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花の魔術師

作者: 豊川颯希

 魔法が全てを取り仕切る世界ベルガモンテ。

 世界の隅々まで魔法が行き渡るこの世界で、大魔術師と称され、尊敬される魔術師がいました。

 彼には、娘が一人。

 かの娘には魔力はなく、魔法はひとつも使えませんでしたが、大魔術師は一人娘を大層溺愛していました。

 大魔術師を尊敬する人々も、様々な思惑を抱えながら、大魔術師にならって彼女を可愛がりました。

 いつしか大魔術師の娘は、姫と呼ばれるようになりました。

「魔法も使えない出来損ないのくせに、“姫”とか恥ずかしくないのかよ」

 ある日、こともあろうに姫に向かって、一人の少年が堂々と言い放ちました。少年は大魔術師の数多いる弟子の一人で、よもやそんな暴挙を行うとは、誰も想像すらしませんでした。

 周囲が唖然としたり、怒りに顔を赤らめたりするなか、姫はちょっと目を見張ってから少年に向き直りました。

「確かに、姫は恥ずかしいわね」

 しん、と静まり返った周囲を他所に、姫は悠々と少年の側により、ふわりと笑って、

「でも、出来損ないじゃないわ」

 グリリ、と音が立つほど少年の足をしっかり力のかかる踵で踏みつけました。

 声にならない悲鳴をあげ、足を庇う少年から踵を退け、姫は少年を見下ろして言いました。

「あなたの言った通り、姫はもうやめたいのだけれど……私、名前を忘れてしまったの。あなた、名付けてくださらない?」

 周囲は姫の提案に、はっと息を飲みました。魔法が浸透しているこの世界において、名付けとはすなわち真名を相手に託し、己を意のままに出来るということ。言い換えるなら、自らの身を捧げるにも等しい行為です。

 姫は、この不遜な少年に己を差し出した。

 さざ波のようにどよめく周囲を視界に入れず、少年と姫はしばし見つめ合いました。

 恨みのこもった、しかし涙で潤んで少し締まらない間抜けな目で姫を睨みつつ、少年は不敵に笑いました。

「お前のお守りなんざ、ごめんこうむる」

 少年のきっぱりとした宣言に、流石の姫も目を丸くしていると、不意に少年の姿が消えました。

 その代わり、少年のいた場所には、鉢に植えられた赤い花がゆらゆらと花弁を揺らしていました。

「こ、これは――」

 絶句した周囲の人々をかき分け、近付いてくる見知った姿に、姫は呼び掛けました。

「お父様、これは?」

 姫に呼び掛けられた男――大魔術師は、ふんと鼻を鳴らしました。誰がどう見ても不機嫌な男の様子に、周囲は固唾を飲んでその動向を窺っています。

「あまりにも弟子が愚かだったからな、花に変えてやった」

 一人の人間を花に変える、というとんでもないことを平然と言う大魔術師に、周囲は内心おののきました。そのなかで、唯一凛としている姫の声が言いました。

「この方は、確かに少し失礼だったかもしれないけれど、花に変えるのはやりすぎではないかしら」

 暗に戻してあげて、と懇願する姫に、大魔術師は首を横に振ります。

「私の宝物に無礼を働いたのだ、当然の報いだ」

「その宝物が、気にしていないと言っても?」

 今度は親子でしばしにらみ合いが続きます。

 先に折れたのは、父親の方でした。

「わかった」

 大魔術師は、花になった弟子に呼び掛けます。

「姫に免じて、姿だけは戻そう」

 大魔術師が呪文を唱えると、花の横に少年が現れました。しかし、よく見ると少年は半透明で、霞のように儚げな風体です。

「今のお前は、花の化身で、本体は花だ。花が枯れればお前も消える。完全に元に戻りたければ、これから毎日花のように姫の心を和ませるように」

 言うや否や、大魔術師はすうっと煙のように消えました。

 後に残された姫と少年は、顔を見合わせました。

 姫は笑顔で、少年は苦虫を噛み潰したような顔で。

「ともあれ、よろしくお願いしますね」

 そうして花のようにほほ笑んだ姫に、少年は――化身の少年は顔を背けた。

 花の少年は、姫に向かって艶やかな花弁を散らばせていた。



「よろしいのですか?」

「何がだ?」

 大魔術師は、問いかけてきた青年を見やり、片眉を上げました。青年は、凡庸な顔立ちで、一目見ただけでは記憶に残りにくい雰囲気を持っています。青年はぶっきらぼうな大魔術師の態度にも臆した様子もなく、淡々と言葉を紡ぎました。

「先ほどの一件ですよ」

「何だ、お前も見ていたのか?」

「ええ、人だかりの中でですが。……彼、は弟子の中でもなかなか見所のある少年だったような気がするのですが、魔術の鍛錬もさせず、あのように姫の守り役にあててよろしいので?」

「確かにあいつは、魔術師として突出しているが……兄弟子のお前なら、分かっているのだろう」

 勿体ぶった弟子の言いように、大魔術師顔を向けずに答えました。青年はなるほど、と納得します。

「好きな女の子一人素直に口説けない輩は、花である方が心が慰められる分マシだと」

 大魔術師は肯定も否定もせず、ただ鼻を鳴らしただけでした。

 ――少年が魔術を完全に解くのは、かなり先になりそうだ、と兄弟子は思いました。

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