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私、江波基子。十三歳、四月で中学二年になった。三月の中頃という何とも言えない時期に引っ越してきたから、転入は四月からになる。
新しい家に着いて最初におでかけしたとき、やっぱり違うな、って、思った。誰を見ても、子どもくらいの大きさの人や動物の形をしたロボットを、連れているのが分かったの。
よく見るやつは小学生くらいの背丈があって、小さいものでも赤ちゃんより大きい。見た目、主に顔とか、ぬいぐるみらしい顔。犬とか猫とか、本当にペットみたい。
それを、連れてない人が数えるくらいしか、見ない。買い物に行けば荷物持ってる。子どもが一緒に遊んでる。駅前の時計の下で、大人が仕事のメモとか調べものに使ってたり、とにかく、いろいろ話しかけてた。病院や、その隣の公園では、お年寄りが一緒にレクリエーションしたり、体を支えたり抱き上げたり、みたいな、介護士の補助をしてる。
小さいのを、カバンから顔を出して入れて連れて歩いてる人も、見かけた。小さいのでも、スマホを連動させると、起動しなくても通信して調べものやメモを肩代わりするとか、スマホの場所が分かんなくなっても探知してくれたりする機能は変わらない、からかな。
この光先町は、最近世界中で流行ってるそのぬいぐるみの製造販売を行うラブレス・コーポレーションの旧本社と工場がある。
人口の大半がラブレス社関係で働いている人とその家族がほとんどだし、愛知県の豊田市みたいな、この会社の産業で暮らしているような町だ、とパパが言っていた。だから、よそよりも、とにかくいっぱい、そのぬいぐるみロボが、いても、おかしくは、ない。
便利だし。
みんなが連れているのは、二月に発売されたばかりの新商品のぬいぐるみ『AINABI』シリーズ。あいなび、と読む。何かの略だとかあったけど覚えてない。よく間違われるけど、Naviじゃない。犬や猫のような動物と、女の子男の子がある。それぞれ、色とかサイズが選べて、全体では、数え切れないくらい種類がある。
ロボットぬいぐるみ、とテレビで紹介される通り、中にええと、パソコンとかに入ってるCPU?っていうのが入ってる。それで、AIが考えて喋ったりしてくれる。眼にはカメラが入ってるし持ち主に危険が及ぶと叫ぶしブザーを鳴らしたりしてくれる。一番安いモデル以外はみんな、かなり自立して動ける。小さい癖に数百キロのものを持ち上げられる。
発売日の秋葉原や渋谷、新宿とかでの行列以外に、列車のホームから落ちそうになった人を助けた、とか、変質者を撃退したりした、とか、ちょっといい話っぽいニュースが何回かあった。通学路の見回りやお迎えに、親の代わりに行ったりとかが増えてる、というのもテレビで流れてた。そういうわけで、引っ越し前でも、連れて歩いてる人は多少はいた、んだけど、連れてる人のほうが珍しいレベル。都会以外は、だいたいそうだと思う。
始業式の日に初めて新しい学校へ行った。クラスの人や新しい友達みんながどうしてあいなび持ってないの?と質問攻めしてくる。私が、はぁ、とため息をつくと、その子のあいなびが『友達を困らせてはいけませんよ』みたいなセリフを喋る。それを何度も繰り返すことに、初日で、飽きた。
私は小学生のころから集めた五百円玉貯金箱を開けて、中身を数えたが猛烈に足りなかった。一番安いモデルさえ、小遣いの前借りが何回必要かなー?って感じ。
理解のないお母さんやお小遣いに関してだけは厳しいパパには頼めない。そこで私はおばさまを頼った。おばさまはママと違って、おもちゃとかゲームとかに理解を示してくれる。それに、ちゃんと理由を説明できれば、必要なものだと伝われば、おばさまは物によっては気前良く買ってくれる。
あ、お母さんはママっていうと怒るからパパだけパパって呼んでる。おばさまがおばさま、なのは、上品だからっていうのと、お母さんより尊敬を込めてる、的なつもり。ちなみに、おばさまはお父さんのお姉さんだ。
おばさまは近くに住んでいる。というか、私たちがこの町に引っ越すときに、できればおばさまの家に近いとこがいいな、って探した、というのがあってる。
始業式の次の日、お昼前に帰ってきた私は、留守番中にそっと抜け出して、家のカギを握りしめておばさまの家の玄関に立った。表札には『空井』と書かれている。
チャイムが壊れているのを知ってるからボタンをスルーして、声をかけながら扉をノック。そうすると中から返事があった。
「きこちゃんいらっしゃい。また、ママに秘密のおねがいかしら?」
きこ、というのは私のあだ名だ。基礎の「き」に「こ」だから。友達にも「きこ」と呼ぶ子は多い。
次回か次々回あたりからほぼ連続投稿になります。
・ほぼ完結まで書いているのでエターはありません。
・残りの投稿(2から最後まで)はおそらく五~七月の間になると思われます。
遅くとも8月中までに全部投稿します。