3
八月一日。私は胸が苦しくて目が覚めた。原因はすぐに分かった。胸の上に、おばさまから貰ったあのぬいぐるみが乗っていた。病気じゃなくてよかった。
おばさまが子どものころだったか若いころだったかに流行っていた古代生物や架空の生き物などのデフォルメのシリーズのぬいぐるみ。大福からちょこんと手足が生えたような、シリーズオリジナルのキャラクタ。それが、まるで寝そべってるみたいに、私の胸の上に、ごろんと、転がっていた。
置いている棚や机からベッドは離れているから、棚から落ちてきたとは考えにくいんだけども、考えないことにして、私が適当につかんで棚の上にぽんと置くと、そいつはギュっと鳴いた。鳴くやつとかも入ってないのに、確かにそいつから声がした。
『むにゅ?』
私は後ずさって、壁に背中をぶつけた。
『まっちゃんの、おともだちの、もとこちゃん、で、あってる?』
大福はしゃべった。貰った時最初につけた名前なんだったかな。大福とかそんなだった気がするからダイフクでいいや、って今はダイフクって呼んでるんだけど、そのダイフクはぴょいっと飛び上がって、私のほうへ近づいてきた。私はうん、と大きくうなずいた。『おともだち』っていうのは変だけど、訂正するのがめんどくさい感がしていた。
ダイフクの話では、ぬいぐるみには魂があるらしい。略して「ぬい魂」(ぬいたま)と呼ぶことにするね。
ぬい魂は、ぬいぐるみとして作られたものならみんな持ってて、物理的にぼろぼろになったり、持ち主と長く遊ばなくなったりしてお別れすると、消えてしまったり、汚れてしまうらしい。
何かのゲームの中で説明されてた、神様のしくみみたいだ。
ぬいぐるみ以外にも大事にされたものには少なからず魂があって、特にぬいぐるみとか人形とかプラモデルとかフィギュアとか、何かをかたどったものにはちょっと違う魂が生まれるらしい。
それが何か私と関係あるの? と私は思った。そりゃ、今はAINABIのおかげでぬいぐるみだらけですけど。私が言った途端、ずずっとダイフクが寄ってきた。そのAINABIには、ほぼすべてにぬい魂がない、とのこと。
「ぬい魂がないと、何かマズイの?」
ダイフクが言うには、時間がたってもぬい魂がないぬいぐるみは、ぬいぐるみの歴史始まって以来存在しないそうだ。どんなぬいぐるみも、手作りの工程の間だとか、持ち主と一緒にいるうちに、ぬい魂をゲットするらしい。
そして、ぬい魂がないということは、例えば動物の悪い霊とされる何か、とか、人間の良くない感情なんかをため込む入れ物になってしまう、とそんなことをダイフクは説明してくれた。
特に、AIの入ったロボットやぬいぐるみは、魂に近いモノを持ちやすいくせに、動かないぬいぐるみよりも悪いモノが入りやすいらしい。
「で、なんで私なの? まつりおばさまには話した?」
質問は一度にひとつ! とダイフクは小さなおててをぴっと向けてきた。
『二人で、『みんな』を助けてほしいんだ~』
ダイフクはじたばたした。無駄にかわいい。私がふき出したところでダイフクがむくれた。
『急がないと、せかいが悪い人のものになっちゃう!』
その世界が悪い人のものになることに関しては、ダイフクの説明はぼんやりし過ぎて半分意味不明だった。
私が思ったのは、人間がAINABIのようなAIの操り人形になって、AINABIの会社の関係者、たぶん社長が世界征服をする、みたいなことだった。
それを止めるために、世界中のぬいぐるみやその持ち主と協力しないといけない、という流れみたい。SFじゃん、とツッコミが口からでたと同時にダイフクがぺしっとツッコミを入れてきた。
次回は今月末に投下します。