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 ダイニングテーブルに広げられた何枚かの用紙はすべて、隆宏が調べたものだったが、いくつかの点を除いては、さほど興味のあることではなかったらしく、健はざっと流し読んだだけだ。

 絵里は、用紙の一枚を指で叩き、クスッと笑った。

「実際に見て驚いたわよ。まだ十八か十九のはずでしょう? とてもそんな若くは見えないわ」

 自分のほうが年上なのにね、と言った彼女に、実が忌々しそうに舌打ちをした。

「それがどうしたというんだ」

「あんたねぇ……。どうしてそう敵意をむき出しにするの。あんたがケガをしたわけじゃないでしょう?」

 もっとも、メンバーの一人にケガを負わせたという理由で怒るのは、実にとっては当然の態度でもあったのだが。

 不機嫌に顔を逸らした彼を覗き込んだのは健だ。

「とにかく、おまえはこれ以上深入りしないほうがいいよ。オレたちだって、最後まで付き合うわけじゃないんだから」

「あいつもメンバーなんだろう?」

 のちの新撰組の、だ。

「そうだよ。彼はタイショウまで生き残る。けれど、そこまではね。ただ、キョウトまでは行かなくてはならないかな。そうなると、やっぱりお、あえでは負担が大きくなるよ。今だけにとどめるとして関わらないほうがいい」

 健の思惑、その目的にはいつも、メンバーに向いた感情しかない。

 つまり、自分のためにはじめに接触したのではないことくらいは実にもわかる。

 問題はそのあとなのだ。

 はじめが新撰組メンバーの一人だとわかっていたのなら、どうして直接京都……発足後に会いにいかなかったか。

 なにも一週間もかけて、通るかどうかもわからなかった場所で待ち伏せする必要がなかった。

 ということは、はじめ自体が目的ではない、ということになるような気がするが……。

 ただ、いずれにしても健がこうして『誰か』と接触をしてしまったのなら、実はおとなしく引き下がるつもりはなかった。

 健の言葉に、苦笑混じりに頷いただけで、席をたつと夕子のいるキッチンに足を向ける。

 その後ろ姿を盗み見て、絵里は健に耳打ちした。

「納得していないわよ、彼」

「……わかっているよ。止めても聞かないさ」

「まったく……あんたはとことん甘いわね。だからタカヒロも反対していたのに。……あのとき、もっと強く止めればよかったのよ」

 健は頬杖をついて微笑みかけた。

「そう思うのなら今から連れて帰ってくれてもいいよ」

 むしろその方が助かる。

 しかし、絵里は思ったよりも真剣に健に向いた。

「そうできれば呑気に座っていないわよ。……なんのためにあたしが来たと思っているの?」

「どういうこと?」

「スタッフが早まらなかったことに感謝してよね。夕べ、緊急避難を作動させたわね?」

「? それが何か?」

 夕べ、そのスイッチを押したのは実だ。

 こちらに来る前の調査や打ち合わせはしていたものの、来てからは隆宏からの、その後の連絡がなかった。

 繋ぎ役をすると言った絵里すら来ないものだから、彼は、もっと確実な接触場所がないのかを確認しようとしたのである。

 確かに一週間近く、実はよく我慢していた。

 志乃と夕子とともに、おとなしく留守番をしていた。

 しかし夕べになって、とうとう我慢できなくなったのだ。

 不確実な情報よりも、もっと他に方法がないのかを調べ直せと言うつもりだった。

 健の目の前で緊急避難のスイッチを入れたのだ。

 単なる回収スイッチではなく緊急避難ということで、隆宏たちにはわかるはずだった。

 恐らく護のケガがなければ、ようやく姿を見せた絵里に文句を言うつもりだったろう。

 彼女は、健の胸元に下がっているだろうはずの指輪を服越しに指さした。

「それ、誰のものが作動したのか、こっちで確認ができなかったのよ。あの調子だと回収スイッチも特定できそうにないわ。それにね、細かい移動も確認がとれていない。向こうではポイントがまったく動かなかったのよ。だから、あんたたちは家に閉じ籠っているとばかり思っていたの」

「……そうなのか?」

「つまり、これも不完全だったわけよね。移動の確認がとれないことも今ではタカヒロに伝える術はないわ。それこそ一度、全員が戻らない限りね」

「それは……困ったな……」

 健は、自分の指輪を胸元から引き出して見下ろした。

「エリ、君も戻れなくなるよ。少なくとも明日か、あさってまではスイッチを押せない」

「構わないわ」

 事もなげにそう言うと、彼女は席を立った。

「タカヒロとは話をつけて来ているから。それからキャップに……」

 言いかけて、彼女はキッチンを盗み見た。

 夕子は実とともに料理の盛り付けをしている。

 恐らく、こちらの話は聞いていないだろうが、念のためと健を伴って廊下に出る。

「キャップに改良の余地がないか相談したわよ」

「そう。……仕方がないね」

「ねぇ、これは愚痴ではないけれど言わせてちょうだい。キャップはね、本当は最初に相談してほしかったみたいなの」

 彼女の話では、夕べ、健たち全員を回収するかどうかで迷っていたスタッフに、とりあえずは様子を見るように言って、隆宏は剣崎司令に相談したのだそうだ。

 そのときのボヤキだという。

 健が、彼に話を持ちかけたのは、地下に大がかりな施設を作る許可をもらうときだった。

 今までメンバー総掛かりで研究していたことを話し、その後、設計や製作メンバーと一緒になって、結局、地下のブイトール格納庫を潰してまでして装置を作った。

 その間、司令が口を出すことはなかったし、喜んで本部スタッフを貸してくれたと思っていたのだが、そうすると、相談する時期が悪かったということなのか?

 そう尋ねた健に彼女は、

「そうじゃないのよ」

と首を振った。

「あんた、キャップに言ったそうね。自分の、子供の頃からの疑問を解決するためだ……って」

「うん」

「完全に個人的なことだから、仕事にも関係がない……」

「もしかして、それが気に入らなかったと?」

 バカね、と絵里は彼の額をコツンと叩いた。

「逆よ。あの人はね、そういうことだからもっと早くに相談してほしかったのよ。科学者の原動力は空想や夢なんですってね。もっと早く……それこそ、最初に本部に来たときにでも言ってくれれば、チームを組んで取りかかれたと言ったのよ。なにも今になってバタバタと事を運ばなくてもよかったということ」

「それは……」

と、また言いかけた健の言い訳を、絵里は手をかざすことで止めた。

「実際、あたしたちだけだったから不備があったのよ。いい? いくらあんたやマモルの頭がよくても限度があるの。専門家を呼ぶべきだったのよ。だからね……」

 嫌な予感がする……。

「事後承諾になるけれど、タカヒロが許可を出したわ。キャップの昔の研究仲間を呼んだから」

 やっぱり……。

「そこまで大袈裟にしてしまったのか……」

「当然でしょう? スタッフがここの往復ができたことだけでも奇跡かもしれないのよ。この指輪ひとつで間違いを起こすわけにはいかないじゃない。それにね、肝心なあんたがこっちにいたのでは専門家に任せるしかないでしょう? ……とりあえずあと五日よ。あたしも残るから。……それまでにやり残しのないようにしてちょうだい」

 もう一度、彼の額を叩くと彼女は、

「部屋くらい用意してあるわよね」

と、二階に上がっていった。

 残った健は、困惑したままその場に座り、ため息をついた。

 結局、巻き込んだようなものだ。

 いくら大がかりな施設が必要だったとはいえ、これ以上の広がりは避けたかった。

 司令にとっての研究者仲間は、あるいは思い出したくない関係者なのかもしれないのだ。

 いや、本音を言えば、そんなことは構わない。

 確かに、キッシュたちの若かった時代に行くのに、完璧であるに越したことはないのだから、誰に迷惑がかかろうと知ったことではない。

 しかし……。

 健の懸念は、もっと別のところにあった。

 昔の研究者仲間、それがネックになる。

 いくら造反したとはいえ、彼らは国の意向でセレクトコンピューターを研究していたスタッフなのだ。

 人工的ノーセレクトを作ることは反対しても、タイムトラベルに食指が動かないとは断言できない。

 司令や本部スタッフだけならばいい。

 しかし、外部の人間が、今回の設備を利用しないとも限らないではないか。

 だから個人的なことだと釘を刺しておいたのに……。

「……困ったなぁ……」

 まさか、その全員の口封じをするわけにもいかない。

 それでは、健たちを実験体とし、メンバーの両親を抹殺した国の連中と同じだ。

 第一、自分たちの保身のためにノーマルに手を出したことは、一度としてないのだ。

 ため息しか出てこない。

 そのとき、廊下の奥から二つの足音が聞こえてきた。

 ただ、健の耳には入らなかったようだ。

 膝を立てて、そこに顔を埋めている姿を見つけた志乃が、不思議そうに彼の前で立ち止まり、覗き込む。

 小声でくぐもった独り言では、何を呟いているのかがまったくわからず、志乃は、隣でやはり彼を覗き込んだはじめと顔を見合わせた。

「どうしたんだ?」

と、声をかける前に、また深いため息と共に顔が上がった。

 途端に目に入った二人の姿に、健は飛び上がるように壁のほうに後ずさった。

「びっ、びっくりした!」

と、息を弾ませたが、むしろ驚いたのは志乃のほうだ。

 いつもなら、人が近づく気配くらい簡単に感じとるのに。

「な、なんだよ。こっちこそ……どうしたんだ?」

 また具合が悪くなったか? と目で尋ねた志乃と、はじめを交互に見て、ばつが悪そうに腰をあげると健は、小さく咳払いをした。

「なんでもないよ」

 だがすぐに、おや? と志乃の髪に手を触れる。

「君も入ったの?」

 志乃は、軽く頬を膨らませた。

「あんたがはじめを驚かせたからだよ。服を濡らされたからついでに入った。それより食事は?」

「えっ? ああ……できているよ」

 中に入ると、夕子がはじめの姿に気づいて、青ざめながら実の後ろに隠れた。

 やはり怯えている。

 が、

「ユウコ、大丈夫だよ。そんなに怖がらないで」

と、いつもの優しい健の笑顔で、幾分かホッとしたようだ。

「はい」

 か細い声ではあったが、実にも、励ますように頭をなでられて、ようやく料理を移しだした。

 ただ、やはり、先に席についた彼の元には近づかなかった。

 これには苦笑するしかなかっただろう。

「どうも……嫌がられているようだな」

 仲間にケガを負わせた張本人だ。それも当然か。

 健のほうが恐縮している。

「申し訳ありません。これでもだいぶよくなったほうなんです」

「いや、別に構わないが。……それより君のほうだよ。言葉を改めてくれと言ったはずだが? 白木さん?」

 わざと姓で呼んだのは、はじめなりの嫌みであったようだ。

 申し訳なさそうに、情けなく微笑む健に、むしろ微かな苛立ちを感じながら、はじめは実を盗み見た。

 じっとこちらを凝視している。

「まだ私を恨んでいるのか?」

 健も気がついた。

「ミノル、やめたほうがいいって」

 やはり言うことを聞くつもりはなさそうだ。

 だが、彼はすぐに視線を外してしまった。

 次々と料理がテーブルに並べられるなか、絵里が戻ってきたが、その後ろには護までが姿を見せた。

「起きてきて大丈夫か?」

と言いながら、志乃が手を貸すつもりで立ち上がる。

 顔色も悪く、吊った左腕が痛々しかったが、彼はなにも言わず、志乃とともに席につく。

 誰とも視線を合わせようとしない。

 そこにはいつもの……いや、志乃が一緒に暮らしはじめるまえの静かな、そしてひっそりとした存在の雰囲気しかなかった。

 そんな彼にも、健は優しく声をかけた。

「食事はできる?」

 護は、わからないほど小さく頷いただけだった。





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