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 八月一七日になって、指定した時間に朝食を運んできてくれた従業員のお姉さんが、私たちのぶんの朝食のトレーを置いた後、受け取ったおばさまや私に変なことを聞いた。


「お連れ様からなにか伝言などお伺いしていないでしょうか」


 昨日ずっと私は入れてもらえなかったし、向こうから訪ねてきたこともない。そもそも、すぐ閉められたせいで口をきいてない気がする。

 さすがにそれを言うのはよくないと思って、そのようなことは何も聞いていないと答えると、従業員は少し慌てた顔をしたがさすがにすぐ元の表情に戻って、何かフロントかどこかと連絡を取りだした。


 私とおじさまとその従業員さんの三人でお母さんたちのほうへ行ってみた。当たり前だけど、本当に鍵がかかっている。従業員さんが朝食のサービスだということを呼びかけると、中からはーい、とお母さんの声がして、昨日の私のようなこともなく普通に扉が開いた。


「ありがとう。わぁ、おいしそうねえ」


 開いていなかったことをフロントから来たちょっと偉い従業員さんに丁寧に尋ねられたお母さんは、単に時間を忘れて寝ていたのだと答えた。なんだ、普通にしゃべるじゃん。私はお母さんに、昨日開けてくれなかったけどどうしたの? と話しかけた。


「そんなことあったかしら? 昨日は部屋に誰も来なかったわよ」


 従業員さんたちがいなくなったあとで、あのスマホの録音を聞かせて、何か勉強とか、朗読とか。宗教のお勤めとかしてたの? と少し声を強めて聞いてみたけれど、覚えがないと三人ともが言う。しーくんも話を聞いていて、『誰もいらっしゃいませんでした』と言ってくる。予想はしていたけれど、こう平然とされると、やっぱり不気味で気持ち悪かった。




 帰りの車の中で、私はずっと、頭の中にはてなが踊っていた。昨日のは、ほんとうに、なんだったんだろう。私は、帰ってからもずっと気を付けて、できる限り三人やしーくんの行動を見ることにした。


 変わったことは、まずひとつだけあった。帰った日の夕食後に、弟がしーくんの弟分・フォーと一緒につかっていない部屋のひとつで遊んでいたんだけど、私の部屋にあったはずのダイフクを持ち出したのか、私がどこかへ忘れたのか、弟がボールのように投げてしーくん兄弟がそれを口で加えて運んでいくという遊びをしていた。


 はじめは軽く投げて、目の前に落ちたのをしーくんが拾うくらいだったのに、弟はどんどん強く、畳にたたきつけるようにして投げつけるようになり、しーくんも乱暴に噛みついている感じになっていった。ダイフクの何か所からかほつれた糸が垂れた。

 私はやめてよと叫んでしーくん兄弟と弟の間に入り、ダイフクを拾い上げた。


「ぼろぼろになったら、これをくれたおばさまが、悲しむでしょ! もともとおばさまが大事にしていたものなのよ?」


 弟は返せよとだけ言って、私を両腕でどついた。こいつは私より三つ年下だけど、運動部掛け持ちで身長が一〇センチ以上私より高くて、パパよりずーっと力持ちだ。そんなヤツに結構力を入れて押されて、私はおいてあった家具にぶつかった。


 気が付いたら取っ組み合いのけんかをしていた。小さいころは私のほうが強かったけど、さすがに無理だよね。しーくんが呼んできたのと物音でお母さんとパパがすっとんできて、私はげんこつをくらった。弟もげんこつをもらっていたけれど、向こうは明らかに加減されていた。


 頭を押さえていると、パパが私の前に立った。弟はさっさと部屋に逃げていた。お母さんはどうだったかな。ともかく、パパは私の前に立ちはだかって、言った。


「基子はおねえさんだろう? 弟に乱暴するなんてだめじゃないか。

それに、動かない上に古くさいぬいぐるみなんかまたもらってこればいいだろう」


 私は、驚いて目が見開かれ、涙がじわあっとにじんできて、ぼろぼろ泣いた。


 パパは私や弟の遊びや趣味について、何かこうしろとかああしろとか、あれはだめとか言ったことはなかった。それに、まつりおばさまに負けないくらいに、その弟であるパパだってぬいぐるみが大好きだったはずだ。

 小さいころの二人と他の兄弟と両親とで写った写真を大きく引き伸ばして飾ってある部屋があったんだけど、その写真はみんなそれぞれぬいぐるみを持っていて、さらに背景の棚にもぎっしりぬいぐるみがいる。

 それぐらい、ぬいぐるみが好きだったのに。お母さんがぬいぐるみとか嫌いだから、少しずつお母さんに似ちゃったんだ。それとも……。


 私は泣きながら家を飛び出した。前のおばさまとのお出かけよりも、町の違和感はひどくなっていて、泣き止んだ後もずっと暗い気持ちになった。


 あんなひどい扱いをされたのに、ダイフクは私の心配をしてくれた。誰もいない公園で抱きしめて泣いていると、もとこ、だいじょぶだから、ね? とダイフクがしょんぼりした声で言うから、さらに悲しくなって、また泣いて、っていうのを、繰り返して、気が付いたらもう一〇時過ぎてて、急いで帰ってそのまますぐに眠った。着替えもしなかった。



 一八日も、一九日も、何もないように見えても違和感が私にのしかかるようだった。

 二〇日、朝ごはんを食べようと台所に行ったら、誰もいなかった。用意もされていなかったし、いつからなのかわからないけどテレビがつけっぱなしになっていた。そこに映っていた『大規模失踪事件』という文字で、私は怖くなった。

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