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結論から言うと、私はAINABIを買えなかった。代わりにはならないだろうけど、と、言って、おばさまは私に古いぬいぐるみをくれた。中に綿とプラスチック材しか入っていない、時代遅れの動かないぬいぐるみ。
終わった今から思えば、それはとても重要なことで、今もそのぬいさんは宝物だけれど、もちろんというか、その時は、私は悲しかったし、寂しかった。
私だけじゃなく、お母さんやパパも近所の人や会社の人に質問攻めにされてた。お母さんとパパは、自分たち用にと、キツネのAINABIを買った。名前は商品名というか、デフォルト、だっけ、最初からついてる名前のフォクシー(foxi)から『しーくん』と名付けた。パパと会社に通っている。
お母さんが言われたところによると、近所で持ってないのは、ほこりアレルギーとかで持てない人か、そもそも買えない人しかいない、らしい。本当のところはさすがにそこまで行かないと思っていた。たとえば、まつりおばさまの家はおばさまも、おじさまも、学校近くで二人暮らししてるいとこの奏と想もぬいぐるみ大好きだけど持っていない。何回か話すうちに知った。調べる方法もないし、知りたいわけじゃないけど。
この町の郊外には大きなあいなび工場があるほかに、幹部の人の地元だからとかで特別に安く買える店があったりする。だからうるさいくらい勧められるんだと思っていた。でも、前の町の友達に聞いたら、こないだのニュースから、学校で防犯見守りに立たせるようになったところが増えているらしい。この町ほどじゃなくても、どんどん、珍しい存在じゃなくなっていく。
だからと言って、「ぬいぐるみを持ち歩くこと」がよくなったわけじゃない。ぬいぐるみ好きのパパとおばさまは、カバンにお気に入りを忍ばせて会社に行き、やんわりと怒られて帰ってきた。私は特に好きとか嫌いとか、想ってないし、お母さんはぬいぐるみというか子供のおもちゃが嫌い。しーくんを買ったのは、あくまでも質問攻めにうんざりしたからだとお母さんは機会があるたびに何度も言う。
私はそのころになると、一応質問攻めされなくなったこともあって、諦めの境地と言うかなんというか、たまにしーくんとおしゃべりすれば十分になっていた。
気づいたんだけども、私、あまり、友達に混ざって友達のAINABIと話しをするのは得意じゃないかも。いくら毎日顔を合わせて話をすると言っても、距離感がつかめなくて。
友達の友達くらいで話せばいいとか言われるけど、それよりもちょっと他人ぽい感じで接してる。特に、おしゃべりな人のAINABIはおしゃべりで、疲れる。
しーくんは、弟・央基の面倒くさがりとかパパが仕事の時はしゃべらないこととかで、おしゃべりな人よりは話していて疲れない。
六月、夏に向けてAINABI用の防水服の新作が発売され、公式ショップやスーパーに並ぶようになった。私は土曜日にしーくんを連れて友達と一緒にショッピングモールへ行った。友達が、選んでくれた服を試着室で着せてはかわいいかわいいと叫んでいた。確かに、普通のペットにキツネっているのかわかんないけど、こんな風かなーって思う。メカメカしくなくリアルでもない見た目なのに、妙になじんでる。しーくんも喜んでるように見えるし、服を選んでくれた友達に丁寧なお礼をしていた。
七月の終わり。梅雨が明けたころには、人助けも品薄も変わったグッズも、珍しくなくてニュースにならないといった感じで、話題をテレビで見聞きしなくなってきた。パパは完全にしーくんと仲良くなっていて、家ではずっとべたべたひっついて遊んでいる。お母さんさえ、仲いいって感じじゃないけど決して邪険にしたりしない。その時点で私よりいい扱いをしていると言ってもいいよね。央基も自費でしーくんと同じタイプのを買ってきてしーくんに「弟だよー」と紹介したりして遊び出した。
そして七月三十一日の夜のことだ。私は部屋で、おばさまからもらったぬいぐるみをつついていた。もう思い出せないけど、あの日はむかつくことがあった後だったから、つい愚痴っちゃってた、
「お前はしゃべんないけど、それがいいんだよね。最近思い始めたんだけど、しーくんたちは確かにかわいいけど、何か私には疲れちゃうんだもん。」
翌日のことを、私はきっと忘れない。