ウィンドウショッピング編 その3
「い、妹の……」
一人くんに妹はいない。正真正銘の一人っ子である。でも、気がつくとそう答えていた。彼女というワードはあまりにも一人くんからかけ離れ過ぎていて、思い浮かびさえしなかった。
「あ、妹さん。年はお幾つですか?」
「は、はたち」
言ってから、仕舞ったと思った。二十歳なのは一人くん自身だった。でも、今更否定するのはおかしい。
「ぼ、僕の一つ下です」
代わりに余計なことを言ってしまって、一人くんは激しく後悔した。何で年齢を一つ上にサバ読みしてしまったのか。
一人くんにはよくこういう事がある。事実とは違うことをつい言葉にしてしまって、それを取り繕う為に嘘を重ねるということが。
会話をする時にあまりにも緊張し過ぎて思考力が低下してしまうのが原因であるが、一人くんはそんな自分自身を冷静に分析できてはいない。
相田紗智は、目の前で急速に意気消沈していく一人くんを見て、またしても声をかけたことに対する後悔の念を募らせた。何で妹の年齢を聞いただけでこんなに落ち込まれなくてはならないのか。
「一つ違いの妹さんなんですね。でも、妹の為に服をプレゼントなんて素敵です」
相田紗智が気を奮い立たせて言った一言に、一人くんは激しく動揺した。
自分は今、妹にプレゼントで服を買おうとしている。そんなの自分の柄じゃない。そもそも妹なんていない。
だが、もう後には引き返せない。
「妹の、誕生日プレゼントに」
「へえ、いいなぁ。私にも兄がいますが、誕生日プレゼントなんて貰ったことないです。素敵なお兄さんなんですね。羨ましい」
「日頃お世話になっているので」
妹に日頃お世話になっている兄って何だろう、と一人くんは思ったが、生まれてこのかた一人っ子の一人くんには想像することもできなかった。
「さっきのマネキンの着てる服、気になっていたみたいですが。あれ、凄い人気なんですよ。大人っぽいけどかわいくて、いいですよね」
正確に言うと、一人くんが興味を持ったのはマネキンの着ている服ではなく、マネキン自体だった。ショーウィンドウの中に一日中立ち尽くすマネキンは日々どんなことを考えて過ごしているのだろうと考えてずっと見ていたのだが、そんなこと言えるはずもない。
「妹に似合うかな、と思って」
さらに嘘を塗り重ねた。