第92話 シュタインズフォート攻城戦 音楽家の無双 前編
ベッドの上にいるピリスの抵抗は、凄まじいの一言だった。
両手、両足がロープで拘束されているにも関わらず、体が動かせる部分をできるだけ使った。
手足のロープで縛られている箇所が変色するほど、力を入れて抵抗をする。
ピリスは、動くの止めた時、死ぬより辛い事が起こると確信していた。
アシュケルは、歪んだ笑みのままピリスの顔がある付近へ移動した。
「ブシュシュ、美しい、実に美しいですねぇ。ブフュフュ」
そう言いながら、片手でピリスの美しい双丘に手を伸ばす。
ピリスは精一杯、体を動かして避けようとするが、この状態では無理な話だ。
触れられた不快感で、体が硬直し小さく悲鳴が漏れてしまう。
「ひっ……!」
「ブシュシュ、余り無理しないで下さいねぇ、傷のついた身体だと、私が冷めてしまいますからねぇ。ブフュフュ」
双丘に触れていた手を、そのままピリスの頬に移動させ、強く掴む。
ピリスはその手を振りほどく事が出来ず、強制的に口を開けさせられた。
アシュケルは、もう片方の手で懐から小瓶を取り出し、封を噛んで開栓する。
ピリスはその小瓶を見た。そして直感が警鐘を鳴らす。
(これは絶対に飲んではいけないものだわ)
しかし、アシュケルに頬を掴まれ、身動きもとれない。
アシュケルは小瓶をピリスの口に近づけた。
ピリスは顔を動かそうとするが、頬を掴まれて動けなかった。
そして、小瓶の液体を口に流し込まれ、手で鼻腔を押さえられる。
ピリスは口呼吸しかできなくなり、仰向きになっている為、その液体を飲み込むしかなかった。
「あ……」
思わず洩れる失意の念。
それを嘲笑うかのように、アシュケルは醜い笑顔を絶やさない。
「ブシュシュ、良い子ですねぇ。三十分くらいで効いてきますから、待ってくださいねぇ。ブフュフュ」
ピリスから離れていくアシュケル。
戸棚からアルコールらしき物を取り出して、グラスに注ぐ。
ピリスは、その光景を現実ではないような表情で見ていた。
ピリスの身体に変化が訪れたのは、二十分くらい経った時だった。
今までにない違和感を下腹部付近から感じる。
全身に倦怠感が起こり、喉が渇く。それでいて身体から水分が出ていく。
ピリスは自身の変化に気を取られ、アシュケルが近づいてきていた事を気付けなかった。
「ブシュシュ、頃合いですねぇ。ブフュフュ」
アシュケルは、再び懐からからナイフを取り出した。
そして、ピリスのズボンに刃を当てる。
「やめてええええええぇぇぇぇぇぇっ!」
ピリスは叫びながら、体を動かして抵抗を試みるが、効果は得られなかった。
アシュケルのナイフが、スボンを切り刻んだとき異変が起きる。
表から爆発音が聞こえ、その後に悲鳴が起こった。
アシュケルはナイフを止めて扉に向かう。
扉に手をかけて廊下に出ようとした時、建物が崩れるような破壊音。
それに続いて、シュタインズフォート全体が大きく揺れた。
アシュケルは、慌ただしい動きの兵士を一人捕まえて問いただす。
「ブシュシュ、どうしたのですかねぇ? これからいいところだったのですけどねぇ」
兵士はアシュケルを確認すると、敬礼して答えた。
「アシュケル様! 申し訳ございません! 詳細は確認できていないのですが、王国軍から魔法での奇襲を受けたと思われます!」
「ブシュシュ、王国軍は停戦を申し込んで裏切るのですねぇ。本当に……」
アシュケルは歪んだ笑みはを消し、怒りの表情へと変化する。
「許しませんよぉ! ブシュシュッ! 気高き炎よ、柱となりて、仇を滅ぼさん!」
アシュケルの指先に、五つの小さな炎が現れる。
そして、肉眼で確認できた標的向かって、爆炎魔法を五発放った。
☆
「ナツメ! あの火矢みたいなものが爆炎魔法の種火だ! あれが着弾すると火柱に変わるんだ」
ルシフェルは、空中を飛んでくる矢みたいなものを、指差して叫んでいる。
ヤクモは既に演奏をしていて見ることはできないが、仲間達が対応してくれるのだろう。
演奏のみに集中している。
「私に任せてね、ルシフェル。風の王、ガルーダよ! あの魔法を消してしまって!」
アンナの背後にいる、高さ十メートルくらいの鷲の顔と翼、霊長類の身体、蛇の尾を持つ何かに話しかけた。
「了解した、小娘よ」
そう言ってガルーダは片手を凪いだ。その瞬間、爆炎魔法の種火は消えてしまった。
「帝国も大したことないんですね、僕が本当の爆炎魔法を見せてあげましょう」
テオドールは、瞬時に両手の指先に十の火種を形成する。
それを前方に突き出すと高速で火矢がシュタインズフォートに飛来、着弾した。
砦に、大砲で攻撃されたような穴が穿ち、そこから炎が噴出している。
帝国兵は、その衝撃で幾人かが砦から落下している。
クリストフはその様子をみて、ため息をついた。
「テオドール様の魔法を見るとお、ワタシの魔法がお遊びにみえますねえ」
最初、砦を襲ったのがクリストフの火球、二回目がテオの爆炎魔法というわけだ。
「クリストフは速く撃てて、火球とは思えない威力だと思うんですけどね」
「無詠唱のテオドール様に速度を褒められてもお、ワタシはうれしくないですう」
「僕の場合は、血が魔術師に向いているだけなんですよ」
そう言ったテオドールは、指先に小さな小さな火種をつくり、砦に向かって放った。
アシュケルの爆炎魔法くらいの速度で飛んでいく火種。
それがシュタインズフォートの北側にある物見塔に直撃する。
刹那、着弾点を中心に直径十メートルの太陽が出来上がり、塔を崩落させる。
「テオドール様、これはフレアではないですかあ?」
「ヤクモって凄いですよね。僕だけではこういう事はできないですから」
テオドールは、眩しそうにヤクモを見る。
テオドールには、サンブリアを出るときの弱々しい雰囲気は、既になかった。
パーティーは前進を続け、シュタインズフォートの門をくぐったのだった。




