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十一月の六日に会うというアポイントメントが取れたけど、五日の夜、二十二時を回ったところで家に電話がかかってきてキャンセルになった。社長の秘書さんからで、理由は、会社のことで急な予定が入り、取引先へ赴くからとのことだった。
あとから考えたらその時に無理にでも行けばよかったかもしれない。七日の朝七時、どこのチャンネルも、ネットニュースも、あの社長さんを映していた。画面にLIVEの文字がある。何か会見するのを生中継しているところだった。
『わたくし灯崎暁生は、十一月三十日付で社長職を辞することを決意いたしました。後任は、社内会議と規定により、先日副社長に就任いたしました顔埼あいなと決定した次第であります。』
フラッシュにお気を付け下さいという字幕が出るより早く、画面がちかちかする。画面の中の社長は、深く頭を下げたまましばらく動かない。ちかちかが続く中で、マスコミの記者らしき声が飛んだ。
『副社長就任の件についても、今朝のプレスリリースまで未公表だったじゃありませんか。前副社長はあなたの奥さんですし、どちらにしても、身内びいきではないですか!』
『どうして、この場に顔埼氏がいないんですか?』
『なぜ顔埼氏はこれまで公式的には姿を表さないのでしょう?』
叫んでる人もいて、音が悪いのもあってびくっとする。お母さんがさっとリモコンの電源ボタンを押して、静かになったところで私は朝食をゆっくり食べることができた。
朝の支度の途中で、メールに気づいた。あの社長さんからと、間名倉くんからだ。間名倉くんのは、社長のメールの内容はどう思うかということで、私は時間を確認して、社長のメールを開いた。
『あいなはあいなではないたすけてくれ』
たったそれだけで、グループ機能を使ったらしくて宛先が私と間名倉くん以外にたくさん表示されて、メッセージまでスクロールするところが面倒だった。いくつか見慣れたアドレスがあるから、先の『事件』のときに渡した連絡先っぽい。
あいなではない、という意味は分からないけど、『たすけて』とあるのは嫌な感じがする。私は間名倉くんに電話して、学校へ行かずそのまま鍛冶さんに車で拾ってもらって、ニュースでも映っていたラブレスの本社に向かうことにした。本社ビルは東京にあって、早く進めても一時間以上かかる。
さすがに制服だとよくないから、と鍛冶さんがショップバッグを差し出した。何着か上着とパンツやスカートが入っていた。準備がいいのは、鍛冶さんにサボリ魔な時期があったかららしい。
それは置いて、ブレザーを脱いで適当な上着を羽織り、下にパンツを履いてスカートを脱ぎ、ちゃちゃっと整える。これなら、あんまり着替えを見せなくて済む。間名倉くんが、女子ってすげぇ、と真顔で言ったけど、もしかして男子って一気に全部ばーっと脱ぐのかな……。
本社が近づくと、テレビとかで見る有名な会社のビルが並んで、場所の感覚がわけわからなくなっていく。ビルと道路ばかりの似たような風景が続いて、海の近くの埋め立て地というのを忘れそう。
少し手前のビルの駐車場に車を止め、三人で話し合ったり、ほかにこっちへ向かってる人と連絡を取ったりしていると、ラブレスの社員バッヂがついた作業着の人が五人近づいてきた。一人は両側の人に肩を支えられた社長さんだった。真っ青な顔をしていた。
私たちを見て、社長さんは、連れてきた社員さんたちを遠くへ逃がしてほしいと鍛冶さんに頼んでいた。先に社長さんを病院に連れてったほうがいいと私は言ったけど、社長さん自身が、案内は自分でしないといけない、と言い張った。
ちょうど来た鍛冶さんの知り合いの人に社員さんたちを預けて、鍛冶さんは私と間名倉くんと社長を載せて、本社の地下駐車場を目指した。本当は三人で歩いていくつもりだったけど、社長さんを歩かせるのは無理だもん。私と間名倉くんで、後部座席に寝かせた社長さんの怪我の手当てをしながら、ほんの五分くらいだけどやりとりをした。
社長さんが言うには、朝の会見のあと、社内のコンピュータが全部制御不能になった。仕事で使うそれぞれのパソコンから、AI用のスーパーコンピュータやサーバーまで、全部、操作を受け付けなくなった。社長や責任者用の、無理やりいうことを聞かせるコマンド操作みたいな非常用手段も受け付けない。
モニターのいくつかに社長さんに宛ててというメッセージがあり、内容からコンピュータを掌握してるのはあいなさんだろうと社長さんは考えている。
あいなさんにはそれができる技術と才能と端末があって、社長さんは何か理由に心当たりがありそうに見える。「あいなではない」の意味を聞き損ねたけど、それはあいなさんのところまでたどり着いてからでもいい。




