第90話 シュタインズフォート攻城戦 開戦
アシュケルは、攻めてくる王国軍の先頭にいる騎士に、目を奪われていた。
他の騎士達よりも前に出て走る、白馬に乗った女騎士。
遠目からでも、その凛とした美しさは伝わってくる。
「ブシュシュ、ハズレ任務と思っていましたが、大当たりではないですかぁ」
醜い顔に嗜虐的な表情が加わって、この世のものとは思えない。
その時、アシュケルに報告を持ってきた帝国兵が現れる。
帝国兵はアシュケルを見て、おぞましい、と思ったようだが口にしない。
代わりに報告を行った。
「アシュケル様、王国軍の兵士を一人捕らえました。今は牢屋に拘束しています」
アシュケルは、その報告を聞いているのかどうかも分からない、愉悦の表情をしたままだ。
帝国兵は、報告のタイミングを間違った事を、痛感しているようだ。
そして、おもむろにアシュケルが口を開いた。
「ブシュシュ、全兵士に通達、女騎士を捕獲しなさい。ブフュフュ」
「はっ! 直ちに。アシュケル様が孤立させてくださるのですか?」
「ブシュシュ、あんな上等な女が手に入るのですからねぇ、久しぶりに本気をだしますよ。ブフュフュ」
それを聞いた帝国兵は、恭しく敬礼をして、アシュケルから離れていく。
ーー アシュケルは"爆炎"の名前で通っているが、帝国内では違った名前で呼ばれることがある。
それは変態という二つ名。
大っぴらには言われることはないが、帝国の兵士達は裏でアシュケルをそう呼ぶ事がある。
アンネローゼなどは、お構いなしに言ったりするが……。
そう呼ばれている理由は、女性捕虜への行き過ぎた行為によるものだ。
捕らえられた捕虜は、アシュケルの部屋で息絶えるまで、行為を強要される。
十年前、シルフの村では、優しそうな金髪の美しい女性がその毒牙にかかった。
アシュケルの部屋から、表にまで聞こえてくる嬌声と悲鳴に、帝国兵までもが戦慄したものだ。
恐らくは身内を思っての声だったのだろう。その女性は、ルシフェル、と叫んでいた。
そして三日後、アシュケルは部屋から出てくるなり、満足そうな醜い表情で帝国兵に言った。
「ブシュシュ、その女はもう用無しだから、捨ててきてくださいねぇ」
部屋に入った帝国兵達は、その光景にあ然とした。
あんなに美しかった女性は、痩せこけてミイラのようになっていた。
アシュケルは、行為中に仲の良いリンバルから貰った薬を使用する。
薬のエキスパートであるリンバルが調合した媚薬。
使用者に強烈な効果を及ぼし、肉体的な大きな負荷を与える薬だ。
余りの快楽に体液が全て排出されて、後に残るのは搾りカスというわけだ。
☆
ピリスは先頭を駆けながら、頭上を確認していた。
すると、赤い一筋の矢の様なものが見えた。
「総員、頭上を確認! あの赤い矢のようなものが爆炎魔法の種火よ! 着弾場所を予測し回避しなさい!」
火矢の射線を考えると、着弾はピリスの少し後方になりそうだった。
ピリスは白馬を操り少し前に出る。
後ろから続く騎士団は、横に散開して躱そうとしていた。
直後、予測通りピリスの後方に火矢は着弾して、火柱が立ち上がる。被害は無いようだ。
続けざまにピリスの上部前方を火矢が走った。射線は同じくピリスの少し後方になるだろう。
ピリスは先程と同じ動きをして、火矢を後方へ逃がす。
「私の後方に着弾するわ! 各自散開しなさい!」
今度も着弾場所から横ずれて躱す王国軍。爆炎魔法は着弾して火柱が立ち上がった。
被害は全くない。
王国軍はピリスが先行して、騎士団は横に広がっている状況だ。
(先行してくれた冒険者が、爆炎魔法を見せてくれたから対策がとれる。貴方の死は無駄にはしないわ)
爆炎魔法の直撃を受け亡くなった冒険者が居なければ、こうも上手くはいってないだろう。
遂に砦の門が視界に入ってきた。
その時、頭上前方に火矢を象った魔法が確認できた。
ピリスは、それを見て笑みが浮かんできたようだ。
もう、爆炎魔法など怖くない、全て見切ったというような笑み。
前回と同じように前方に逃げて躱す。着弾場所は同じくピリスの後方と思われる。
ピリスの後ろの騎士団も、横に散開して躱そうとした。
そして、後方に火柱が上がる。
これで、アシュケルは暫く爆炎魔法が放てないはず。
ピリスは好機と判断して、騎士団に号令を出した。
「これより、全速にて砦内に突撃! 邪魔する者は切り捨てーー」
それは、ピリスが号令を言い終わる直前に起こった。
横に散開していた騎士団が、爆炎魔法の火柱に巻き込まれたのだ。
そして火柱は連続して五本立ち上がる。
一度目の爆炎魔法を躱すため横に動いていた騎士団は、かなり近い状態で駆けていた。
そこに爆炎魔法が五発直撃したことで、ピリスの後ろの騎士団はほぼ全滅していた。
それを見たピリスの背筋に冷たい汗が流れる。
しかし、戦場は待ってくれない。
同じ場所に更に五本の火柱が立ち上がる。それによって後続部隊も巻き込まれていた。
次々と後続部隊が爆炎魔法の餌食になっていく。
ピリスは先行しながら後方に注意が向くという、戦場ではあってはならない状態になっていた。
突然、ピリスは衝撃を受けて落馬してしまう。
帝国兵によるボーラを使った攻撃を受けたのだ。
ボーラは鉄球が鎖の両端についている武器で、主に投擲をして人を捕らえるのに使う。
ピリスは、落馬により全身を強く打った体に鞭をうち、喘ぎながら周りを見渡した。
一人だけ先行していたピリスは帝国軍に囲まれていた。
遥か後方では火柱が立ち上がっているのが見える。
ピリスは武器を地面に投げて、両手を上げる。
「私はシュタイン王国第一騎士団の長、そして、この軍の総指揮官ピリス・ヴァン・シュタインです。私が捕虜として投降しますので、停戦をして頂けませんか?」
それを受けた帝国兵は、アシュケルへ報告して許可された。
王国軍への伝達係として、捕らえられていたルシフェルが選ばれ解放された。
ピリスは、そのまま連行され砦の牢屋に入れられた。
王国軍の第一騎士団の被害は甚大で、三分のニが戦闘不能状態になっていた。
冒険者部隊は足で走っていた為、被害はなかった。
こうして、シュタインズフォート攻城戦は王国軍の大敗で幕を閉じた。
リンバル「これが新薬にーー」
アシュケル「ブシュシュ、よこせぇ!」
それを飲み干すアシュケル。
アシュケル「ぶっしゅうう! 漲ってきたあ!」
リンバル「いれた天然水……」




