方のふくらはぎに剣を突き立てる。


 再び起こる絶叫。


 しかし、その絶叫に割り込む冷え冷えとした声があった。


「ねえ、ルシフェル。今の話は本当なの? その男が私達の故郷や大切な人達を奪ったの?」


 少し下を向きながらアンナはルシフェルに言葉を放つ。

 俯き気味の顔から、その表情をうかがい知ることはできない。


 ルシフェルは、そんなアンナに戦慄を覚えながら頷いた。


「そう……、貴方が私の大切な全てを奪った張本人なのね……。私は"あの日"を忘れた事はないの……。これで全て終わるのかな? 風の王、ガルーダよ、あの男を端から削りなさい」


 全員が驚きの表情でアンナを見た。普段のアンナからは考えられない言葉。


「了解した、小娘」


 風の王はそう言うと四つ、風の球を形成した。その球の中で風が吹き荒れている。


 風の王は、その球をアシュケルへ放つ。風の球は意思がある如く動き、アシュケルに近づいていく。


 その内の一つが経路上にあったルシフェルが突き立てた剣の柄に触れた。

 柄の部分は激しく擦れる音と共に摩耗していき、削れて無くなってしまった。


 ちなみにルシフェルは、アンナの不穏な発言に危険を感じて、少し離れた場所にいる。


 風の球はアシュケルの四肢を前に停止した。

 アシュケルは恐怖で奥歯が上手く噛み合っていない。股間からは温泉も湧き出ている。


 風の球は無慈悲にも再び動きをみせた。

 人の体の削れる音と人の悲鳴は、不協和音のみで構成された不快な協奏曲だった。


 

 アシュケルの四肢が無くなった時、風の球が突如として消滅した。

 理由は風の王が消滅したからだった。


 それを召喚したアンナも、理由がわからなさそうな表情をしている。


 その時、アンナは温かさに包み込まれる。


「お姉ちゃん、やり過ぎだよ。何があったのか教えてよ」


 アンナを後ろから抱きしめる人物。それは演奏を終えたヤクモだった。


        ☆


ーーヤクモ視点


 俺が演奏をしていると、今までで知らないような不快な音が聞こえてきた。


 演奏を止めて音のする方向を見る。


 その瞬間、俺は吐きそうになる。人間が生きたまま削られているのだ。


 俺が演奏を止めたことで、削っていた球とガルーダは姿を消した。


 俺は、ガルーダと人を削っていた球が同時に消えた事で、お姉ちゃんがそれを実行させていたと結論付ける。


 俺は、お姉ちゃんの注意をひくため、後ろから抱きしめて諭した。


「お姉ちゃん、やり過ぎだよ。何があったのか教えてよ 」


 俺の腕に力なく手を添えるお姉ちゃん。

 少し考えた後、俯きながら声を絞り出した。


「あの魔術師は故郷のシルフの村の、お父さんとお母さんの、そして弟の仇なの。私は十年前の"あの日"を忘れる事ができないの。私の心は"あの日"から進むことができないのよ!」


 お姉ちゃんは、感情を抑えきれないように叫ぶ。こんなお姉ちゃんは見たことがない。


「お姉ちゃん、人を赦すのも人なんだ。負の感情は悪循環にしかならないんだ。俺がお姉ちゃんの支えになれるのならできる事をするよ。だからーー」


 俺はお姉ちゃんをより強く抱く。


「過去は振り返らず、前を向いてよ!」


 お姉ちゃんの体が震えるのがわかった。


「まえ、を向く?」


 俯いていたお姉ちゃんは顔を上げた。そしてその言葉を反芻する。

 俺の腕に手を添えながら、お姉ちゃんは考える仕草で何度も頷いていた。

 自分自身に納得をさせるように。


「そうね、この気持ち悪い魔術師を手にかけても、私の心は晴れないと思う。それより――」


 お姉ちゃんの俺に添える手に力が入る。


「弟君が私の事をそんなに想っていたなんて……私の支え、と言うことは一緒になると言う事よね? きゃっ! それならそうと早く言ってくれればいいのに! 弟君は照れ屋さんなんだから!」


 徐々に声が大きくなっていくお姉ちゃん。

 みんなの視線が痛いです。


 俺は危険な雰囲気を察知して、戦略的撤退を選択する。


「ティア! その危篤状態の人に回復魔法をかけておいて! 俺はピリス団長を探しに行ってくる!」


 額に手を当て敬礼して走り出した俺は、最速でトップまでギアをいれた。

 全員が唖然とした顔をしているが、それは俺が余りに速いスピードで走っているからだろう。


「ヤクモ、わたくしも参ります! ピリス、どうか無事でいてください」


 エリーはあっさりと俺のトップスピードに追いついた。


 く、悔しくなんてないんだからっ!

 


ティアは回復魔法を唱えた。

ティアは回復魔法を唱えた。

ティア「わたくしでもこの傷は治せない!」

アシュケル「地顔でんがな」

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